③
そのまま、二人は寄り添った。
言葉はもういらなかった。
手の温度と、呼吸のリズムだけが、そこにあるものを確かめていた。
やがて、まぶたが重くなる。
意識が、ゆっくりと沈んでいく。
誰かの隣で眠るという感覚が、こんなにも安心できるものだと——
セラは、初めて知った。
朝。
光が、容赦なく差し込む。
雪に反射した白い光が、部屋の隅々まで満たしていた。
レイは、はっと目を覚ます。
見慣れた天井。
一瞬の違和感。
そして——
「……セラ!」
跳ねるように起き上がり、そのまま居間へと駆ける。
息が乱れる。
胸がざわつく。
そこに——
いた。
セラが。
けれど。
もう、準備は終わっていた。
整えられた服。
まっすぐな背筋。
昨夜とは、別人のようだった。
「レイ」
静かに、名前を呼ばれる。
「迎えが来たんだ。僕は戻るよ」
分かっていた。
分かっていたはずなのに。
胸の奥が、きしむ。
言葉が、出てこない。
セラが、ゆっくりと近づく。
そして。
首にかけていたネックレスを外した。
一瞬、迷うような間。
それでも——
そのまま、レイの首へとかける。
ひやりとした感触。
藍色の石が、胸元で揺れる。
「これ、レイに」
「え……でも、これ……」
「いいんだ」
やさしく、遮る。
「目印にして」
「目印……?」
「迎えに来るから」
その言葉は、驚くほど自然で。
冗談にも、慰めにも聞こえなかった。
「……うん」
小さく、頷く。
その瞬間。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
セラは、少しだけ躊躇って——
そっと、額に触れた。
ほんの一瞬。
けれど確かな、ぬくもり。
離れたあとも、そこだけが熱を持って残る。
「必ず、迎えに行く」
約束だった。
子どもの約束なのに。
どうしてか、守られない未来が思い浮かばなかった。
外に出ると、雪は止んでいた。
空は、嘘みたいに澄んでいる。
白い世界の中を、セラは振り返らずに進む。
足跡が、まっすぐ伸びていく。
その背中が、少しずつ小さくなる。
レイは動けなかった。
ただ、見ていることしかできなかった。
額に手を当てる。
まだ、温かい。
胸元の石を握る。
さっきまで冷たかったそれが、
今はほんのりと体温を帯びている。
ぎゅっと、握りしめる。
消えてしまわないように。
この一晩が、夢にならないように。
(……生きよう)
雪を踏みしめながら、セラは思う。
(守りたいものが、できた)
胸の奥に残る、あの温もり。
あれが消えない限り、自分は前に進める気がした。
(強くなる)
(あの子に、会いに行くために)
たった一晩。
けれど、その一晩が——
二人の人生を、確かに変えた。
王子セラと、少女レイ。
二人が再び出会うのは——十年後。
そのとき。
この約束が、どれほど深く刻まれていたのか。
きっと、思い知ることになる。




