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《全3巻・コミカライズ1巻発売!》裏庭のドア、異世界に繋がる ~異世界で趣味だった料理を仕事にしてみます~  作者: 芽生


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SS 柚子と成長とホロッホ亭

予約が間違えており、遅れました!

読んでくださり、ありがとうございます。

 今夜も賑わうホロッホ亭、ドアが開き、女将のアメリアが視線を向けた先には意外な人物がいた。

 

「おや、リアムとオリヴィエじゃないか。めずらしいねぇ」


 もちろん、アメリアがめずらしいと言ったのはリアムのことではない。

 もう一人の客、オリヴィエのことだ。

 ハーフエルフの魔導師であるオリヴィエは150歳を過ぎる年齢だが、その見た目は愛らしい少年のような風貌だ。

 それもあってか、酒場であるホロッホ亭に足を運ぶことは滅多にない。


「スタンテールで最も優秀な魔導師を便利に使う子達がいるからね!」


 少々拗ねた様子のオリヴィエの表情にアメリアは楽しげに笑う。


「ははっ! お嬢さん達になにか言われたのかい?」


 オリヴィエの言葉を聞いたアメリアの頭に浮かんだのは喫茶エニシの面々だ。

 口を尖らせたオリヴィエはアメリアの前のカウンター席へと座る。リアムもおかしそうに笑うとその隣へと腰を下ろす。

 

「マダムアメリアにこちらをとトーノ様が」

「おや、柚子のハチミツ漬けだね」


 小瓶を受け取ったアメリアは嬉しそうに微笑む。

 喉に良いと恵真が作った柚子のハチミツ漬けは、ちょうど今頃の季節にマルティアで評判になったものだ。

 砂糖より入手しやすく手頃なハチミツ、そこにマルティア名産のトルートで作られるトルートのハチミツ漬けとして変化した。

 自宅で作るものも多くいるが、少し高価になるが瓶詰めにしたものは薬屋や冒険者ギルドでも販売され、好評なのだ。


「トルートもいいけど、この柚子っていう果実の味が良いんだよねぇ。なんともほろ苦い大人の味って感じがさ」


 アメリアの言葉にびくりとオリヴィエが肩を揺らす。

 柚子のハチミツ漬けには街を訪れた歌姫ジゼルとの想い出がある。

 数十年前にこの街マルティアで再会すると誓ったオリヴィエとジゼル、しかし、人である彼女とハーフエルフのオリヴィエとでは流れる月日は同じでも変化は異なる。

 あの頃とさほど変わらない風貌のオリヴィエは、彼女との再会を諦めていた。

 そんなオリヴィエ、そして月日の変化で変わっていく自分自身に恐れを抱いていたジゼルを救ったのが恵真が作った柚子のハチミツ漬けだ。

 風の便りでは歌姫ジゼルの成熟した歌声や経験を通して増した表現力は、さらに彼女の評判を高めているらしい。


「で、二人は何を飲むんだい?」

「私はエールを。オリヴィエはどうする?」


 そうリアムに問われたオリヴィエは一瞬迷う。容姿は幼いオリヴィエだが、年齢はもう250歳を既に超えているのだ。

 そんなオリヴィエの迷いに気付いたアメリアがにやりと笑う。


「ちょうどいいじゃないか。この柚子のハチミツ漬けを使ったサワーはどうだい?」

「サワー? あの、果実を使うやつ?」


 オリヴィエの問いかけにアメリアが頷く。

 果実のサワーは恵真が教えたものであり、風魔法使いの作った酒風水を使う。

 若い冒険者や兵士を中心に人気であり、酒風水の爽快感がよく合うのだ。

 風の魔法使いは他の魔法使いと比べ、その能力の使い道が限られる。

 そんな彼らの力を活かした酒風水はこのサワーをきっかけに、マルティアでもよく使われるようになった。

 オリヴィエと面識のある風魔法使いも力が弱いことを恥じる様子が見られた。


「……凄いよね。皆、成長していくんだからさ」

「――どうした、急に」


 リアムからすれば突然の言葉だが、今日、喫茶エニシに訪れていたときから、オリヴィエが思っていたことだ。

 アッシャーもテオも少し背が伸び、しっかりしてきたようにオリヴィエにはみえた。子ども達は成長していく――「オリヴィエのお兄さん」そう呼ばれるオリヴィエ自身は何年も変わらない。

 そのとき、アッシャーやテオはどう思うだろう。

 そんな不安がふいにオリヴィエの中に生まれたのだ。


「ほら、あの子達ってボクがハーフエルフって知らないし? ずっと変わらないボクのことを変に思う日が来るんじゃないかなってさ」

「…………」


 アッシャーやテオ、そして恵真もオリヴィエがハーフエルフだとは知らない。

 自身が優秀な魔導師だとは公言しているオリヴィエだが、姿形が変わらないことを自分からは打ち明けられずにいるのだ。

 少年として喫茶エニシで過ごす時間は心地が良い。

 そもそも、どんなに優秀な魔導師だとオリヴィエが言っても、恵真達はあまり意識していない。

 ハーフエルフであること、優秀な魔導師であること、そんなことより自分自身を見てくれている――オリヴィエにはそう思えてしまうのだ。

 だからこそ、その関係性がいつか壊れることをオリヴィエは恐れる。


「あんたねぇ、それじゃあたしなんかはどうなるのさ?」

「へ?」


 深刻そうな表情を浮かべていたオリヴィエは、カウンター越しにアメリアに言われて戸惑う。

 

「このアメリアさんが老いていくだけで、成長はしないって思っているのかい?」


 アメリアの言葉にオリヴィエは目を丸くする。

 子どもであった歌姫ジゼル、アッシャーやテオの成長はオリヴィエ自身、強く感じた。だが、大人であるアメリアの成長はオリヴィエにはない発想だ。

 隣でエールを飲んでいたリアムはくすりと笑う。


「見た目の成長だけがすべてじゃないだろう? 内面の変化もまた成長なんだ」

「内面の変化……」

「そう、オリヴィエも喫茶エニシに行くようになって変わったと俺は思っている。食事だけじゃない。あの場で人とかかわることも、過ごすこともお前は受け入れているだろう。そういう内面の変化も成長だろう」


 リアムやセドリック、限られた人としかかかわらず、頑ななオリヴィエの心にも変化が生まれた。

 携帯食以外にも口にするようになり、なにより、アッシャーやテオ、恵真との時間を心地よく感じているのだ。

 自分自身では無意識な変化にオリヴィエは黙る。

 そんな彼の目の前にアメリアが差し出したのはサワーではなく、柚子茶だ。


「……ボクが頼んだのと違うんだけど」

「まだまだお前さんにはこっちが似合うと思ってね」

「は? ボクはね、この中の誰より大人なんだけど?」


 そう言うオリヴィエだが、口とは裏腹にその手は柚子茶のカップに伸びる。

 清々しい柑橘類の香り、口をつければほろ苦さが広がる。

 しかし、同時に優しい甘さが胸にも広がるのだった。



 


 

 

 


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