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暖炉の火が、静かに揺れている。


ぱち、と薪が弾けるたび、

乾いた音が小さく部屋に広がった。


火の匂い。

煮込まれたスープのやさしい香り。

濡れた衣服が乾いていく、かすかな湯気。


それら全部が、現実感を連れてくるのに、

セラの胸の奥だけが、まだ冷えたままだった。


指先がじんじんと痛む。

解けていく感覚が、かえって現実を突きつける。


「……セラ」


名前を呼ばれて、ゆっくり顔を上げる。


炎の向こう側。

レイの瞳が、まっすぐこちらを見ていた。


「私はレイ。……ねえ、どうしてこの村にいたの?」


少しだけ、間があく。


視線が揺れて、火に落ちる。


揺れる橙の中に、言葉を沈めるようにして——


「……お母様の、故郷なんだ」


それだけ。


それ以上は、言えなかった。


言葉にした瞬間、全部が崩れてしまいそうで。


沈黙が落ちる。


薪の弾ける音だけが、やけに大きく聞こえた。



「お母様、もういないんだ」


気づけば、口にしていた。


誰かに聞かせるつもりなんてなかったのに。


「……亡くなったの?」


レイの声は、静かだった。


「違う」


かすかに首を振る。


「生きてる。でも——」


喉が、詰まる。


うまく息ができない。


「……もう、会えない」


その一言で、すべてだった。


それ以上は、自分の中で形を保てない。


沈黙。


そのまま崩れ落ちそうな空気の中で——


ふわりと、背中に温もりが触れる。


レイの腕だった。


「……話してくれて、ありがとう」


耳元で、やさしく落ちる声。


その瞬間。


——堰が、切れた。


ぽたり、と。


膝の上に落ちた雫が、にじんで広がる。


それを見た途端。


次が来る。


その次も。


止まらない。


止め方が、分からない。


喉の奥から、音が漏れる。


押し殺そうとしても、抑えきれない。


小さく、途切れて、震える声。


こんなふうに泣くのは、いつぶりなのかも思い出せなかった。


いや——


きっと、初めてだった。


泣いてもいい場所で、誰かに触れられながら泣くのは。


レイの手が、背中をゆっくり撫でる。


一定のリズムで。

急かすことも、止めることもなく。


ただ、そこにいてくれる。


それだけで——


崩れたものが、止まらなかった。



「……私もね」


しばらくして。


レイの声が、そっと重なる。


「本当のお母さんに会いたいって、思ったことあるの」


その声は、あまりにも自然で。


悲しみを誇張するでもなく、ただ“そこにあるもの”として語られた。


捨てられていたこと。

それでも、今の家族に愛されていること。


言葉は穏やかなのに、その奥にあるものが、確かに伝わってくる。


「ねえ、セラ」


背中に回された腕が、ほんの少しだけ強くなる。


「ここで一緒に住まない?」


その提案は、あまりにもあたたかくて。


だからこそ——


「……無理だよ」


ほとんど反射のように、否定していた。


「僕がいたら、迷惑になる」


それは事実だった。


逃げられない現実。


「違う」


小さく、でもはっきりと返ってくる。


その一言が、逃げ道を塞ぐ。


「……僕は、逃げる勇気がないだけだ」


やっと、言えた本音。


吐き出した瞬間、胸が痛んだ。



「どうして、助けたの?」


ぽつりと、こぼれる。


レイは少し考えてから——


「……放っておけなかったの」


それだけを言った。


理由としては、あまりにも短いのに。


なぜか、深く刺さる。


「全部は分からない。でも」


レイが、セラの手を取る。


まだ少し冷たい手を、包むように。


「セラは、逃げなかったでしょ」


その言葉に、息が止まる。


「だから、応援したい」


まっすぐな視線。


逸らすことが、できない。


「ここにいるよ」


指が、ぎゅっと絡む。


「セラを大切に思う人」


——そんな存在が、自分にいるなんて。


知らなかった。


知らないまま、終わるはずだった。


胸の奥で、なにかが静かにほどける。


さっきまで冷え切っていた場所に、遅れて温もりが広がっていく。

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