② 通じたのは攻撃だけか?
黒き閃光が大地を穿つ。
まるでそこに障害物など無いが如く、地面にくっきりとした大穴を開ける、その黒き光。
その光景を、眺める事が出来たという事は、今なお、幸運にもディンスレイは生きているという事だろう。
いや、これは幸運では無い。
「操舵士! 止まるなよ! これで終わりでは無いはずだ!」
ハルエラヴ艦から放たれたその光は、理論上の最高出力で放たれた攻性光線だろう。攻性光線というのは、その出力に寄って色を変える一方で、その上限値というものが存在している。
シルフェニアの技術では、そもそもその上限値に届かせる事が出来ないのであるが、ハルエラヴはそれに至ったのだろう。黒の色は、それを証明する色なのだ。
そう、たかがその程度の話だ。
「確実にあたし達を仕留めるつもりで放ったものでしょうからね。ただ威力のある攻性光線ってのなら、確かに片手落ちかもね」
ミニセルの言う通り、ブラックテイルⅡを破壊したいのなら、もっと低い出力でも出来るだろう。
雨あられと降って来ていた青の色のそれですら、まともに直撃すれば、無視出来ないダメージを受けるのだから。
こちら側の船体バリアは、ハルエラヴ艦と比較すら出来ない程に脆弱だ。
だから……黒い色をした攻性光線は、ただ脅威であるだけの一射なのだ。そんなものでブラックテイルⅡは追い詰められない。
追い詰められるとしたら……。
「下方、注意してください! あの光線の軌道……ちょっと曲がってた!」
主任観測士からの報告に反応する様に、視界ごとブラックテイルⅡが傾く。彼の言葉が動かしたと勘違いする程に、ミニセルの操舵は素早かった。
そうしてそれは正しい。
「これは……まるで光線が生きている様じゃあないか」
ブラックテイルⅡ下方から、地面を穿ち、抉り、再び黒き攻性光線が現れる光景。それを見て、ディンスレイは呟く。
あの超高出力の光線を、他の攻性光線と同様に、曲げる事が出来る。いや、中空で操る事が出来る。そういう攻撃方法らしい。
ただの一撃、掠るだけでも被害は甚大だろうそれが、自在に空へと走ってくるのだ。
「ミニセル操舵士!」
「もう二度避けてる! 三度目だって出来るわよ!」
地面の中を曲がり、出て来た黒き攻性光線とて、ミニセルは避けてみせた。
だからこそ、今も悠長に考える事が出来る。その考えの間にも、黒い攻性光線はブラックテイルⅡを狙ってくるが……操舵士の断言通り、それもまた回避する。
回避する事が出来る。その余裕を作っていたからこそ、今がある。ハルエラヴ艦は今なお、ブラックテイルⅡの性能を読み違えているのだ。
(攻性光線の速度がどれ程であろうとも、ああやって軌道を変えて操るのも、所定の位置に移動させる事とて、人の判断だ。ただ直射するだけの攻性光線より……遅いというわけか)
今のブラックテイルⅡには、それを避ける余裕がある。そこがハルエラヴにとっては予想外となるはずだ。
普通はありえない。そういう思い違いをさせる様に、ブラックテイルⅡはまず演じたのだ。ハルエラヴはそれに引っ掛かり続けてくれている。
(だが……この手のハッタリも、長くは続けられんな。それにしたところで、徐々に追い詰められている)
黒い攻性光線との追いかけっこは、長期戦であればブラックテイルⅡの敗北に終わるだろう。そも逃げ回る相手はハルエラヴ艦ですら無く、攻性光線に対してなのだから、勝負にすらなっていない。
やはりというべきか、予想通りというべきか、この期に及んで、ハルエラヴとは隔絶した差がディンスレイ達にはある。そうとしか言えない状況だ。
「いや、隔絶なんぞはしていないか。空と大地の狭間にいるのは同じだ」
「何か、思い浮かびましたか?」
副長からの問い掛けには、今度は焦りの感情が無い。彼も今を見極め始めたのだろう。
ハルエラヴとの差。そうして、それでもブラックテイルⅡに何が出来るのかを。
「少々我慢比べの形になるし、やはり賭けにもなるが……やるべき準備を整えよう」
副長に言葉を返し、機関室にも通信を繋ぎ、ディンスレイの意図を伝えた後、メインブリッジの面々にもディンスレイの意図を伝える。
この時間を稼げただけ、やはりハルエラヴとの力関係は詰められている。その実感が確かにあった。
「けどま、無茶やる事については相変わらずよね。何時か失敗するんじゃないかしら、この艦」
安易に空気を良くしたりはしないミニセルの発言。だが、それを受け入れられる度量がこの場所にはあった。もしくは、危機意識が麻痺した馬鹿者達の楽観か。
「かもな。次の瞬間において、我々は手酷い失敗をするかもしれない。ただ、やらないという選択も無いわけだ。違うかな?」
声は返ってこない。しかし、答えは返って来た。
沈黙はこう告げている。では始めよう。
「ミニセル操舵士。まだ艦は耐えられるな?」
「まだまだやれる! 問題無し! まずは我慢比べってのなら、それはあたし達が勝つ!」
頼もしい言葉だ。艦が傾くどころか、一回転でもしかねない傾斜が発生しているが、操舵士が言うのだから問題無かろう。
ならばディンスレイが見るべきは、相手の態度。
追ってくる黒い光線を? そんなわけが無い。あれはただの光線だ。
何時だって、見るべき相手はハルエラヴ艦。彼らを観察する事こそが、ブラックテイルⅡの仕事だ。
こちらが耐えきる事が出来るのならば、向こうは必ず動き出す。
「ハルエラヴ艦。次の一手はもう一発追加のつもりみたいです!」
主任観測士からの言葉で手を握る。
焦りからでは無い。まずは一つ、予想の範囲にある事象が飛び込んで来てくれたのだ。それは賭けに勝った事への高揚を意味していた。
あと一つ、もう一つ。賭けに勝つ事さえ出来れば……。
「ハルエラヴ艦からの攻撃、来ます!」
既にブラックテイル号を追って来ている攻性光線に続いてもう一発。二つの射線により、ブラックテイルⅡの逃げ道を無くし、確実なトドメを刺す。そういう狙いがハルエラヴ艦にはあるのだろう。
事実として、ただの一射から逃げるのにも四苦八苦しているブラックテイルⅡが、さらにもう一射に追いかけまわされたとしたら、ぞっとしない結末がそこに待っている事だろう。
ならばこのハルエラヴ艦からの攻撃は、ディンスレイにとっての危機か? いいや違う。それは一つ目の賭けには勝ったという意味でしかない。だからもう一つの賭けを、今から始める。
「ブラックテイルⅡ、力場スライド!」
ディンスレイのその言葉と共に、ブラックテイルⅡの視界が揺さぶられる。
力場スライド。船体バリアの強度を維持したまま、それを強制的に解除する事に寄って起こる、船体そのものの空間移動。
いや、船体バリアを発生させる力がそもそも、ある種空間を歪ませるものなのであるが、それが大した段階も経ずに解除される事で、空間の歪みが強制的に是正される現象と言えば良いのか……。
兎に角、それはある種の事故である。その事故を利用して、船体を元の位置から瞬時に横滑りさせる行為。それが力場スライドであり、船体バリアを張れる機能さえあれば、実行は可能だった。
それを実際にやってみせる事こそが、ディンスレイの二度目の賭け。
賭けの結果は……ややメインブリッジの視界から、ハルエラヴ艦がズレて見える角度への移動。そこに関しては、あまり良いものとは言えないだろう。
出来れば、しっかり視界に入れた形でのスライドが望ましい。だが、それを狙って出来ないのが、この力場スライドが正規の手段では無い理由なのだ。移動の方向や角度は完全にランダム。まともな手段とは言えない。
だが、それでも、賭けには勝った。
どういう賭けか? ブラックテイルⅡはさっきまで居た空域から相応に、そうして瞬時に移動出来た結果、迫る黒い攻性光線の二射を避ける事が出来たからだ。
その二つの攻性光線は、やはりと言うべきか、軌道を変える動きを始める。だが、動きが拙い。
理由は幾つか想像出来るが、何よりまず、ブラックテイルⅡの不可思議な移動に対する動揺があるのだろう。
(力場スライドは……本来起こしてはならない類の現象だ。頭の中に不合理を抱えていなければ、可能性として上げる事すら無い、そういう方法の一つだ。それを実行した奴を私は知っているが……それはお前達では無い。だろう?)
ハルエラヴは完璧を目指す様な種族だ。他者への圧倒を目指すというのは、自らをどこまでの高め、どこまでも効率的に、どこまでも正しく有らねばならない。
だから、力場スライドの様な発想が浮かぶ空戦などというものは想定出来ない。
他の技術ならシルフェニアを上回るだろう。だが、この方法だけは、不合理過ぎて思いつきも出来ない。
だからそれを成功させる事で、ハルエラヴは混乱する。一か八かとまでは行かないが、万が一の失敗を、あえて許容する様な行為。ハルエラヴとは、そんな物への理解を捨てた種族なのだから。
そうして、その種族に対して、ディンスレイ達は賭けに勝った。
ブラックテイルⅡへのトドメの一撃を、ハルエラヴが理解出来ぬ方法で避けた。
それを見せつける事で、ハルエラヴ艦はさらなる焦り……それこそ、するべきでは無い方法を取る程の焦りを引き出せる。
「ハルエラヴ艦……三射目の準備を―――
「今だ。撃て!」
主任観測士の報告の途中で、既にその事実を受け止める。だから叫ぶ。
黒い攻性光線の三射に寄る攻撃? それが出来るとしたら、それはもう大した技術だ。驚異的な威力となるだろう。
だが、それは幾ら何でも、考え無しの行動では無いか?
それこそ、艦の出力を無駄に使う、策も何もあったものでは無い繰り返しの行為。
そんな瞬間を、ディンスレイが見逃すはずが無い。
向こうが三射目の攻性光線の準備へ入る前に、こちらは尾部主砲を放つ準備が出来ている。
ここまでがディンスレイ達の作戦通りなのだから。
「こちらの攻性光線……敵艦に直撃!」
本来それは、ハルエラヴ艦の船体バリアに寄って弾かれたはずの攻撃。それ程の技術的格差。性能の隔たり。
それが今、埋まったのだ。
「これがたった一度のチャンスだ! 悪いが艦に無茶をさせるぞ!」
ブラックテイルⅡから射出される赤黒い攻性光線はそれを途切れさせず、主任観測士の読みと操舵士の腕に寄って、ハルエラヴ艦への直撃を続けていた。
そう、ここには二つの事実がある。
まず一つ。こちらの攻撃は、本来そこにあるはずの船体バリアで弾かれてはいない。これはハルエラヴ艦が、船体バリアに費やす出力を攻撃に費やしてしまったという事。
三射続けて放とうとした黒色の攻性光線は、驚異的かつ高威力で大層なもの。端的に言えば力の無駄遣いであったのだ。
本来、ブラックテイルⅡを撃墜するのに、そんな大層な力は必要無い。
当初、牽制の様に放たれた、曲がる青い攻性光線にすら、ブラックテイルⅡは追い詰められつつあったのだから。
だが、それを続ける事が出来なかった。きっと、ハルエラヴ側の矜持が、優位性が、種族としての戦術が、それを許さなかったのだろう。
だからこそブラックテイルⅡはそこに付け入り、敵艦に攻性光線を届ける事が出来た。
そうして、もう一つの事実を知る。
敵艦は、船体バリアが無くとも、耐久性のある装甲を持っているという事。
「こちらの攻性光線は、まだ射出を続行出来るでしょうが……敵艦の装甲を貫通出来るかどうか」
「副長、ここは覚悟の決め時だ。それが出来なければ、どうしようも無い」
「決める覚悟が幾つあっても足りないですね、この艦は」
そういう艦だ。仕方あるまい。
本当に仕方のない話だった。こうなった以上、限界まで攻性光線を当て続ける以外の選択は無くなったのだから。
ブラックテイルⅡの性能を考えれば、結果はすぐに出るだろう。そろそろ、こちら側の限界が―――
「ハルエラヴ艦の装甲に変化あり!」
主任観測士より待ち望んだ報告。
ディンスレイが見たのは、装甲そのものが赤熱した色を発し始めたハルエラヴ艦。
そうして、その次の瞬間には、ハルエラヴ艦の装甲が弾けた……気がする。
弾けた装甲の内側から黒煙を発し始めたそのハルエラヴ艦を見れば、ディンスレイ達の攻撃が通用した事は間違いあるまい。
間違い無いのであるが……それでも、ハルエラヴ艦はまだ空を飛んでいた。
「内部構造へのダメージを、限界になった装甲をパージする事で軽減したのか……?」
ディンスレイ自身が見た光景を、ディンスレイ自身が言葉にするならそうなるだろうか。
弾けた装甲の破片一つ地面に落ちる形跡が無いところを見れば、もう少し違う表現になるかもしれないが、ハルエラヴ艦が健在である事だけは分かってしまう。
「……けど、それでも、こっちの手は届いたわよ、艦長。まだやれるかしら? あたし達」
ミニセルのその言葉は、実はやや、折れそうになった心を立て直してくれた。
ああそうだとも。渾身の一撃が、それでも相手の致命に届かないくらいなんだ。それでも届いたのだ。ブラックテイルⅡが動ける限り、ディンスレイ達は挑み続ける事が出来―――
「なっ……」
視界からハルエラヴ艦が消えた。
何だ? 通常の移動に寄るものか? 未知なる技術に寄るものか。それとも……。
「ハルエラヴ艦……恐らく、ワープしました」
主任観測士がそういうのだ。ディンスレイの予想より、正しいものであるのだろう。
「だが……ハルエラヴ艦はどこに?」
「奇襲を仕掛けて来る……わけではありませんね」
呆気に取られているのは副長もそうであるらしい。
警戒は怠れない。というより、油断出来ない気持ちが、気持ち悪く続いている。
突如として戦いが終わった。本当に終わったのか? それも分からないまま、暫しの時間が過ぎた。
「もしかして……ハルエラヴ艦を退散させましたか? 僕達?」
おずおずと、テリアン主任観測士が尋ねて来る。
「君の目に、未だハルエラヴ艦が見えないという事は、そうなるだろうが……」
ディンスレイとて、断言する事は出来ない。それくらい唐突に、戦いは終わったのだから。
だが、変化はまだ終わっていなかった。
「待ってください、艦長。よろしいですか?」
「なんだ副長。やはり……次があったか?」
「次と言いますか……通信が入っています」
艦内のどの部署からだ?
尋ねる前に、副長の真剣な表情でそういう事では無い事を察する。もっと大変な場所からの通信だろう。
例えば……。
「敵、ハルエラヴ艦からの通信か?」
「いえ……これは……記録として存在するから分かるのですが……オルグからです」
波乱は続く。この空にはまるで、それしか存在しないかの様に。




