①
四季のある島、ティナ。
その小さな世界には、二つの国があった。
クルート国とアリセナ国。
互いに国境を接しながらも、長い年月、ほとんど言葉を交わすことはない。
冷えた空気だけが、静かにその間を流れていた。
その境界にほど近い街、ローレフ。
春になると、まるで息を吹き返すように花が咲き乱れるその街は、数日前からいつもと違う熱を帯びていた。
——明日、アリセナ国の使者が訪れる。
その夜、ローレフの領主カリディア子爵家では夜会が開かれることになっていた。
緊張と期待が混ざった空気の中、屋敷は朝から慌ただしい。
その玄関先に、ひとりの少女が立つ。
両腕いっぱいに抱えた、淡いピンクのミニバラ。
「おはようございます。夜会でお使いいただければと思いまして……母からです」
レイ。街の花屋の娘。
その姿は、抱えた花よりもずっと柔らかく、そして不思議と目を引いた。
「いつもありがとう、レイさん。こちらで少しお待ちくださいね」
馴染みのメイド頭にそう言われ、レイは小さく頷く。
——ここは、彼女にとって特別な場所だった。
「レイ!」
明るい声が、廊下に響く。
居間から飛び出してきたのは、カリディア家の末息子レオだった。
寝癖のままの髪と、まだ眠気の残る目。
けれど、その声だけはいつも通りだった。
「朝から親父に叩き起こされた。最悪だよ」
「それはお気の毒ね」
レイは笑いをこらえきれず、肩を揺らす。
昔から変わらない距離感。
気を遣わなくていい、数少ない相手だった。
「それよりレイ、お前も準備なんだろ?」
「ええ、一応ね」
その瞬間、レオの表情がわずかに曇る。
(——また、そういう顔をする)
レイが“ちゃんとした場”に呼ばれることを、レオはずっと複雑に見ていた。
ただの街娘ではないと、皆が言う。
でもそれが、妙に引っかかる。
「まあ、どんな服着てもレイはレイだけどな」
「もう、それどういう意味?」
むくれる顔が、やけに近い。
その距離が当たり前すぎて、逆に、怖くなる時がある。
(……当たり前じゃなくなるのは、いつだ)
そんな考えを、レオは無理やり押し込めた。
そして、癖のようにレイの頭を軽く撫でる。
それで安心するのは、自分の方だった。
「レイさん、準備できました」
「はい、今行きます」
軽く手を振り、レイは笑顔でその場を離れる。
その背中を、レオは無意識に目で追った。
中庭。
陽の差すデッキ。
働く人々の中で、自然に馴染むレイの姿。
(……あいつ、ほんとに眩しいな)
気づけば、そんなことを思っている。
「……他の奴らに、見せたくねぇな」
ぽつりとこぼれた声は、誰にも届かない。
届いたとしても、冗談だと思われるだろう。
でもレオ自身は分かっていた。
これは冗談じゃない。
空を見上げる。
雲ひとつない青。
その眩しさに目を細めながら、レオは小さく息を吐いた。
(……もう、遅いのかもしれないな)
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
それでも、目は逸らせなかった。




