① 白銀は黒より本当に美しいか?
複数の青い攻性光線がブラックテイルⅡへと迫る。
射出するのはハルエラヴの白銀に光る飛空艦。
飛空艦が幾つも光線を放てたとて、広大な空の只中と比較すれば、射出される点は一点のみ……というのは、飛空艦による攻撃の定石のはずだった。
しかしどうしてか、回避行動を取るブラックテイルⅡのその周辺を囲む様に、攻性光線が降り注いで来ていた。
ハルエラヴの飛空艦はブラックテイルⅡより高い位置にあるため、攻性光線が降って来るというのは分かる……が、真っ直ぐ飛んで来るはずの攻性光線の軌道に囲まれるというのは合点がいかない。他に飛空艦の影は無いはずだが……。
「攻性光線……あれ、曲がりましたよ! いったいどういう理屈だ!?」
テリアン主任観測士からの報告で、納得できない理由が通ってしまう。確かに、どういう理屈かは分からぬが、それが出来れば便利だろう。単艦による攻撃で、相手艦を牽制し易くなる。対象に当たらなくても、その動きを阻害だって出来るはずだ。
事実、ブラックテイルⅡが取れたはずの手段の内、幾つかを封じられていた。
特に、尻尾を巻いて逃げ出すという手段が安易に取れない。それが痛い。
「ミニセル操舵士。このまま回避行動の継続は……」
「出来なくも無いけど、何時までもは難しい。けど、今なら確実に出来るってところ」
「向こうも様子見といったところか。真っ先に攻撃を仕掛けて来た割に、らしくも無いな」
ハルエラヴの飛空艦の性能を考えるに、曲がる攻性光線は確かに脅威であるが、もっと手ひどい攻撃だって可能なはずだ。
そも、青色の攻性光線は対象を破壊するだけの威力はあるものの、ハルエラヴ艦の出力であれば、もっと上の……赤や黒の色をした攻性光線だって出力可能なはずだ。
それが出来る性能が無い? そんな弛んだ予想はするべきでは無いだろう。
手を抜かれている……様子見をされている? そうかもしれない。だが……。
「ミニセル操舵士、今なら確実に出来ると言ったな。なら、回避行動を大げさに……あからさまにそれをしている……という軌道を取れるか?」
「今の段階なら、向こうだって全力を出して来なさそうだから出来るけど……狙いがあるのね?」
勿論だ。この状況において、無駄な行動など取れるものか。
向こうがこっちの様子を伺う様な振る舞いをするのなら、こっちだって向こうを振り回してやろう。
それに……そうする事で、ハルエラヴ側の狙いというのが見えてくる。そう考える。
「ああもう! それにしても鬱陶しいったらありゃしない!」
空に大回る軌道を取るブラックテイルⅡに対して、ハルエラヴ艦が曲がる攻性光線を放ち続けて来た。
やはり、光線そのものが曲がる軌道を取っているのであろう事が分かる、そういう射線。
その射線のいくつかはブラックテイルⅡを狙うものであったが、ミニセルの腕に寄り直撃を避けたり、船体バリアに寄り弾く事が出来ていた。
(そうだ。出来ている。それに攻性光線もだ。全力でこちらを狙ってきているというよりは、徹底してこちらの動きを牽制するものだな、これは)
ハルエラヴは他種族を蔑む種族のはずだ。そう了解している。その性質が変わったか? この数年で? オルグを滅ぼしたという通信を聞いた印象としては、その様な変化は無いと言える。
なら、この様子を伺われているという違和感は何だ。今なお、どうしてブラックテイルⅡは圧倒されていない。
「艦長……そろそろ反撃を考える頃合いでは?」
「待て、副長。もう少しだ。相手の狙いが分かりそうなんだ。その時まで、取れる手段は隠しておきたい」
「本当ですか?」
本音ではある。あくまでディンスレイ個人の予想でしか無いため、外れる事だってあるだろう。だが、それを表に出す事は無い。
「向こうの方が有利だ。互いの位置関係の話では無く、技術的な土台からして、我々が不利だろう? なら、こっちが隠している手札の数と、それを出すタイミングが重要になってくる。安心しろ、そこは外さん」
「その点について、信頼はしています」
本当か? 正直なところ、強がりで言った部分はあるぞ?
だが、そういう問い掛けだってしない。この様な有事において、艦長の外面は盤石であらねばならぬ。
内心はどうでも良い。自分で散々悩んで、自分なりの選択をするだけだ。その点はどうしたって自由なのだ。だからこそ不安なのだが……。
(だが、この不安とて表に出すわけには行かないぞ、ディンスレイ・オルド・クラレイス。それに、お前はもう、こう思う頃合いだろう? これは当たりだと)
ただひたすらに受けの姿勢。ハルエラヴ艦の攻撃の頻度。ミニセルに寄るブラックテイルⅡの動き、その際の反応。そうして、今、それでも無事である我が身。
ここらで出すべき材料は揃った。十全とは言わないが、この場で揃えられるものの内、大半は揃った。
だから言葉を発する。
「ブラックテイルⅡ。尾部主砲発射用意」
ただ淡々とそれを言葉にする。語気はいらない。それでメインブリッジの面々には通じる。
騒がしさは無く、ただその準備がすぐに整い、引き金はただディンスレイの手元に。
「目標、ハルエラヴ艦。直撃させる勢いでやるぞ。撃墜してしまったら……問題だろうが、それでも外すよりマシだ」
「主任観測士、艦長の狙いの補佐をします」
「操舵士、とりあえず打てるタイミングを作るから、その時を狙って!」
メインブリッジの反応は良い。互いの言葉には互いへの信頼が乗っている。
だからこそディンスレイの仕事は、引き金を引くタイミングを見誤らぬ事だ。
ブラックテイルⅡが空を旋回する。
ハルエラヴ艦は未だこちらより高度が上。睥睨する様にこちらを見下ろし、その視線は実際の光線となってブラックテイルⅡへと降り注いでいた。
その光の視線を……網が如き線の数と軌道を、ブラックテイルⅡは縫う様に回避し、時にフェイントすら入れて、その瞬間を作り出していく。
ブラックテイルⅡとハルエラヴ艦。ただ不利なだけのブラックテイルⅡが、ハルエラヴ艦を、上下の位置でありながらも前に見据える。その角度と位置関係を、操舵士は作り出してくれたのだ。
さらに耳には主任観測士の声。
「待って! もうちょい……いけます!」
ハルエラヴ艦の位置は勿論、ブラックテイル尾部主砲から出る攻性光線の軌道すらも計算に入れたであろう主任観測士助言の元、ディンスレイの指先がその言葉に合わせて動く。
瞬間、赤黒き光線がブラックテイルⅡ尾部より射出される。
ハルエラヴ艦が射出し続ける青き攻性光線より太く、そうして凶悪な威力を持っているだろうそれ。
ハルエラヴ艦にとって、自分達が一方的に有利な状態の中、瞬時の反撃が行われた事になるだろう。その一射は、確実にハルエラヴの虚を突いたはずだ。
艦を急速に動かし、回避行動を取る時間すら無いはず。そのタイミングをディンスレイ含め、メインブリッジの面々は見計らう事が出来た。
だからこそブラックテイルⅡ尾部主砲の光線は、ハルエラヴ艦の正面へと当たり……そのまま、火花を散らせるがごとく、霧散した。
「船体バリア……それも高強度の……!?」
その光景を見た副長の言。やはり珍しい事に、感情が出たそれ。
それ程に、今のブラックテイルⅡの攻撃は的確かつ渾身であり、それをただ正面から防いで来たハルエラヴ艦は脅威なのだ。
その脅威を今、副長は実感している。かつてディンスレイ達が感じたものを、彼も今、共有している。
だからこそ、ディンスレイはあえて、それを言葉にした。
「分かったぞ、副長」
「何を……?」
「奴らの行動原理がだ。ミニセル操舵士。固まっている場合じゃあない、回避行動再開だ。出来る限り、さっきよりさらに大げさな軌道を取れ」
指示とて忘れない。
今の光景はディンスレイ達の手詰まりを現わしていないからだ。
むしろ次の一手を引き出す事が出来た。だからこそディンスレイは、自らの感情を驚愕のままでは終わらせない。
「了解! だけど……さっきから大げさに大げさにってどういう事!? そこに狙いがあるの!?」
指示通りの動きをブラックテイルⅡにさせるミニセル。その影響に寄り、船体が大きく激しく傾くのを感じながら、ディンスレイは彼女に言葉を返した。
「狙いというよりこれは……布石だ」
再び青い光が降り注ぐ。ブラックテイルⅡを絡め取ろうとする、ハルエラヴ艦の曲がる攻性光線の只中で、ディンスレイはその光景の意味について答えを出そうとしていた。
「見ろ副長。この光景は恐怖すべき光景じゃあない。ハルエラヴの考え方を知る機会だ。そうして……我々にとっての優位でもある」
「今、渾身の攻撃すら通じず、変わらず圧倒されている光景がですか……?」
「ああ、そうだ。変わらないだろう? 圧倒されているのにだ」
「……!」
副長の目が見開く。いや、大して変わっていないが、それでもそんな風に見えた。
これでなかなか、テグロアン・ムイーズという男についての理解が進んで来た気がする。
もっとも、今はそれを喜ぶ暇も無い。
目の前にあるチャンスをものにする。そのタイミングだろうから。
「見ろ、諸君。奴ら、最初から我々を屈服させるつもりだぞ」
「あらゆる部分で、ブラックテイルⅡを圧倒しようとしていると……そういう事ですか」
テグロアン副長も冷静さを取り戻して来たらしい。ハルエラヴの今の戦術について、それを読み取る頭が働き始めている。
「ああそうだ。舐めて掛かっている。考えてみれば、初遭遇の時もそうだった」
ある種、ハルエラヴの宿痾なのかもしれない。
技術的優位に立っている相手に、全力を出すという発想が無い。むしろ、その力を誇示するためにいたぶる様な戦い方を好む。
それが他者というものを排斥し、そうして内心で恐怖する種族の在り方だ。
そうしてそれは、付け入る隙にもなるだろう。
「ブラックテイルⅡは確かに相手艦に劣っている。天と地程の差があるだろう。だが、たかが天と地だ。心理的に付け入る隙があるのなら、埋める余地など幾らでもあるさ。それに……」
「それに?」
「いや、すまん。調子に乗り掛けた。忘れてくれ」
ハルエラヴは前回より、こちらへ圧を掛けようとする意図が強くなっている。そんな印象を受けたのである。それは現状において、むしろこちらの優位をさらに高めて来そうな要素だ。
だからこそ、希望的観測に繋がりかねない。一旦は頭の隅に退けておく事にする。
「それより、隙があるっていうのなら、どうやって突くかって事よ。どうすんのよ、艦長。これで何も無しじゃあ、大言の意味が無くない?」
「だから布石だと言ったろうミニセル操舵士。今の我々は、ハルエラヴ側にどう映ってる?」
ミニセルの心配する声に、今度は自信を持って答える。
何せ、ハルエラヴはこちらの狙い通りの動きをしているから。
「ハルエラヴ側から、あたし達がどう映っているって、そりゃあ一か八かの攻撃を防がれ、逃げ惑って……それが分かりやすいくらいの動きを……艦長に指示されてる? あたし?」
「こちらにはもう余裕が無い……と、向こうは読み違えているという事だ」
攻撃を仕掛ける前の段階から、ブラックテイルⅡは演技をしているという事になる。
出来る最小限の回避をせず、幾らか余分に動き続けていたのだ。
向こうが、こちらを圧殺する様な動きをしているのだとしたら、そのラインを読み違えさせる。
実際、向こうはこちらがあえて見せている、必要で無い動きに対してすら、その余分を突く様な攻撃を仕掛けて来ない。
あくまで、ブラックテイルⅡを撃墜しないギリギリを狙っている。そういう不合理さが向こうにある。こちらの期待は、まさに今、当たってくれたわけだ。
ハルエラヴを知るというのは、そういう事でもある。
相手とどう戦っていくか。それだって、相手を知る事が出来たから可能なのだ。
「次の一手……それはハルエラヴから来る。ブラックテイルⅡの演技が上手く行っているのなら、そうなるだろう」
「追い詰め切った獲物に対しては、どうしたってそれをする必要がある……という事ですか」
前を見ている副長には見えないだろうが、ディンスレイは頷いた。
幾ら向こうが優位とは言え、ただいたぶるだけでは何も終わらせる事は出来ない。ハルエラヴ側としてはその瞬間を、手ぐすねを引きながら見計らっているはずだ。
このまま、何も出来なくなったブラックテイルⅡへトドメを刺す瞬間を。
「主任観測士、操舵士。それぞれの目と腕が頼りだ。その瞬間に対応してくれ。向こうの予想より、こちらは少しだけ上手く動ける。ハルエラヴからのトドメの一撃、それ自体を隙に出来るはずだ」
「目が頼りって、何してくるかについては予想出来ないんですよね?」
「その通りだ、主任観測士。向こうの飛空艦はすべての性能を出し切っていないだろうしな」
「で? その分からない動きに、ブラックテイルⅡは合わせなきゃいけないってわけ?」
「技術的差という、本来埋められない部分を埋めるための博打だからな。そうなる」
「ま、倍率はそこまで高くない賭けだけど」
最後には自信で返してくるミニセル。
傲慢さから来るものではあるまい。これまでに培った胆力が言葉を放っている。
だから今は、ディンスレイもそれを待つだけ。
目と手は問題無い。ディンスレイもまた、ブラックテイルⅡの頭として、何が起こるか分からないその瞬間に対応するだけ。
その瞬間は、もうそこに。
「敵艦前方! 攻性光線の収束を確認! 色は……黒!」
主任観測士の報告通り、青い光線を放っていた白き飛空艦前方に、どういう理屈か攻性光線であるはずの光が集まり、さらにその色を変え始めた。
どういう理屈か。それを考えるのは後で良い。ディンスレイは即座に指示を飛ばす。
「操舵士!」
「今度は手を抜かずに避け切れって? 了解!」
ミニセルがディンスレイの意図を汲んだその瞬間が、勝負の始まりだ。
前哨戦はここまで。圧倒的なハルエラヴ艦に対して、ブラックテイルⅡは漸く、正面から戦いを挑むのである。




