SS 眠れぬ夜のティータイム
時には眠れない日もありますよね。
そんな夜を考えて書いたSSです。
「……この感じは眠れそうにないかも」
「みゃ」
時間は3時、といっても午前のほうだ。
2時過ぎになぜか目を覚ました恵真だったが、それからどうにも寝付けずに布団の中でごろごろとしている。
明日のことを考えれば早く寝なければならないのだが、そう思えば思うほど眠れないものだ。
クロを抱きしめながら過ごして数十分、もうこれ以上抗っても眠気は降りてはこないだろう。
「喉渇いてきちゃったし、ちょっと下に降りようかな。クロもついてくる?」
「んみゃう」
当然だというかのように鳴いたクロを抱きあげ、恵真は階下へと向かうのだった。
しゅんしゅんとやかんの湯が沸くのに気付いた恵真は、慌てて火を止めた。
冬の夜は冷える。喉が渇いていたものの、冷たいものを飲む気にもなれず、ほうじ茶を淹れようと恵真は湯を沸かしていたのだ。
キッチンの灯りだけで待つ間、ついつい恵真は考え事をしてしまった。
「前はよく、こんなふうに眠れないことがあったんだよね」
「みゃう」
明日は仕事なのだから、あるいは学校があるのだから、早く休まねばならない――誰しもが考えることなのだが、そんな気持ちは却って焦りを生むものだ。
恵真もそんな一人で、かつてはよく眠れぬ夜を過ごしていた。
不安と焦りのないまぜになったあの気持ちはなんともいえない。
今夜はなぜか、そんなときを思い出してしまう。
「みゃ」
「どうしたの? クロ」
クロがなにかに気付いたように小さく鳴き、ドアのほうを見る。
つられるように恵真もまた、そちらへと視線を向けた。
「あら、恵真ちゃん。起きてたの?」
「おばあちゃん……、あ! ごめん。起こしちゃった?」
パジャマにカーディガンを羽織った祖母の瑠璃子が、恵真を見て微笑む。
慌てた様子の恵真に瑠璃子は首を横に振った。
「違うわよ、お手洗いに行こうと思ってね。あら、ほうじ茶? いいわね」
「あ、おばあちゃんも飲む?」
ほうじ茶はまだ茶葉を用意している途中だ。
恵真の言葉に瑠璃子はこくりと頷くと、指を廊下へと指す。
「いいわね、真夜中のティータイムね。そのまえに、お手洗いだわ」
「はい、いってらっしゃい」
真夜中のティータイムという響きになんだか特別感を抱いた恵真は、口元を緩めるとほうじ茶を茶筅で掬い、急須へと入れる。
先程まで感じられた寂しさもどこへやら、恵真はなにか摘まめるものはないかと冷蔵庫を開けるのだった。
「わかるわぁ! 眠らなきゃって思うとかえって眠れなくなっちゃうのよね」
「おばあちゃんもそういう日があったりするの?」
あのあと、恵真は温かいほうじ茶、そして薄く切ったたくあん、一口サイズのチョコに個包装のせんべいを用意した。
ささやかではあるが、祖母の言った真夜中のティータイムの始まりだ。
「あらやだ、あるわよ。そうねぇ……恵真ちゃんが来る前は結構あったのよ。この歳でしょう? 眠りが浅くなっちゃうのよね」
アクティブな印象の瑠璃子から出た言葉に恵真は少々驚く。
「そういうときはどうしていたの?」
「そうねぇ、最終的には諦めて起きてたわね。結局、この時間って寝るには遅いし、起きているにも中途半端で困っちゃうのよねぇ。あ、そうだわ。時代劇、時代劇観てたわ。再放送のやつ」
「時代劇?」
これもまた瑠璃子の雰囲気や好みとは少し違うため、恵真からすると意外である。
「そう、若様が一般の町民たちに紛れて、えいやと悪者を退治するやつね。ほら、今の時代と違う内容だし、気楽に観られるのよね。ふふ、意外だって思っているわね?」
微笑みながら尋ねる瑠璃子に、恵真も頷くながら笑ってしまう。
「――夜って不思議よね。その時間に働いている人だっているし、起きている人は他にもいるってわかっているのに、一人で夜中に覚めると急に自分がひとりぼっちみたいに思えてきちゃうのよ」
「……そうだね。わかってるんだけどね」
恵真もかつて瑠璃子の言葉通りの感覚によく陥った。
窓の外には明かりも灯る。走行する車の音だって時折聞こえる。
それなのに、孤独や不安を急に感じて心もとない思いになるのだ。
早く眠らなければ、そんな考えが焦りを生む。
「そういうときはね、もう電気をつけて部屋を明るくすればいいのよ」
「んー、かえって眠れなくなっちゃわない?」
心配そうな恵真の言葉に瑠璃子がにっと笑ってみせる。
「こうやって温かいお茶を飲んだり、好きな映画やドラマ観たり、音楽聴いたりしたほうがいいわよ。眠れないーって気持ちより、夜更かししちゃったなーって思うほうが楽だもの」
「……そっか。そうかも」
こうして瑠璃子とお茶を飲みながら過ごす時間、恵真は早く眠らなきゃと焦ることはなかった。温かいお茶、甘いお菓子、瑠璃子との会話が恵真の心を落ち着かせてくれたのだろう。
真夜中のティータイム、そんな言葉を口にしたのも祖母のさりげない気遣いなのだと恵真は思う。
もしかしたら、手洗いに起きたというのも瑠璃子の優しさなのかもしれないと恵真はふっと笑う。
「まぁ、もしまた眠れない夜があったらこうして二人でお茶をしましょ」
「みゃうにゃ!」
「あー、わかったわよ。三人ね、三人」
「んみゃう!」
それまで静かにしていたクロが瑠璃子の言葉に突如、抗議の声を上げる。
眠れない夜は誰しもある。そうわかっていても、不安は消えないものだ。
ひとりきりで眠れない夜、恵真は瑠璃子に教わった通り、電気をつけ、温かい飲み物を用意し、好きな映画や音楽に手を伸ばすだろう。
どうせ寝付けないのだったら、穏やかに過ごせばいいわ――そんな祖母の言葉を思い出しながら。そのときには甘いお菓子も忘れない。
静かで長い夜だが、その暗さに向き合う必要はない。
朝が来るのを待つその時間、少しでも穏やかに過ごせた方が体にも心にも負担は少ないはずだ。
「ありがとう、おばあちゃん」
「……みゃうー」
恵真の言葉に拗ねたような鳴き声でクロはおでこを彼女に擦りつける。
ずっと側にいてくれた小さな魔獣を恵真は抱きしめ、頬を寄せる。
「ありがとう、クロ」
「みゃうにゃ!」
冷蔵庫の中には明日、いや今日のランチ用の煮込み料理が入っている。
リアムに貰った肉を赤ワインでじっくりと煮込んだのだ。
新しい紅茶を買ったが、バートの口に合うだろうか。
アッシャーとテオはきっと朝になれば、元気よくあの裏庭のドアを開けるだろう。恵真の口元には自然と笑みが浮かぶ。
喫茶エニシの穏やかな日々は恵真の心に変化を生んだ。
だが、そんな彼女と彼女の料理もマルティアの街に変化をもたらしたのだ。
今日も恵真は喫茶エニシのキッチンに立ち、笑顔で皆を出迎えるだろう。
学校や仕事があるし、早く眠りたいのに眠れない……
そんな夜もあるかと思います。
どうぞご自愛くださいね。




