③ 再会を喜ぶべきか?
「オルグは何と言っている。そもそも、彼らはハルエラヴに敗北したのではないのか? 相手は誰だ。それは私が知る―――
「お待ちください、艦長。今から直接繋ぎます」
「ああ、すまん。副長。興奮した」
だが仕方あるまい? さっきまで一か八かを続ける空戦の最中だったのだから。
ディンスレイは夜が近づき赤くなる空を見つめながら、そこにハルエラヴ艦が存在しない事を確認する。
ブラックテイルⅡはハルエラヴ艦へ反撃し、恐らく……撃退出来たのが今だろう。その現実を受け入れるより先に、予想外の外部通信が入って来たのが今だ。
相手は……ハルエラヴに敵対し、そうして今回の旅の切っ掛けとなったハルエラヴの通信で、敗北を伝えられたオルグという種族。
「出るしか無いわよねー。実際に誰がどういうものでも、このタイミングだと」
「まだ、勝負に対する賭けは続いているという事かもな、ミニセル操舵士。良し、出るぞ」
艦長席手元の端末を操作し、外部からの通信に対して、双方向で会話できる状態を作り出す。
第一声は、ディンスレイが発する必要があるだろう。
「こちら、シルフェニア国軍所属、飛空艦ブラックテイルⅡ艦長、ディンスレイ・オルド・クラレイスだ。そちらは?」
『久しいな、ディンスレイ。我々はオルグ……名は、ウンドゥ・ガルサだ。これで通じるか?』
「ウンドゥ……ああ、憶えているとも。その声もだ。貴方とはまさに、ここにあったはずの基地から脱した後、ひと悶着はあれど、その次に出会った。あの日を思い出すよ」
通信先から聞こえてくる声やその内容は、既知の相手と繋がっている事を意味していた。
それをお互いに確認し合う事からスタートだ。あなたは本当に、あの日のあなたなのですか?
『確かに、数年も前だろうが、あの日のお前の顔は思い出せる。太々しい男だった。どんな状況においても、何か、自分には手段があると常に考えていそうな、そういう顔だったが、今も変わらずか?』
この返しの時点で、信じても良いだろう。互いに思い出すのは、オルグ達の隠れ基地。ディンスレイの方は、あの禿頭で、傷跡だらけの男の顔が頭の中に浮かんでいる。
向こうが思い出している顔が、実際にどういう種類のものか。それは知れたものではないが。
「お互い、再会を祝い合いたいところではあるが、こちらはさっきまで有事でな。というかこの通信……タイミングを思えば偶然ではないな?」
『話が早くて助かる。というのも、お互いにとって急ぎの状況だ。まっさきにこちらの要求を伝えるぞ、ディンスレイ』
要求と来た。状況説明だとか、確認だとかの前に要求である。
相手がどういう手合いであったとしても、その言葉がから始まる内容は、剣呑なものであろう。この通信は、そういう類のものであるらしい。
「そちらからの要求というのなら、聞き逃せないものだろうな。いったいなんだ?」
『今すぐ、そちらの……船体バリアだったか。それを解いてくれ』
オルグ、ウンドゥ・ガルサのその要求は、受け入れるかどうかを考えなければならないものだった。というより、その意図自体をまず探るところから始めるべき内容だ。
無言で副長に目配せしてみれば、彼は神妙な表情で首を横に振った。理由が分からない。安易に受け入れるべきではない。自分には判断がつかない。
だいたいそれらの意見を混ぜたものだろう。ディンスレイとて、副長の立場であればそういう返答をしたはずだ。
しかし、今の自分は艦長である。さらに一歩進んで、もう少し理由を話せとか、時間をくれだと返すべきか? いいや、それもすべきでは無いと、艦長として判断した。
向こうは急ぎだと言った。それは冗談の類では無いはずだ。それが真実であろうと、それともこちらを罠に嵌めるためだろうと、冗談として受け止めるべきではない。
だから出すべき返答は、何にせよ話を進ませるもの。
「急ぎというのは、具体的にはどれくらいの猶予がある」
『あとせいぜい十数分といったところだろうな』
思った以上に無い。その時間が経てば、何にせよ、厄介な事が起こるという事だ。
「十数分後、どうなる?」
『敵が来る。お前達が撤退させた敵だ』
ハルエラヴ……確かにそれは有り得るだろう。
ダメージは与えても、あのハルエラヴ艦はまだ健在に見えた。だからこそ警戒していたし、少し遅れて反撃が来る可能性は、未だ無くなってない。
それは承知で、それでもウンドゥへさらに尋ねた。
「……あなた達は敗北したと聞いた。それは事実か?」
『ハルエラヴ達の勝利宣言だな? 事実だ』
その言葉を、ただ受け入れる。淡々とした物言いではあった。だが、そこに感情が込められていないとは思わない。
ウンドゥという男の言葉は、冷静さの内側に相応の重さがある。それを思い出していた。
『我々は敗北したよ、ディンスレイ。もはや反撃する事すら叶うまい。いや、命脈そのものが、あと少しで途切れるだろうさ。そんな状況で、やってきたのがお前達だ。それが私とお前達の現状だ』
「……」
ただ受け止める。その言葉の真偽などは考えない。それを探る時間が今は無い。
たから、唯々、その言葉の重さを受け止めるのだ。ウンドゥという男が持つ重さを感じる。それを感じる自分自身の感覚を、ディンスレイは考える。それに関してだけは、数秒あれば可能だった。
「皆、これよりブラックテイルⅡの船体バリアを解く」
「艦長」
「副長。心配なのは分かっている。だが、これに関しては賭けじゃあない。私の……確信だ。ここでオルグの要求を受け入れる。それをすべきだと艦長は判断した。君は?」
「……私の判断力はまだ、艦長のその手の判断に届いていません」
買い被って来たなとは思わない。この男が、まるで目の前の事柄を定量化して考えている様な物言いをする時、それはこの男にしか出来ぬ判断をしているという事だ。
そんな男が隣に居て、これほど頼もしい事は無い。
「すまない、ウンドゥ。こっちの話し合いは終わった。今すぐ船体バリアを解こう……これで良いか?」
『ああ、こちらでも確認した。少し酔う事になるだろうが、これで二度目だ。すまないが、まだ慣れている方と思ってくれ』
「何?」
それはどういう意味の言葉だ?
聞き返す前に、事は起こった。
光である。光にブラックテイルⅡは包まれた。
そうして、この光をディンスレイは知っている。それも良く知っている類のそれだ。
この光はワープに伴う光なのだ。ただし、どうにも何時もと違う。光の具合がでは無い。光を見る長さだ。
ワープというのは、一瞬で地点と地点を移動する以上、それに伴う光を見るのも、一瞬である……はずなのだが、今見る光は、数秒……いやもっとの長時間に及んで―――
「うっ……」
込み上がる吐き気に、咄嗟に口を抑える頃、メインブリッジをブラックテイルⅡごと包んでいた光は、視界から存在しなくなる。
代わりに広がるのは、暗がりだった。
いや、しっかりと光源があり、その先も見える。見えるのであるが、その景色は暗いと感じる。
地盤に囲まれた景色というのは、どうしたって暗く感じるものだろう?
「ここは……オルグの基地か」
以前もまた、これに似た景色を見た憶えがある。ハルエラヴと最初に戦い、敗北した時、オルグに助けられる形で、こういう基地に強制的にワープさせられた。それと同じ事が今、起こったのだろう。
(だが、何だ? 前回とは何か違う気がする。何が……いや、何もかもという感じも……)
気分が悪いせいで、頭が上手く回らない。この気分の悪さも前回は無かった。いや、前回はワープ後に気を失っていたせいで、その手の記憶そのものが無いのだが。
「皆……状況はどうだ。とりあえず……身体は無事か」
「無事も何も……今すぐ吐きそうよ。このメインブリッジって、誰か吐いた事ある?」
「……無事そうだな、ミニセル君」
最初に返事のあったミニセルから始まり、順々に確認していく。
全員、命に支障は無い様子だったが、ブラックテイルⅡ初の、メインブリッジに吐しゃ物をぶちまけるという栄誉への遠慮のせいで、本調子で無い様子だった。
「恐らく……オルグの基地へと強制的にワープする事になった様に見えるのですが、私の判断は正しいでしょうか……」
気分が悪い時の表情も他人と違って神妙な副長の言葉に、ディンスレイは一旦頷く。
が、完全に同意もしかねていた。
「バリアを解除しろと言って来たのも、これをするためだろうからな……だが、やはり……どうにも前の時と印象が違う」
地下の、恐らくダァルフの技術に寄り掘り抜いた空間を基地にしているというのは変わらないのだろうが、この違和感……もしやこれは……。
「前回と、多分場所が違うんじゃないですか、ここ。そういう印象が僕にもあります」
「君の目は、この気分の悪さの中でも健在らしいな、主任観測士。そうか……違う場所か、通りで……」
通りで、何だろうか。
ここは違うとは思う。その違いが何であるか、今の内に言語化しておいた方が良い気もするが……。
『緊急の遠距離ワープを実行した。そちらは無事か?』
考えを纏めるより前に、ワープ後でも繋がったままの通信から、ウンドゥの声が聞こえて来た。
混乱だらけだが、それでも話を進めるタイミングらしい。
「確認した限りは無事だ。今も感じる気分の悪さを無視すればだが」
『すまんな。遠距離かつ荒いワープだと、ワープそのものに要する時間が長くなってしまい、悪影響が出る』
「そういうものなのか?」
『シルフェニアも今後、ワープ技術を発展させ続けるのなら、同じ難題に突き当たるだろうさ。人の身体というのは、長時間のワープに適応出来ていない。気分の悪さはその副反応だ。一応、それでも後遺症は出ない程度に収めている。安心してくれ……とは言い難いか』
この気分の悪さに対して……では無いだろう。
ディンスレイなどは、それも時間が経つにつれてマシになって来ていた。
だから艦長席で姿勢を正しつつ、話を進めていく。
「この貴方達の基地だが……もしかして避難所だろうか?」
『……本当に、話が早いな、ディンスレイ』
驚かれた様だが、こちらも漸く言語化出来たところだった。
このワープによる気分の悪さは、恐らく前回には無かったし、ブラックテイルⅡから見える地下の景色もまた、前回より暗く感じている。
単純に光度が足りないというのはそうだが、狭いのだ。前の地下空間などは、飛空艦用のドックもまた広大で、向こう側が見えぬ程であったが、ここはそうでは無い。それが暗さを感じる主要因だった。
そうして何より、ウンドゥの声である。
ディンスレイがワープによりこの場所へやってきてからの彼の声には、どうしようも無いくらいの安堵の感情が混じっていたのだ。
ブラックテイルⅡがこの場……オルグ達の避難所で当たりだろうが、ワープに寄り連れて来る事が出来た事に、心底ほっとしている様子だった。
まるで、嵐の中に居た子どもを見つけて、家へと連れ帰る事が出来たが如く。
「もし、私の予想が当たっているのだとしたら、それがいったい何を意味するのか……是非にも知りたいところだ」
『勿論、説明しようとも。そのためにここへ連れて来たし、時間も稼いだ』
あと残り十数分で、ハルエラヴに再び襲われていたと言っていたか。
それが事実であれば、まさに危機一髪であったのだろう。
「稼げた時間というのはどれほどだろうか? 前回、ハルエラヴとシルフェニアの本格的な接触は、それこそ数年分稼げた事になるが……」
『せいぜいが三日と言ったところか』
その程度が?
贅沢を言うつもりなど毛頭無いが、ウンドゥの言葉から感じる安堵の念。それがたかだか数日分。それはどれほど彼らが追い詰められているかを物語っている気がした。
「ここは……ハルエラヴに敗北した貴方達が、隠れ潜んでいる場所という事で良いのか?」
『詳しくは後で話すが、その通りだ。前の時の様な、反抗のための拠点ですら無い』
「その場所がバレるのが三日……私達を助けたからか」
『ははっ、まあ、そうなるな』
笑い事ではあるまい。何一つ笑えない。
ディンスレイ達の命の代わりに、ウンドゥ達の命が失われる。そういう話を今、されているのだろうに。
「そこまでされる謂れは……」
『あるさ。お前達にはある。我々がお前達に賭けた。とっくの昔に賭けて、今なお、お前達はその価値を見せた。多少はマシになったが、それでも劣った飛空艦で、ハルエラヴのそれを撃退してみせた……というのは、むしろお前達の艦への侮辱となるか?』
ウンドゥはそう言うものの、彼らが払う代価が大きいのであれば、ディンスレイ達は手酷い間違いを犯してしまったのではないか?
そういう感情とて湧いてしまう。
「面と向かって礼の一つでも言わなければ、こちらの面目が立たない状況ではありそうだ」
『なら、さっそく艦から降りて来ると良い。知っての通り、こっちは足が動かん身でな』
車椅子を使う程度に、全身に癒えぬ傷を負った男、ウンドゥは、そう言い残し、通信を切った。
これより先の話は、通信越しでは駄目だという事だろう。
「副長、また心配するだろうが……」
「ブラックテイルⅡを降りるのでしょう? 今回に関しては、意見に賛成です。どうにも、誠意を無理やりにぶつけられた気分です」
「ほう、君の情動が動かされるというのは、そういう部分か? 何にせよ、艦長と副長の意見が合致した。皆も良いな」
メインブリッジの面々に尋ねる。やはりというべきか、まだ船内幹部会議を開ける様な状況でも無かったから。
「っていうか、一旦休みたーい。艦長が話してる間に、休める人達は休んでおいた方が良くない?」
どうせ、また忙しくなるのだから。
ミニセルの言葉にはそういう意図があった。
「もっともな意見だな。交代での休憩をさせておこう。班分けは……」
「艦長。こういう時のため、事前に時間配分と船員を分けた資料を用意しています。これを利用してください」
「想像以上に手が早いな、副長」
準備が良すぎる気もするが、テグロアン副長にとってはここからが本題らしく、ディンスレイの顔へ目を向けながら、さらに続けて来た。
「代わりに、私の同行もお願いします。オルグがどういう相手であるのか、この目で確かめておきたい」
「なるほどな。副長としては、オルグに対しても警戒心を持っているか」
「それもありますが、ブラックテイルⅡだけでなく、シルフェニアを左右する話にもなりそうだ。でしたら、是非にその場に居たいところです」
それはどうして? などとは聞かない。この男はこの男なりに、ディンスレイとは違う意図で動く事もある人間なのだ。
それを好ましいと思う以上、ディンスレイは同行の申し出に対して頷いた。
「良いだろう。私一人だけで来いとも言われていないからな。操舵士、主任観測士、何かあったら逐一知らせる。私と副長は艦を一旦降りるぞ」
「はいはい行ってらっしゃい。あ、それと艦長は特に働き詰めだから、ぶっ倒れて恥を晒すんじゃないわよ」
まるで保護者みたいな言い方をするじゃあないか。
そんな言葉は返さない。事実そうだろと言われたら、面目が立たなくなるからだ。
特に今は、重要な相手と会うタイミングなのだ。見せる顔は汚したく無かった。




