③ 今のところ空気は良く無い
何故、西方赤嵐を越えて、すぐにハルエラヴの領域へ向かわなかったのか。
わざわざブラック・ピラー周辺に設置された離着陸場へと、ブラックテイルⅡを着陸させたのか。
そこには勿論、理由がある。至って真面目な段取りの一つであり、さらに言えば、相当に有益と言えるかもしれない段取りでもあるだろう。
「ここは、反ハルエラヴの一員となっていたダァルフの遺跡があった場所だ。オルグは種族名であり、一方でハルエラヴと敵対する集団の俗称にもなっていたわけだな。そんな俗称としてのオルグを構成している一種族の……浮遊石採掘場兼鉱山都市と言ったところか」
「そうして、俺達が知らないハルエラヴの情報が、ここに残っている可能性がある。以前の探索において、大部分はブラック・ピラーに押し潰された形になりますが、それでも一旦、周辺を探るだけの価値も意味もある……ってのは分かりますよ? ただ、俺が思うに……なんで俺なんです?」
隣の席に座るゴーツ整備班長が尋ねて来る。面と向き合うわけでは無く、隣からだ。二人して前を向いて並んでいる形になるだろう。
そんな状態での会話だった。さらに言えば、ディンスレイの手も現在使用中である。
「私が飛空船の操舵桿を握っている状況で、乗客になるのがそんなに嫌か?」
「そんな訳じゃあありませんが……いえ、嫌というよりは不安にはなってはいる気は……」
ディンスレイは現在、飛空船の操舵桿を握りながら、空を飛んでいる。
一応自分でも認識しておくが、ブラックテイルⅡのそれでは無い。
ブラックテイルⅡはブラック・ピラー付近の離着陸場で翼を休めたままであり、今のディンスレイが操舵しているのは、そのブラックテイルⅡ内部に格納していた小型飛空船『レッドグラナード』であった。
「今、私が操舵しているレッドグラナードは、小型飛空船の中では特殊なものである事は理解しているな? ゴーツ整備班長」
「その点については……はい」
ディンスレイの隣の座席に座っているゴーツ整備班長との会話を、ディンスレイは続ける。
四人乗りの小型飛空船であるレッドグラナードは、以前、ブラックテイルⅡに格納されていたシルバーフィッシュの代わりに存在する小型飛空船だ。
シルバーフィッシュが縦長の船体をしていたのに対して、レッドグラナードは横方向に長く、座席の配置は前後それぞれに二つずつ。横に並んで座る事が出来るというのが特徴だ。
何故この様な形状をしているかと言うと、やはり前のシルバーフィッシュを運用するにあたり、手狭かつ乗船している者同士が縦に並ぶせいで、会話がぎごちなくなるという理由があったからだ。
そんな不満を反映する形で、レッドグラナードはシルバーフィッシュより、操舵席及び他の搭乗席用の空間は広めになっている。
その点については間違いなく、このレッドグラナードの特徴かつ長所であると言えるだろう。
一方、勿論ながら、そのせいで幾つか問題もある小型船となっていた。
その問題を、これからゴーツ整備班長に説明させる。
「レッドグラナードは中型飛空船内部に格納するための小型飛空船である以上、小型飛空船にしても、船体をより小さくしなければならないという制限の元で設計されました。だというのに、操舵席周りの空間に余裕を持たせるという矛盾した要求が突き付けられた。設計士は苦労したでしょうね。かなり無理をした船体のバランスになっています」
「その通り。こうやって操舵桿を握っていても、やや操舵し難いという手応えがある」
席の関係上、船体の中心線に添って操舵席と操舵桿を配置出来ていない。その影響に寄る操舵のし辛さを、ディンスレイは感じているのだ。
「それでも、その問題はまだマシな問題のはずです。横長の箱と表現出来る本体部分に対して、かなり大きめの安定翼を船体左右に伸ばす事で、どうにかバランスが取れたものになってますから。玄人しか操舵出来ないというものでも無いはず……一方で、だからこそ、さらに特殊な小型飛空船になってしまいました」
「実際の航空に対して、整備班長の同行を求める必要性も存在してしまうわけだ。中型飛空船の格納庫へ入れるため、大き目の安定翼が必要であり、さらにそれを折り畳む機構が開発された。開発されたばかりのこれは、耐久性やら整備性やらに難がある」
ゴーツ整備班長の説明が的確だったので、途中からディンスレイ自身が答えを言いきってしまう。
端的に言ってしまえば、船の設計がかなりやんちゃなので、初航空には整備の専門家を同乗させ、多少なりとも安心したかったという話なわけである。
ゴーツ整備班長の説明が教科書的であったためか、端的な方の説明にはならなかったが。
別にそれが悪いわけでも無い。自身が操舵桿を握る飛空船に対して、正しい認識というものを確認する効果はあるはずだ。
だからその点に関しても、問題は無いはずなのだが……。
「何か言いたげだな、ゴーツ整備班長。こうやって横に並んで座っているから、相手の表情も分かる。無理をした設計の成果というやつだ」
「いえ、それは勿論ありますよ。何故、俺なんですか? レッドグラナードの整備役なら、整備班員の誰でもそれが可能のはずだ。わざわざ船内幹部の俺が―――
「君の後輩とも、こうやって一緒に探索任務に付いた記憶がある。整備班長についてはその事に不満があるか?」
「……だからですか?」
「うん?」
少々、踏み込んだ言葉だという自覚はあった。
ゴーツ整備班長が話題に乗って来る姿勢を見せたのは、むしろ納得するものであり、だからこそ彼の言葉を待つ。
「ロブロのやつもやっていたから、俺もそれをするべきだって、そういう事で……今、俺はここにいる? だとしたらそれは……」
それは? なんだ?
続く言葉を待ってみるが、ゴーツ整備班長は暫く黙った。
レッドグラナードがブラック・ピラー周辺の空域を飛び続ける中で、この沈黙も続くというのは、少々空気が悪い。
そんな事を考え始めたディンスレイの耳に、再びゴーツ整備班長の言葉が届いた。
「いえ、これ以上は言いません。艦長側が、俺に対して思うところがありそうというのも……分かりますが、あれこれ言いません。ただ、俺自身の能力を見せれば良い。そういう事でしょう?」
「……君の答えとしてはそうなるか?」
「はい。そこは言い切れます。俺としても、自分の立場に周囲が不安を抱えるだろうという覚悟をしてから、今の整備班長って立場を受け入れたんです。居なくなった奴への思いに考えが引っ張られるなんて―――
「……ところで、我々が今、こんな整備性に難のある飛空船を飛ばしている理由についても、君は分かっているかな?」
ゴーツ整備班長の覚悟の言葉を遮る形で、ディンスレイは尋ねた。
「まだ妙な問答を続けるつもりですか」
「問答を続けても良いが、本来の仕事についてはどうかという話だ。ブラック・ピラー周辺にダァルフの遺跡らしきものがまだ残っていたら、そこを調査する。そういう目的で飛んでいるわけだろう?」
「さっき話をしたばかりですから、忘れるわけもありませんが……」
「いいや、忘れていたな。下方を見てみろ。らしきものを見つけた」
レッドグラナード進行方向のさらに下方には、森が広がっていた。木の高さは低めで、レッドグラナードから見れば、森のすべての端が見えるから、範囲もそう広くは無い。
かつてブラックテイルⅡで見た、地平の彼方まで続きそうな大森林と大きく違う、安定した環境の中にある森と言えるだろう。
そんな森の木々の間に、明らかに色と輪郭の違う影が存在していた。
地形に寄る構造では無い。どう考えても建築物のそれだ。
「あれが……ダァルフの遺跡……?」
「まだ分からん。森に住むのが好きな種族が別に居る可能性だってあるが……シルフェニアのセンスではあるまい。あの形はな」
黄土色をした土壁か岩壁。恐らく建材がそういう類のもので、それを角形にして重ねた様な構造という事しか、今は分からない。
分からないのであるが、シルフェニアの人間はこんなものを作らないだろう。
空の上からだと、今はそんな事しか分からない。
分からないからこそ、自らの足で、さらに一歩、踏み込む必要があるのだろう。ダァルフの遺跡も、隣に座る男の内心に関しても。
空から遺跡を見た時点で、森の中を歩く必要があるのは分かっていた。木々が邪魔で、ちゃんと着陸出来そうなスペースが見当たらなかったからだ。
まだまだ新品のレッドグラナードを、森の只中へ無理矢理着陸させるというわけにも行かない。
一方、レッドグラナードの操舵席周辺空間は広いだけあって、サバイバル用の装備を持ち込む事は出来ていたから、上空から見えた規模の森林であれば、歩きでの調査は十分に可能と判断した。
だからこそ今、森の外縁部の丁度良さそうな場所にレッドグラナードを着陸させてから、装備を整え、そのまま歩き出していた。
「我々の状況としては、一旦ブラックテイルⅡへ帰還するという選択肢もあるわけだ。では何故、それを選ばないかについて、整備班長なりの見解はあるか?」
木の根により盛り上がった地面を慎重に進みながら、ディンスレイはやや後ろ側を歩いているゴーツ整備班長へ話し掛ける。
空でのお話から地上でのお話。間に少々悪い空気を挟みつつも、ディンスレイは会話を止めるつもりは無かった。
ゴーツ整備班長を探索へ連れて来たのは、彼との対話が目的でもあるのだ。どんな状況でも喋る口は閉じない。
ディンスレイの艦長としての矜持であり、個人としては、それはそれとして面白味を感じていたりする。
「考えて……みてますが……理由を幾つか列挙できます」
「どうしたゴーツ整備班長。体力仕事が主な仕事の割に、息が乱れていないか?」
「艦長が考え事を増やしてるせいで……いえ、そんな事はありません。まだまだいけますよ俺は」
そんなゴーツ整備班長の足取りを確認すると、やや危なっかしいそれから、ちゃんと地面を踏みしめるそれへと変わる瞬間を見た。
さっきのディンスレイの言葉を、注意と取ったらしい。
それも別に構わない。彼が話すのを止めてくれと言わない限り、ディンスレイは話し続ける。
「列挙出来ると言った理由について、実際問題、どれだけ言える?」
「まず周辺環境や状況を見るに、探索そのものの危険性は低く見えます。二人で、それも軽装備で、十分森の中を探索出来そうだ」
「うむ。まず一つ目だな」
ディンスレイ達がこうやって、話しながら歩けている時点で、実際にここは安定した環境と言えるだろう。
森の中は起伏に富み、足場が悪いと言えども、やはり環境としては落ち着いている。
例えば起伏に富み過ぎて、土が山みたいに盛り上がったりという状態ではない。
場所に寄れば、例えば地面を這う木の根が一軒家くらいの高さと太さになっている森もあるのだ。この無限の大地において、その程度の規模は珍しい事ではない。
そんなのと比較すれば、ここはまだまだマシだろう。木そのものがうねうねと動いたりする事態と比較すればもっと平穏だ。
「次に距離……空からの観測でしかありませんが、見つけた遺跡らしきものは、歩きであろうと辿り着ける距離にあったはずです」
「さすがに、この足で何日も掛かりそうなら、こうやって森の中を歩こうなんて考えなかったからな?」
恐らく、一時間程度で目的地に辿り着く。それくらいの目算が立てられる位置関係だった。
行って帰って二時間掛かったとして、遺跡を探索する時間は十分に確保出来る。
「他にも色々言えますが……これがもしかしたら一番の理由かもしれませんね」
「ほう?」
「艦長がそれを望んでるから。そうでしょう?」
「私の冒険心や好奇心。それが動機として一番強いと君は考えるわけか」
ニヤリと笑ってみせる。
これも理由の一つ。それも強い理由の一つではある。ゴーツ整備班長はまた、正解を言葉にして来た。
「艦長の性格というのは、どこまでもは知らなくても、噂で聞く以上の事は分かってます。ブラックテイルⅡは、そういう無謀さがむしろ利点になる時もある。ガニ整備班長……いえ、元整備班長からも教えられた事だ」
ゴーツ整備班長自身、その艦に、船員として乗って来た男でもあるから、実感としてはあるだろう。
だからこの言葉も正解。正解であるのだが……。
「言える事はそれだけか?」
「まだ……足りませんか?」
足りる足りないの話ではない。そもそもが正解を言っているのだから、そういう話なら十分だと言える。
ディンスレイ側がゴーツ整備班長に何を求めているか。それをディンスレイ自身が言えば話は早いが、話が早すぎて、当人には理解は出来まい。
ある種の実感の元、ゴーツ整備班長自身がその言葉を吐き出して欲しいのだが……。
「君に潰れられるというのも困るから、問答はこれくらいで終えておくよ。別に君を今の地位から降ろすつもりも無いから安心もしてくれ……と言われて、安心できるか?」
「半々……ですかね」
ただ、足は止める様子を見せない。
ゴーツ整備班長はこの程度では潰れないし、諦めそうにも無かった。
そんな事は分かっている。今の彼は船内幹部で、それ以前はブラックテイルⅡの船員だったのだ。これくらいは出来るなんて事を、ディンスレイは良く良く知っているのだ。
だからそれ以上を求めている。彼にとって酷い話として、出来れば早い成長を望んでもいた。
(今回の旅が敵になるかもしれぬ脅威への偵察で無ければ、もっと悠長にその成長を待ててたのだろうが……まあ良い。成長できなければそれまで。そういう判断だって、艦長はする必要がある)
それでも、ブラックテイルⅡは空を進むしかないのだ。足りぬなら足りぬで先を見る必要があった。
今のところ、先と言えば鬱蒼とした木々だけが見え、さらに空だって飛んでいないわけだが。
「ふむ。時間も時間だ。そろそろ遺跡が見えて来てもおかしくは無いが……整備班長。君の方はどうだ」
「……見たところ、やっぱり植物が支配してる大地という印象しかありませんが。いえ、一応、そこに住む獣もいる……みたい……ですね?」
「整備班長、魔法杖を構えろ」
言いつつ、ディンスレイも手持ちの武器である魔法杖の先端を、前方へと向けた。
そちらに、灰色で細長い、犬に似ていなくも無い動物が現れたのだ。
四足……いや、前屈みの二足との間みたいに、前足が地面に触れたり触れなかったりする動きをする灰色の獣。体格はディンスレイ達より一回り小柄だろうが、それでも見せる牙は鋭そうで、まともに噛まれれば大怪我は免れまい。
「その……万が一にでも原住民である可能性が……」
「目を見ろ。人語を解するより、人肉を好みそうな様子だろう。多少なりとも知性があれば、突然遭遇した相手に対して、ぐるると喉だって鳴らさない」
むしろ、灰色の獣は、一般的な獣のそれよりも知性は低そうに見えた。何せこっちの様子を伺うのを止めて、接近を始めたからだ。
飛び掛かるつもりだ。それに気付いたから、ディンスレイは魔法杖の先端から、衝撃波を放った。
自身の後方へとその向きを変えて。
「もう一匹居た!?」
「集団で狩りをするタイプだ! 走れ! ゴーツ整備班長!」
後ろからも飛び掛かろうとしていた灰色獣が、魔法杖の衝撃波をまともに浴びて悲鳴を上げる。その気味の悪い鳴き声を耳にしつつ、次にディンスレイは前方へ走った。
勿論、そちらにも灰色獣はいるわけだが、そちらにも二射目を放った。
狙いは付けていないが、当たらなくても構わない。牽制になればそれで十分だ。
実際、前方に居た灰色獣には衝撃波は当たらなかったものの、一方で攻撃も受けなかった。自身の身を守る事を優先したのだろう。そんな灰色獣の脇を通り過ぎ、ゴーツ整備班長と共にさらに前へと走っていく。
「や、やつら……まだ何匹がいるみたいです!」
「気付かぬうちに囲まれていたか! 頭は良さそうに見えなかったが、それでも群れでの狩りが本能的に出来るのだろう!」
「分かりますが、なんでこっちに!?」
「我々はもう随分と歩いて来た! 後方へ逃げても暫くは森の中だ!」
灰色獣がこの森を住処にしているならば、森の中は奴らに有利な場所となるだろう。そうでは無い場所に、早急に辿り着く必要があるのだ。
「け、けど、こっちの方にある遺跡が……やつらの住処である可能性もあるのでは!?」
「そうでは無い事を、祈りたいところだな!」
言いながら、ディンスレイは再び後方へと魔法杖の衝撃波を放っておいた。これもまた牽制だ。それで追ってくる灰色獣の速度が遅くなってくれる事を祈りながら、ディンスレイは前へと走っていく。まだ後ろには行けない。
ちらりと見る隣には、ゴーツ整備班長の、ただひたすらに必死な表情があった。




