SS 今年最後の大きな福
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年末も近いこの時期、皆の話題に上るようになったのはフクブクロの話題だ。
冬となったマルティアの街は年末は賑わうのだが、年始が閑散とするのが問題であった。それを解決したのが恵真の案、フクブクロだ。
中身の見えるフクブクロというお得な商品を各店舗が用意するのを、今年も皆楽しみにしているのだ。
「やっぱり、飲食系のフクブクロが人気のようですね」
「それはよかったです。やっぱり、お客さんが足を運んでくれないと仕事にならないですもんね」
そういう恵真だが、喫茶エニシの客足は冬でも落ちることはない。
昨年、喫茶エニシではチケットと焼き菓子1個を刺繍した袋に入れて、フクブクロとして販売した。袋にはアッシャーとテオの母、ハンナがクロの刺繍を施し、数量限定であった。
「ホロッホ亭のフクブクロがかなり評判がいいらしいっすよ。なんてったって、エールなんっすもん」
「あれはいいな……! 私も買う気でいるんだ」
「あ! やっぱりそうっすか? いやぁ、兵士にも冒険者にもホロッホ亭のフクブクロが大人気で……」
そんなバートとナタリアの会話に口を挟んだのがフォルゴレだ。
「いえ! 喫茶エニシのフクブクロ、これが最も素晴らしい!」
「……そ、そうっすか?」
強面のフォルゴレに顔がくっつきそうなほどに近付かれて、バートはなんとか返事をする。
勢いに押されてそう答えたバートとは違い、師匠であるフォルゴレの言葉にナタリアは素直に頷く。
「師匠がそうおっしゃるのならそうなのでしょう! 流石だな、エマ!」
「そ、そうですか……?」
バートほどではないが、恵真もまたフォルゴレの熱量に少々戸惑う。
「えぇ、素晴らしい! クロ様と過ごせるこの場所の回数券、クロ様の刺繍が入った袋、そのなかにはトーノ様の作られた甘味……他では入手できない優れたフクブクロです!」
大柄で強面なフォルゴレは甘味と愛らしい小動物をこよなく愛する男である。
しかし、大抵の小動物はフォルゴレの気迫に恐れてしまうが、魔獣であるクロであればそのようなことはない。
甘味と愛らしいクロ、その両方を味わえる喫茶エニシは彼の憩いと癒しの場所なのだ。
「そうです! クロ様に特化した新たなフクブクロなどいかがでしょう! クロ様を見つめる権利! クロ様に触れる権利などを詰めたフクブクロです!」
「えっと……、ありがたいお申し出なんですが、もうすでに冒険者ギルドにフクブクロの抽選を依頼しているんです」
そう、喫茶エニシのフクブクロの評判は上々。しかし、数量限定のため、冒険者ギルドで抽選をしてくれることになっている。
当然、そのことをフォルゴレが知らないわけではないはずだ。
そんな疑問を恵真が口にしようとした矢先、ナタリアがフォルゴレに問う。
「もしや、師匠。抽選に外れたのですか?」
ナタリアの言葉にフォルゴレの鋭い眼光が彼女へと向く。
だが、次の瞬間、がっくりと肩を落とす。
そう、フォルゴレは冒険者ギルドの抽選に外れてしまったのだ。
「なぜ……クロ様を想う気持ちは誰にも負けないはずなのに……!」
「公平を期すための抽選ですので……。応募者も相当数いたようですので、仕方ないことかと」
「ぐっ……!」
フォルゴレが眉間に深い皺を寄せ、抽選に外れた悲しみと辛さを口にするが、リアムは冷静になだめる。
そんな様子を見ていたアッシャーとテオが、フォルゴレの顔を心配そうに覗きこむ。見上げたフォルゴレの表情の険しさに恐れることもなく、テオが尋ねる。
「じゃあ、袋だけでもお母さんにお願いしてみようか?」
「な、なんと……! いや、だが、しかし……!」
「それはいい案だな、テオ。個人的な依頼として受けるのなら、問題ないと思います」
喫茶エニシの回数券つきのフクブクロは数量限定だ。しかし、クロの刺繍の入った袋だけならば、ハンナに依頼することも可能なのだ。
「アッシャーもテオも優しいな……! よかったですね、師匠」
「――いや。せっかくの気遣いを無にしてすまないが、それはできない」
「へ? どうしたんすか?」
「俺は愛するものに対し、真摯で誠実でありたい……!」
その場にいた大人達の表情は疑問を抱いたものに変わるが、恵真は一種のファン心理なのではと考える。
同時にクロでよければ、いつでも自由に触ってよいのにと思えてしまう。
しかし、フォルゴレのまっすぐな想いをアッシャーとテオは感じとったようだ。
「そっか、わかった!」
「うん。フォルゴレの意志を俺達も尊重するよ」
兄弟の言葉に優しく微笑んだフォルゴレは、大きな体をかがみこませて二人と視線を合わせる。
「――二人ともありがとう」
その瞬間、フォルゴレの肩にふわりとなにかが舞い降りる。
ふわふわと頬をくすぐる感触、そして伝わる温もりにフォルゴレは動揺しつつも言葉を紡ぐ。
「こ、これは……!」
「あ! クロ様がフォルゴレさんの肩に乗ってる!」
「なんと……!」
「んみゃ!」
フォルゴレの想いを褒め称えるかのように、彼の肩にクロは乗り、びしりとポーズを決める。まるで崖に立つライオンの風格を出すクロだが、恵真からするとちんまりと愛らしい。
フォルゴレはというと感動で感極まる。
いつもはフォルゴレが頼んで触らせていただく魔獣クロ。しかし、今日はクロ自らフォルゴレに触れたのだ。
「なんと尊い……私が望む最大の福がもう訪れてしまった……!」
「す、すみません。今、下ろしますね」
「いえ、このままで! このままでいさせてください!」
かがんだままのフォルゴレ、その肩で胸を張るクロ、そんな二人に嬉しそうに微笑むアッシャーとテオと恵真はどうしていいのかと迷う。
「まぁ、人にはそれぞれの幸せがあるってことでいいんじゃないっすかね」
ハチミツ入りの紅茶を飲んだバートの言葉に、リアムとナタリアも同意した様子だ。
「そうですね……フォルゴレさんが幸せならよかったです。なんだか、皆楽しそうですし」
恵真の視線の先にはフォルゴレの肩で誇らしげなクロと、それを嬉しそうに見て笑うアッシャーとテオの姿がある。
今年一年もいろいろと賑やかであったが、家族やマルティアの人々は皆、穏やかに年末を迎えようとしている。
人それぞれに幸福な形があるとしたら、自分自身の今の幸福はこうして穏やかな日々が続くことだと恵真は思う。
今年の終わりが近付く喫茶エニシで恵真は頬を緩めるのだった。
猫も犬も好きなのですが、最近は猫のモチーフの物に惹かれてしまいます。




