SS 雪降る街の郷土料理
『裏庭のドア』全3巻『ジュリとエレナの森の相談所』全2巻
どちらも完結として、お届けできて少し安心しております。
今後とも、皆さんに楽しんでいただけるように頑張ります。
コミカライズもどうぞよろしくお願いいたします。
「それじゃあ、今から半殺しにしますね」
いつものようにキッチンに立って微笑む恵真から出た言葉に、セドリックとバートは固まる。
恵真の手の中には手頃なサイズの木の棒が握られているのだ。
突然の恵真の言葉に、二人はただただ驚きで目を見開く。
先程までの和やかな時間と目の前の光景が結びつかない二人は、動揺し、恵真を見つめ続けるのだった。
*****
「体が温まる料理、ですか?」
「えぇ。信仰会で振るまう料理でなにか良いものはないかと先生……ケイン氏に相談されたのです。ただ、私ではなかなか思いつかず……そこで、トーノ様にお伺いしようと思ったんです」
セドリックの言葉に恵真はなるほど、と頷く。
恵真が暮らす世界とは異なり、冬になると流通が滞る。雪が降れば、冒険者は山や森に入る機会も減り、馬車や人の往来も鈍くなるのは当然だ。
そのため、限られた食材で調理する必要があるのだろう。
けっして財源豊かではないという信仰会であれば、尚のことだ。
「うーん、野菜とお肉が摂れたほうがいいですよね」
「おー、健康的っすね! あれっすか? テオのよく言うしみしみのパンにしたくなるスープとかっすかね!」
バートの言葉に、テオとアッシャーも恵真を見る。だが、今、恵真が考えているのは少し違う。
「それもいいんですけど、せっかくなのでお米を今回は使ってみるのはどうでしょう?」
「リゾットにするの? エマさん。あ、何人来ても皆で食べられるもんね」
「パンだと人数分を用意するのは大変だもんなぁ」
テオとアッシャーの着眼点はなかなか良いと恵真は微笑む。
今、恵真が考えた料理も同じ理由で選んだものだ。
だが、リゾットの作り方であれば、信仰会に以前共有している。
恵真が今、考えついたのは別の料理だ。
「リゾットもいいよね。でも、前にも出したので今回は違う料理を提供したいなぁ……」
「新しい料理ってわくわくするもんね」
「食材は……もしよければ、私も少し提供できればと思っていて。似た食材はあるんですけど、厳密に言うともっと合う種類があるんです!」
「それは助かります! 実は冒険者ギルドからも、肉を融通するつもりなんです。それで、どのような料理なのですか?」
マルティアにも似た食材があるが、それでは作りたい料理には不向きだと言う恵真にセドリックが尋ねる。
そんな質問に恵真は小首を傾げて、少し考え込む。
恵真の住む世界でもこの料理は郷土料理に当てはまるもの。どう説明していいかと思った恵真だが、すぐに解決策に気付く。
説明するより先に、どんなものか彼らに試食してもらうほうが早いだろう。
こちらの人々の口に合うかもそれでわかるのだ。
「もしよかったら、今から作ってみてもいいですか? ある食材で作れるので」
恵真の言葉にバートの表情がぱっと明るくなる。
バートだけではない。アッシャーとテオも顔を見合わせ、にっこり笑いあう。
「僕らも手伝います!」
「ぼくも!」
こうして、恵真はこちらのある食材を使った料理を試作することとなった。
新たな料理がどんなものかと期待する皆、この時点ではまだ恵真の行動は誰にも予測できないものだったのだ。
「トーノ様……どうなさったのですか?」
「あ、あれっすね。怒ってるんすね? 今までのオレの軽口がそんなにトーノ様のお怒りを買っていたんすね……! ショ、ショックっす……」
「それはあるかもしれんな。いや、そもそも、今まで許されていたことに感謝すべきだろう」
「なぁっ! それはお互い様のとこがあるんじゃないっすかねぇ」
木の棒を握り、不穏な言葉を笑顔で放った恵真に、セドリックもバートも戸惑いをみせるがお互いの日頃の態度のせいだと言いあう。
バートにいたっては今までの自分を省みて、なぜか少々ダメージを受けている。
しかし、恵真はというとそんな二人に目を瞬かせる。
「え? え? どうしたんですか? お二人とも?」
動揺するセドリックとバート、二人の様子に理解が追いつかない恵真と大人達には混乱が広がる。
そんな大人達をじっと見ていたのはアッシャーとテオだ。
野菜を洗っているテオ、肉と共に野菜を切り分けていたアッシャーはどちらも作業を終えて、恵真の次の指示を待つ。
「エマさん、次は何をすればいいの?」
「しっかりとこの木の棒で潰していきます!」
恵真の言葉にバートが青ざめる。
「だーっ! そんな子どもの前で不穏な言葉を……‼」
「トーノ様……! いや、リアムがトーノ様を冒険者ギルド所属に推薦したのは、まさかこの秘めたる闘志を見込んだためなのか……⁉」
「――なにを言っているんだ? お前たちは」
喫茶エニシのドアを開けたリアムが、呆れた表情で二人を見ている。
そんなリアムにバートが泣きつく。
「リアムさーん! トーノ様が、トーノ様が……!」
「リアム! お前も止めてくれ!」
バートとセドリックの言葉に眉間に皺を寄せたリアムだったが、恵真やアッシャーとテオを見て顎に手を置いて少し考える。
そして、恵真に視線を移し、尋ねたのは木の棒の使用方法だ。
「……トーノ様。その木の棒はどのように使うのでしょうか?」
リアムの言葉にバートとセドリックは青ざめる。
二人が聞きたくとも聞かずにいたことをリアムは逡巡することなく、恵真に問うたのだ。
「そ、そんな……オレらが聞きたくっても聞けないことを……‼」
「不穏だ……! 潰すんだぞ? あれで潰すとおっしゃられたんだぞ⁉」
しかし、恵真はというの木の棒を握りしめながら、いつものように微笑む。
「これでお米を潰していくんです」
「……潰す? 米を? だって、さっきトーノ様は半殺しにするって言ってたっすよね?」
「あぁ、俺も聞いたぞ。あの木の棒で半殺しにするって……」
バートとセドリックの言葉に今度は恵真が慌てる番だ。
ぶんぶんと左手を振り、二人の言葉を否定する。
「ち、違います! お米を半分だけ潰すことを半殺しって言うんです! す、すみません。びっくりさせちゃいましたよね……」
恵真の言葉に数秒固まったバートとセドリックだが、次の瞬間、白い歯を見せて笑う。
「いやいやいや! オレは信じてましたよ、トーノ様!」
「えぇ、私もですよ! そうですよね。手頃な木の棒で潰すと言ったら、米ですよねぇ! ははは!」
二人の様子に、自分が来る前にどんな会話があったのか、なんとなく悟ったリアムがにこりと恵真に笑いかける。
「トーノ様。その米を潰す作業ですが、誰がやっても問題ないものですか?」
「えぇ、もちろん。お米を半分だけ潰して、薄く丸い形にしていく作業なので」
「そうですか。では、この二人に作業を任せましょう――なぁ、セドリック、バート?」
リアムの微笑みと言葉からは、断れない強さを感じる。
視線を交わしたセドリックとバートは、静かに首を縦に振るのだった。
*****
くつくつと煮える鍋からは食欲をそそる香りが漂う。
鶏肉、きのこにごぼうとよい出汁がでる食材、そして半分だけ潰した米を丸めたものを加えたこの料理はだまこ汁だ。
秋田の郷土料理として有名なのはきりたんぽ鍋なのだが、潰した米を丸めるだまこ汁のほうが家庭では一般的である。
「寒い地方の郷土料理なんですよ。さっき、バートさん達が潰してくれたお米がスープをすってさらに美味しくなるんです」
「こっちのお米じゃダメなの?」
テオの質問に恵真は残念そうに眉を下げる。
「うん。こっちのお米はパラパラしてるからね。でも、こっちのお米だからこそ作れる料理もあると思うよ」
リゾットやピラフなどの料理にはマルティアの米のほうが合うだろう。
信仰会で振舞う料理として、今回恵真はこの米を使っただまこを提供するつもりなのだ。食事の変化は楽しみや刺激に繋がるものだ。
米を半分ほど潰すことを半殺しという。バート達の誤解にも繋がった少々物騒な言い方だが、おはぎなどにも使う技法である。
恵真が椀によそい、トレイの上に乗せて皆の元へと持っていく。
湯気と共に漂う香りに、クロがすんすんと匂いを嗅ぐ。
「熱いから気をつけて食べてね」
恵真の言葉におそるおそるアッシャーとテオが口をつける。
その瞬間、心配そうな表情がぱっと明るいものへと変わる。
「あっつあつだけど、スープがすっごく美味しいね!」
「うん! このだまこっていうのも、もっちもちで美味しいな」
鶏肉や野菜の旨味がだまこにもしみ込み、体も温まる。
バランス良くさまざまな食材が摂れるのも、また魅力的だ。
暖かく満足感のある料理は、信仰会に集まる人々にも受けることだろう。
「いやぁ、そう言ってもらえると頑張った甲斐があるっすねぇ!」
「腹も心も満たされる味わいだろう!」
米を潰し、丸めたバートとセドリックも得意げな様子だ。
そこにリアムが声をかける。
「そうか。信仰会用の分もバートには頑張ってもらわねばな」
「ぐっ! リアムさん……そこをなんとか! ほら、オレにも予定ってもんがあるじゃないっすか!」
「はははっ! バートも大変だなぁ!」
「――バートだけとは言っていないが?」
実に友好的な大人達の会話だが、恵真が気になったのはアッシャーの反応だ。
夢中で食べていたアッシャーだが、今は椀を持ったまま、じっと何かを考えているのだ。
「どうしたの? アッシャー君。あ、やっぱり熱かった?」
心配そうに顔を覗き込む恵真だが、その先にはアッシャーの真剣な眼差しがある。意志の宿る瞳に、恵真は自分の心配が無用なものだと悟る。
「いろんな料理があるんですね……。俺、もっと料理のことを勉強したいです」
アッシャーとテオの父ゲイルは料理人であった。
縁あって、恵真と出会い、喫茶エニシで働くようになったアッシャー。料理に対する想いもまた変わってきているのだろう。
「うん。これからもいろんな料理を作ろうね」
「ぼくも!」
お椀のだまこ汁に夢中だったテオも、慌てて兄の言葉に続く。
恵真の日々が裏庭のドアの向こうから訪れる人々で変わったように、アッシャーとテオの日々も恵真との出会いで大きく変わった。
これからの日々を語る恵真達の姿に、リアム達は目を細めるのだった。
以前、長崎のミルクセーキや鹿児島の鶏飯、
ずんだプリンや食用菊を作中(web)で出したことがあるんです。
今回は秋田のだまこ汁でした。
調味料の都合で、あまり和食が出せないのですが
たまにこうして出てきます。
各地方の方が「あ!」って思ってくれたらいいなと…。




