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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と変わらないもの変わるもの
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④ それでも旅は続く

「走れ走れ! 危機感を持て! すると不思議な事に、もうこれ以上無理だとか思う心が無くなるぞ!」

「そんな……事は!」

 隣で疲労の極致にありそうなゴーツ整備班長に、ディンスレイは発破を掛ける。

 後方からは灰色した獣が追ってくるが、魔法杖の牽制におかげでまだ距離はあった。だからこそ今、さらなる余裕を確保するため、より走る必要がある……のだが。

(整備班長は随分消耗しているな。私との体力差はそう無いだろうに、精神的な部分での疲労が蓄積していたか)

 だからこそ、状況はディンスレイが動かす必要があった。一歩間違えば命を落とすそんな場面で、思考すら大変そうな人間に頼るという事も出来まい。

 それに、悪い状況ばかりでも無かった。

「前を見ろ、ゴーツ整備班長! 漸く見えて来たぞ!」

 獣に追われて走ったおかげか、予定よりも早くそれが見えて来た。

 単純な土の色とも違った黄土の壁。森の木々を押し退ける様にそれは見えたし、明らかに何らかの建築物周囲に巡らされた防壁にも見えた。

 普通ならその壁に、ディンスレイ達も阻まれるのだろうが……。

「あそこの木を見ろ! 良い感じに壁側に寄り掛かっているおかげで、足場になりそうだぞ! 登れるな?」

「も、もう……俺は……」

「諦めるな! そういうセリフは手段がすべてなくなった時に言うものだ! ほら、手を貸せ!」

 やや弧を描く木の幹をなんとか足場にしつつ、足を止めようとするゴーツ整備班長を、さらに木の上側へと持ち上げる。そこからゴーツ整備班長が壁の上側へと辿り着ければ、今度はディンスレイ側を引っ張り上げる事が出来るだろう。

 高くはあれど足場があるのだ。お互いでお互いを上へ持ち上げる方法が取れそうな状況だった。

 ディンステイ達は既にそんな場所まで来ているのだ。弱音を吐く場面はまったく無い。

「ぐっ……このっ……!」

 こちらの意欲を汲み取ったか、それとも体力の消耗を一時的にでも忘れられたか、ゴーツ整備班長はディンスレイの望み通りに、壁の上へと登る事が出来た。

 次はディンスレイの番だ。ディンスレイは手を伸ばし―――

「ゴーツ整備班長……?」

「……あ、いえ。はい! 掴まってください!」

 一拍置いて、ゴーツ整備班長がディンスレイの手を掴む。

 ディンスレイを持ち上げる腕力と体力が残っていた事は幸いだったが、一つ、気になる事が生まれる。

(一瞬、躊躇があったな?)

 その躊躇の意味について、ディンスレイは考える必要がありそうだったが、それより先に、もっと優先するべき課題があった。

「良し、あの獣、木を登るのは下手らしい」

 壁の上から、灰色獣達を見下ろす。何やらぎゃーぎゃー鳴いているが、それでも壁や木を登る動きは見せていない。

「とりあえず……助かった……わけですか?」

「ま、そうなるだろう。なかなかの波乱だったな? ゴーツ整備班長」

「冗談になってませんよ、それ……」

 笑って済ます事は出来そうにないか?

 そんな言葉を一旦は飲み込んでやって、ディンスレイは代わりに、壁の建築物側を見た。

 空から見たより仰々しく、そうして彫りの深い意匠が目立つ、そんな建造物がそこにある。まさに遺跡と呼べる見た目をしていた。つまり経年に寄る劣化が見て取れる。

(なかなかどうして、次も波乱が待ってそうじゃないか)

 まだ立ち止まっても居られないぞ、ゴーツ整備班長。

 そんな言葉だって、今は飲み込む。それくらいの優しさと配慮は、ディンスレイとて持っているつもりだった。




 森の中を縄張りにしているだろう灰色の獣は、黄土色の遺跡の中へは入れない。

 その事実を確認出来たディンスレイ達は、一旦、防壁と遺跡と間にある中庭の様な場所で、呼吸を整えていた。

 周囲を見渡せば、遺跡はやはり防壁に守られている。遺跡そのものは木々より高い建造物……縦に長い印象があるから、ある種の塔にあたるのだろうか? それらの景色を見渡し、見上げ、漸く言える事が一つ。

「思ったより広く無いな。歩けば防壁の範囲くらいすぐに把握出来そうだ。立てるか? ゴーツ整備班長」

「た、立てるか……ですか!?」

 地面に尻を突いたままのゴーツ整備班長が、驚きの声を上げて来た。

 今は休憩時間だと思っていたのだろう。だが、最善を尽くすというのなら、息を整えた後は再び動き出すべきだ。

「ここは一見安全そうに見えるが、我々を獲物にしようとしたあれらの獣が、別の場所から侵入しようとしているかもしれない。もしくは、遺跡の方にだって凶悪な何かが潜んでいるかもしれない。動けるのなら、それらの危険性が無いかどうか確認するべきだ。違うか」

「それは……そうなのですが……」

「だろう? だから立て、ゴーツ整備班長。まだ立てるな?」

「……は、はい」

 足が震えているが、それでもゴーツ整備班長は立って来た。そんな彼の動きを見て、ディンスレイは背中を向けた。

 これで着いて来るというのなら、この整備班長にはディンスレイも知らない見どころがあるという事だろう。

 そうして……そのまま倒れる音を聞いた場合は、また別の意見を持つ。

「ゴーツ整備班長……大丈夫か?」

 ディンスレイは振り返る。そこには地面に仰向けで倒れているゴーツ整備班長の姿があった。気絶したというわけでも無く、単純に体力の限界が来ている様子だが……。

「ま、待って。待って、ください」

「どうしてだ?」

「立てます。すぐに立てますから」

「そうも見えないが……」

 当人の言葉を信用出来ない。どう見たって彼には休息が必要な状況に見えた。

「……一つ、尋ねるぞ?」

「なんです……か?」

「さっき、私を壁の上へ持ち上げようとした時、躊躇があったな? あれはなんだ」

「それ……は……体力的に……」

「違うだろう? 正直に言え。あの瞬間、君は何を考えた?」

「……」

 ゴーツ整備班長は沈黙する。息が続かないというわけでも無いだろう。絶え絶えであるが、喋る事は出来るはずだ。

 だから、彼の言葉が返ってこない理由は一つ。

「話したく無いというのなら、私が―――

「っ……ええ! ええ! そうですよ! ほんの少し! それこそ一瞬ですけど! 思ってしまいましたよ! なんで助けなきゃいけないんだって!」

「……そうか」

 あまり聞きたい答えでは無かったが、それでも聞かなければならない言葉ではあった。

 この旅がまだ始まったばかりの状況で、ゴーツ整備班長は追い詰められていた。その追い詰めて来る相手に対して、ほんの少しだけ、後ろ暗い感情を抱いてしまった。そんなところだろう。

「俺は……俺はそんなんじゃあないんです! 本当の俺はそんな事を考えない! けど……考えたって事は、これが俺の本質なんですか? もしかして、それを知らせるために、艦長は……」

 散々、ゴーツ整備班長を追い詰めていたか。

 彼の意図は別にあるのに、あえて辛い仕事を任せる様な事をして来たのか。

 ディンスレイは今、それをゴーツ整備班長に尋ねられているのだろう。

「実際、どうだと思う? ゴーツ整備班長?」

「それですよ」

「うん?」

「その、どうだと思う。それがキツいんです。それに、自信満々に答えられるのがブラックテイルⅡの船内幹部だってんでしょう? 俺はそうじゃあない。だから誰かを、前の整備班長の振る舞いを真似たり、会議の時はどんな事を言うが正しいのかマニュアル本を読んだり、そういう事をしてきたのに……上手く行ってない」

「なるほどな。船内幹部会議のあれは、そういう事か」

 自信満々に、会議を主導しようとした。時に意見の対立を恐れずに発言をした。確かにマニュアル的ではあるだろう。そうあるべき姿というものなのかもしれない。

 だが、それはあくまで着飾った恰好の様なもので、ゴーツ整備班長の本音ではあるまい。

「バレてたって事ですよね。馬鹿みたいに恰好付けてるって……けどね、恰好付けないと、俺はこんななんです。尊敬する人の真似ばかりして、作戦中に行方不明になった後輩を羨んだりする俺で……そんな俺は……これ以上を求められても、無理なんですよ!」

「その無理だ。良く憶えておけ。今、この瞬間の気持ちまで含めてだ」

「え?」

 ディンスレイは倒れたまま、大の大人が泣きそうな表情だって浮かべている、そんなゴーツ整備班長の姿を見つめたまま、漸く評価を出せた。

 船内幹部として、これが漸く言えたのなら、合格だ。

「ゴーツ整備班長。君の言う通り、これ以上は進まない。ここで体力と……精神面もだな。とりあえず一定水準に戻るまで休憩とする」

「な、なんで……」

「君の判断だ。君が自分自身を客観視して、そうだと判断した以上、作戦続行は一旦中止だ。船内幹部の君が言っている以上、それは十分に意味のある結論になる。卑下する必要は無い。私だって、今は休養が必要だ。私の方も相応に疲れてるしな」

 言って、ディンスレイも地面に腰を降ろした。周囲は一応確認する。やはり、灰色獣がこの遺跡の壁の内側へ入って来る事は無さそうだし、他に外敵も居ない様に見える。

 完璧に休息を行うとなれば、やはりさらなる危険確認は必要だろうが、その完璧が出来ないからこそ、休息が必要なのである。

 艦長判断と整備班長の判断が合致したわけだ。ここで休憩が必要だし、したって構わない。

「なあ、整備班長。君自身に勘違いがありそうだから、とりあえず訂正しておくが……君は今、代わりの居る存在じゃあない。唯一無二だ。その役職も含めてな。正直なところ、前任の整備班長を連れて来れるならそうしただろうが、彼には他に仕事がある以上、無理だろう? となると、今の君の存在が、まさに私にとってはベストだ」

「けど……居なくなってしまったあいつは……」

「前の旅で、置き去りにしてしまった船員は、居なくなったわけでは無いと信じているよ、私は。だからこそ、まあ、実際にここに居たとしても、君の方を整備班長にしていたな。君からの評価はどうだ?」

「……正直、あいつはまだまだ、経験を積むべきだとは思ってましたが……」

「整備班長からの評価だ。それが正しい」

 だから、やはり整備班長はゴーツ・オットンがするしかない。

 彼に断られていた場合、むしろディンスレイの方が困ってしまっていた。ガニ・ゼインもゴーツ・オットンも無理だと言うのなら、さらに妥協した旅になるぞと。

「正直な話を続けるなら……俺は……船内幹部会議の時点で、あまり歓迎されていない空気だなと思っていました。空気で分かるんです。なんだかズレているって」

 ゴーツ整備班長のその言葉に、ディンスレイは笑った。苦笑の類の笑いである。

「確かに、ズレていた。だがな、別に君の能力が疑われていたり、君の意見が的外れだったわけでも無い。優先するべき仕事があるとかいうあの言葉な、それこそ前の整備班長が良く意見として出していたよ。そうして良く、ミニセル操舵士あたりが不満をぶつけるわけだ」

「けど……俺の時はそうじゃあなかった。あれは……」

「心配されていたんだ。視線でのやり取りだけでも分かってしまったよ。私とミニセル操舵士とテグロアン副長は気付いていたぞ。君が無理をしている。無理をして、ガニ整備班長が言いそうな事を言ってるとな」

「心配……ああそうか。それは……不味いですね。悪く思われるより不味い」

 ゴーツ整備班長は仰向けのまま、手で目元を隠した。恥じ入っているのだろう。その事に漸く気付けたのだと思う。

 彼のその心のままに、時を進めても良い気がしたが、そこまで時間の猶予も無いとも思い直し、ディンスレイは話を促す事にした。

 ここに、どうして自分とゴーツ整備班長が来たのかについて。

「何時、限界が来てもおかしくない。君はそういう風に見られていたというわけだ。勿論、君が一船員だというのなら、限界にまで自らを追い込むのも成長の一つだと言えるだろう。だが、君は船内幹部だ。船内幹部というのはな、飛空艦の骨だ。殻でもある。その限界が、そのままブラックテイルⅡの限界にも繋がる。だから……」

「だから……自分の限界を受け入れる必要があるって、そういう事ですか……」

「良いぞ。そこは私が言う前に気付けた。ポイントプラス1だ」

 何のポイントかは知らないが、兎に角評価点である。だから苦笑では無く、喜ばしさを表現する笑いへと表情を変えた。

 そうして続ける。

「整備班長たるもの、無理をするな。いや無理をしなければならん場面もあるだろうが、それは無理をしているという自覚の元に行え。自分自身の能力や判断は、それがそのままブラックテイルⅡにとって正解だ。誰かを真似したり、表面を取り繕うんじゃあない。君の、ありのまま能力を私は買っているんだぞ? それを発揮しろ。艦長からの助言となると、こんなものだな」

「耳が痛いです。かなり今、頭に響いてます」

「酸欠だからじゃないか? こういう時、前の整備班長は、あんたが偉そうに言うなとでも言って来たな。君の場合はどうだろうか?」

 軽口であるが、それでも、重要な問い掛けをディンスレイはした。

 恐らく、ここで返って来る言葉こそ、ゴーツ整備班長にとっての今後を左右する。そういうものであるはずだ。

 だからディンスレイは答えを待つ。

「……そうですね。あの、これは素直に思ってる事なんですが……もしかして俺をここまで連れて来た理由って、俺をここまで追い詰めるのが理由でしたか?」

「おっと、それは気付くのが遅かったな。ポイントマイナス1だ。実を言えば船内幹部会議辺りから、君がどこまで耐えられるかのテストをしていた」

 もう無理だと根を上げる言葉を待っていた。思いの外、ゴーツ整備班長はそれに耐えていたので、能力的な不足は本当に無いのである。

「素直に性格が悪いっすね、艦長」

「君の意見がそれだとしたら……耳が痛いな。私も酸欠だ」

 そうして、艦長に物怖じせず文句が言えるのだとしたら、整備班長として合格である。

 きっと、ディンスレイが無謀かつ無理な事をしようとした時、整備班長からの見地を聞かせてくれるはずだ。

 誰かの真似で無く、ゴーツ整備班長からの判断を。

「まあ……こういう艦だって事は理解して、俺も船員をしてましたからね。受け入れますよ。ええ。で、これからはどうするんですか? 俺の体力は……」

「限界か? なら休養の後に撤退だな。整備班長判断だ」

 それが船内幹部だ。その判断はどんな時だろうと正しい。艦長判断で覆す時が、時たまあるけれど……。

「前の整備班長ならそうだったんでしょうね。けど……気楽になったと言いますか、まだ余裕、ありそうです。幾らか休んだ後には……興味も生まれそうだ」

 と、仰向けに倒れた姿勢から、上半身を漸く起こし始めた整備班長。

 彼の目線はそのまま、自分の足で辿り着いた遺跡を見上げていた。

「有事に好奇心が勝つ方か? 整備班長? なかなかどうして、気が合いそうじゃないか」

「ごめんですよ。俺は俺なりの判断で、どこまで出来るか意見させて貰います」

「それはそれで助かる、整備班長」

 さて、これは彼と仲良くなったのか、それとも壁が出来たのか。良く分からない事になって来たなと思うものの、今はそれを良しと出来る。

 それはつまり、ディンスレイの中でこの新しい船内幹部を、正しく船内幹部として受け入れる事が出来たという事なのだろう。





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