④ この思いは大それたものか?
ブラックテイルⅡを降りた先であろうとも、そこはやはり岩盤に囲まれた基地としか表現の仕様が無かった。
通路や壁を照らすために並ぶ光源と、それでもすべてを輝かす事が出来ない空間の広さを思えば、今回の旅の始めに見た、ダァルフの地下空間を思わせるそれ。
実際のところ、この基地もまた、ダァルフの技術に寄り作り出されたものだろうから、似ているのも当たり前なのだろうが……。
「オルグを構成する種族というのは、エラヴがハルエラヴへと種族が移行するタイミングで、ハルエラヴという集団に反発した元エラヴグループと、そんなハルエラヴと全面的に対立した、ダァルフという種族が主なのでしたか」
通路を歩いていると、隣を歩く副長の声が聞こえて来る。
この環境で、彼はさっそく知識を収集し始めたらしい。
何を狙っているかは分からぬが、今はそれが頼もしい……と考えるのは、艦長としての贔屓目だろうか?
そんな事を考えながらも、ディンスレイは自分が知る限りの知識を副長に返す事にした。
「ハルエラヴは他種族に対して高圧に、そうして破滅させる方向で接する様だからな。その二者だけで無く、実際に滅ぼされた種族の数少ない生き残りも参加している……とは聞いてはいるが……」
「今は、それも怪しいと言ったところですか」
副長はそう言って立ち止まった。ディンスレイもまたそこで止まる。
ブラックテイルⅡを降りた先から、自然と向かうべき場所へと辿り着いたからだ。
「隠し立てはすまい。我々からは多くの仲間が失われた。残されているのはまさに数える程だよ。この場所にも、私一人で来なければならない。その無礼を許して欲しいところだが」
と、辿り着いた先に居た男、ウンドゥ・ガルサの声も聞こえて来た。
視界のやや下側。車椅子に乗った彼は、以前に見た時と同じく傷だらけの身体だった。
いや、むしろ増えている。例えばそう……片足が無くなっている様に見えるが、詳しく聞くタイミングでは無いだろう。
今は別に、言うべき事が決まっている。
「どうやら、随分と苦労を重ねたみたいだ、貴方達は。久しぶりというべきかな、ウンドゥ・ガルサ」
「ああ、本当に。また顔を見られるとは思ってもみなかった。世辞ですら無くな、ディンスレイ・オルド・クラレイス。それと……」
「テグロアン・ムイーズです。ブラックテイルⅡで現在、副長をしています」
と、オルグ相手だろうと一切変わらない態度で、テグロアン副長はウンドゥと話し始める。何時もの神妙な表情を浮かべながら。
「確か前回には居なかった。この歳や立場になると、新たな出会いというのは歓迎しかないな。よろしく、テグロアン・ムイーズ」
「ええ。こちらとしても、オルグの方々からもたらされた技術には、日々感嘆している立場です。よろしくお願いします」
と、本当にそう思っているのかも分からない、なんならある種の皮肉が混じっていそうな言葉を返す副長。
だが、そんな彼に対しても、ウンドゥは苦笑にも見える笑みを漏らすのみだ。
「苦労している様で幸いだ。それだけの物を渡したのだという自負を持てる。ディンスレイ、この男はお前から見てどうだ?」
「酷く面白い男です。これでもう随分とした付き合いになりますが、飽きが来ない」
当人を前にしての評価というのも悪趣味だが、この程度でどうこうなる副長では無いので遠慮もしない。
事実として、副長の表情は些かも変化を見せなかった。鉄面皮ではない。こっちの……いや、周囲の状況すべてから情報を引き出そうとしているから、代わりに自分の分は出さない。この男はそういう食えない男なのだ。
「大した評価だ。お前がそこまで言うとなると、むしろ私の副官として欲しくもなる……が」
「言い淀むのは、それは些か気が引けるという事だからでしょうか?」
さっそく空気に馴染んだか、副長の口が開きだす。どういう言葉が飛び出してくるか、ディンスレイ自身にも分からぬからこそ面白い。
「ほう? 何か思うところが生まれた様だが、意見を聞いてみたいものだ。私が、何に言い淀んだと?」
「明日にでも滅びる覚悟のある人間の手元に、新たに人を置くというのは、冗談や世辞にしても、素直に言えなかった。そんなところでしょう」
テグロアン副長の言葉に、ウンドゥの重たい表情が、それでも驚いたそれに変わった。若干、本当に少しだけだが、目を見開いたのだ。
「おい、ディンスレイ。確かにこの男、面白いな」
「言動の一つ一つに冷や冷やさせられるところが特に」
「その点に関しては、こちらのセリフなのでは?」
それぞれの口から、歯に衣着せぬ言葉が飛び出し、そうしてその後に、それぞれが把握する。
ここにいる連中と、どうやって話をしていけば良いかを。
「君らの事はそれなりに気に入っているが、良い連中が代表として来てくれたとしみじみ思う。肩書もリーダーとサブリーダーと来た。これはこちらとしても持て成さなければならんと見える。ついてきてくれ。どうせ歩きながらでも話せるだろう?」
ウンドゥがそう言うと、誰も押していないというのに彼の車椅子が動き始める。
当たり前だが、わざわざ誰かに押されなければ動けないという程に、オルグ達の技術は半端なそれではあるまい。
だが、テグロアン副長はそんな車椅子の様子にすら思うところがあるらしい。
「軋む音が聞こえました。それは普段からそうなのですか?」
「良い耳をしている。勿論、本来はそんな代物では無いが、如何せん、頻繁に整備も出来ない状況でな」
動くだけまだマシ。人手の猶予なんてものは無いのだろう。それとも、物自体も不足しているか。
前回、ウンドゥに会った時、オルグは敗北しつつあると彼は語っていたが、今はまさに敗北したという光景になるのだろう。その二つの状況は、似ている様で大きく違う。
「やはりというか、この状況で、我々を助けたというのは……」
「勿論、無茶をした。どうせこの場所もそろそろ限界だったから、遣り甲斐はあったとは言っておこうか?」
動き出し、別の岩盤の内側へと入って行く通路を進みながら、ウンドゥはその壁を見た。
剥き出しの頑丈な岩盤を、そのまま壁として利用しているのだろうが、それ以上でも無い。オルグの技術であれば、この手の壁へ、さらに強度を増す様な加工をしているはずだ。
だが、それが成されていないどころか、細かい罅の様なものが見える。
壁を見るだけでもやや不安になってくるその外観を思えば、この基地は……ガタが来ていると表現出来るのだろう。
「お前達がここへワープしてくる際、気分が悪くなったろう? あれもな、本来起こすつもりは無かった。だが、この基地にある設備ではなぁ……不快にさせてしまったかもしないが」
「命あっての物種だ。文句なんて言えんさ。それ以上に、詳しく聞かせてくれないか? ここにも近い内に、ハルエラヴの襲撃に遭うという話をっと」
会話が本題に入る前に、どたばたと数人の太っちょな小男が通り過ぎて行く。誰もかれも疲れた表情をしているが、その足取りは確かで図太く、その見た目の勢いだけで、ディンスレイは通路の端に身体を退けてしまった。
「すまんな。先が長くも無いというのに、仕事というのは無くならん。むしろ死に瀕した瞬間から、人間というのはやるべき事が増えるらしい」
「冗談にしても笑えん話だろう、それは」
「だが、冗談くらいは言わせて欲しいところだ。覚悟を決めているのだからな、こっちは。おっと、ここだ。すまないついでに、その扉を開けてくれないか? この身体だ。それだけの作業でも時間が掛かる」
岩盤の壁にそのまま埋め込んだ様な見た目をした扉が一つ。引いたり押したりするのでは無く、横に開く形らしいが、自動的には開かないらしい。
例のエラヴの基地の時点ではあちこち自動化がされていた以上、それが出来る技術が無いというわけではあるまい。
理由としては、したくないか、そもそも出来るだけの余裕が無いか。
「オルグには、エラヴにあった効率化の波というのが無かったのだろうか?」
ウンドゥに指示されるがまま扉を開きながら、ディンスレイは尋ねてみた。すぐ近くに答えを教えてくれる相手がいるというのは、面白味は無いが、話は進めやすい。
「ふむ? あの古い基地に居たのは、やはり我々やハルエラヴを知るために来たと見える。いや、違うか。お前達にとってはあくまでハルエラヴだけが目的だろう」
言い難い話だが、実際その通りだ。
部屋の中を見れば、簡素というより無機質という表現が近い気もする角ばった金属の机と、同じ材質で出来た椅子が何脚。それだけの部屋が広がる。
窓一つも無く殺風景。こういう景色を見るために、ディンスレイ達はここへ来たわけでは無い。そういう残酷な事実がここにある。
「艦長含め、私達はハルエラヴがオルグとの戦いに勝利したという通信を聞き及び、状況を探るためにやってきました。ハルエラヴという種族が目的だと言われれば、そうなるでしょう」
「違い無い。むしろ合点がいく話だ……が、とりあえずそこに座れ、二人とも」
ざっくばらんな副長の言葉であるが、むしろウンドゥという男にとっては、それが好ましいものだったらしい。
これから長い返答をするつもりなのか、ディンスレイとテグロアン副長に対して、椅子に座る様に促して来た。
当人に関しては、車椅子に座ったままである。だが、少しだけ様子を変えて来た。
「あのな、ある意味ではお前達の行動は悪手だったぞ」
その返答だけで、ウンドゥが何を言わんとしているかが分かった。ディンスレイだけで無く、隣に座った副長もだろう。
「やはりこちらの艦長が。一時にせよハルエラヴ艦を撃退してしまったというのは、相応に敵愾心を煽る結果になったと思いますか」
「おい、副長。まるで私が悪い様に言うがな―――
「艦長の考えでは、悪い部分がまったく無いと?」
「いや……まあ……あの戦いの利と害を比較すると、そう良い顔も出来んとは思っているが……」
勝った勝ったと浮かれられる状況では無いだろう。
今回の旅の目的とは何か?
それは勿論、ハルエラヴを探る旅だ。もっと言えば、ハルエラヴを慎重に探る旅である。
空戦で直接ぶつかって勝つための旅では無いし、何よりその後の事を考えてすらいない。
「前回、お前達が勝った事には意味があった。シルフェニアという国は生半可な戦いをすれば有効な反撃をしてくる可能性があると、ハルエラヴ達に刻み込む結果となったろう。だが、それが価値ある物として通るのは、我々オルグが健在であるうちの話だ。分かるな?」
ウンドゥの言葉には頷く。
シルフェニアにかまけている間に、背後のオルグ達から致命的な一撃を喰らう可能性。その警戒心こそが、シルフェニアを守っていたのだ。
シルフェニアを相手取る前にまずはオルグを。
この考えはある時まで正しく、しかし今、正しく無くなろうとしている。
前と同じようにハルエラヴと戦い、安易に勝つだけはもはや不足なのだ。いや、むしろ難題が増えると言うべきか。
「だが、それにしたところでだ。オルグの現状を見れば、既に時間が無い事が分かる」
「まったくだとも。後悔しているか? ディンスレイ。我々が終われば、次はお前達だ。この運命は、私とお前が最初に出会った頃から始まっている」
ディンスレイがシルフェニアの運命を決定付けてしまったという事でもあるのだろう。
それは言い過ぎか? 別の反論点があるか?
あったとしても、ディンスレイは飲み込む事にした。
これは自分の失点だ。失点はそれを受け入れてからでしか、挽回には向かえない。
「ハルエラヴを知る必要がある。今以上にだ。我々はそのためにここに来たし、その際、ハルエラヴと直接戦う事になったが……まだ足りない」
直接ぶつかり合ってすら分からぬ事がある。まだ退けない。ここが退き時ではない。それを強く思う。
「賭けをして負けが込むと、損を取り返すためという気が大きくなり、さらなる危険に自ら飛び込む事になる。そういう表現の格言が、確かエラヴの時代には有ったな」
ウンドゥがそう言うからには、今のオルグには無いのだろうか?
シルフェニアには勿論ある。
食い意地の張った鳥は地面に落ちるとかそういう言葉だ。
今のディンスレイがそうかと問われれば、確かにそうかもしれない。ハルエラヴと敵対し、そうしてその主敵がシルフェニアになるだろうという状況に対して、なんとか挽回しようとしているのが今だ。
それがただ、美味しい思いをしようとしながら、空から落ちているだけの行動であると、どうやって否定出来る?
ディンスレイ自身、勿論否定できない。だが、この場で言える事があった。
「賭けを先に始めたのは貴方だ。それに私は乗った形になる。貴方が降りない以上、私だって降りない」
「……まあ、そうなるか」
オルグは、ウンドゥ・ガルサは、シルフェニアに賭けたのだ。オルグという存在の後継者としてシルフェニアを選び、今度もまた、残り少ない種族としての寿命を賭してまで、ディンスレイ達を助けてくれた。
彼らはもはや、損を取り戻す事すら出来ないというのに。
「失礼。私は艦長やウンドゥ氏程にセンチメンタルにもなれませんから、率直に言います。ハルエラヴに今、対処しなければ、遠からずシルフェニアは多大な被害を受ける。そういう状況である以上、責任問題は一旦後に置きたい」
酷く失礼な言葉にも聞こえるが、副長の言はどうしようも無い現実でもある。現実に向き合わないままでは、危険な賭けとて出来るものか。
そういう気分をディンスレイに与えてくれたが、ウンドゥの方はどうだろう……。
「やはり、私の補佐をしないか? 副長君。短くはあれ、なかなか面白いものを見せられるかもしれんぞ」
「魅力的な誘いですが、私の好奇心を先に刺激してきたのは、今、多大な責任問題を抱えているこの艦長ですので、申し訳ありませんが断らせていただく形になります」
「おおっと。オルグやハルエラヴ抜きにしても、なかなか悩ましい日々を送っているみたいじゃあないかディンスレイ」
そうでも無い。なかなか楽しい日々なんだぞ、これで。
そうして今、こんな状況の中ですら、楽しい日々は続行している。
こう感じる自分は、つくづく救えない。だからこそ、責任くらいは全うしなければ。
「ウンドゥ。私はそういう日々をまだまだ続けたい。だからこそ、力を貸してくれないか。ハルエラヴの尾を私達が踏んだとして、私達だけではどうしようも無いと貴方達は考えたから、私達はここに居るのだろう?」
「かもしれんが、その手の交渉に入る前に、言うべき事があるのじゃあないか? お前達はここから、どうしたい? 私達はお前達を助けた。それだけで手一杯なのが今の我々だ。だというのに、さらに何を望む?」
「ブラックテイル号をそうした様に、ブラックテイルⅡを、君らの技術で改修したい」
その言葉に対して副長が、本気かこいつはという目を向けて来るが、ディンスレイはいたって真剣だった。




