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「はぁ……っ、はぁ、はぁ……っ」


息が、うまく吸えない。


吐くたびに白く砕け、次の空気が、喉の奥でひっかかる。


真冬。星ひとつない、漆黒の夜。

空と地の境界すら曖昧で、世界はただ白く、荒れ狂っていた。


吹雪は視界も音も奪い、耳に届くのは、自分の荒い呼吸と——心臓が軋む音だけ。


その中を、ひとり。


少年が、走っている。


「はぁ……っ、う……っ」


足が雪に取られる。

踏み出すたびに沈み、引き抜くたびに体力が削られる。


指先の感覚は、とっくに消えていた。

頬も、唇も、どこまでが自分の身体なのか分からない。


それでも。


止まれなかった。


止まった瞬間、

自分が“何もなくなる”気がしたから。


けれど——


次の一歩で、膝が折れる。


力が抜け、

糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


大木の根元。

雪は深く、音を吸い込むように静かだった。


背中が沈む。


柔らかいはずの雪が、

骨の芯まで冷たくて、痛い。


遅れて、風が来る。


横殴りの暴風が、容赦なく頬を打ち、濡れた髪を凍らせていく。


まつ毛に張り付いた雪が、瞬きのたびにざらついた。


「……お母様……」


かすれた声は、風にすぐ攫われた。


それでも——

確かに、自分の中からこぼれた言葉だった。


瞼を閉じる。


暗闇の奥に、ひとつだけ、やわらかな光が灯る。


——あの人だ。


薄く笑う唇。

自分の名を呼ぶ声。

額に触れた、あたたかな手のひら。


(……会いたい)


その願いは、あまりにも単純で。


だからこそ、叶わないことがよく分かった。


(もう一度だけでいい)


(声が、聞きたい)


喉が震える。


(……違う)


(そんなの、嘘だ)


息が詰まる。


(本当は——)


言葉が、出てこない。


(ずっと、そばにいてほしかった)


その瞬間。


胸の奥で、何かがひび割れる音がした。


今まで、押し込めていたもの。

見ないふりをしてきたもの。


それが、音もなく崩れていく。


でも。


どうやって泣けばいいのか、分からない。


声の出し方も、

涙の止め方も。


教えてくれる人は、もういなかった。


小さな手を、胸の上で重ねる。


指は冷たく、思うように動かない。


それでも、ぎゅっと力を込める。


思い出すのは——


母と、妹と、笑っていた日々。


食卓の匂い。

やわらかな光。

何気ない会話。


あの頃は。


こんなふうに、ひとりで終わるなんて——

思ってもいなかった。


(……ここで、終わりなんだ)


不思議と、怖くはない。


ただ。


ただ、ひとつだけ。


(……さみしい)


その言葉が、胸に落ちた瞬間。


呼吸が乱れた。


空気がうまく入らない。

胸が締めつけられる。


遅れてくる感情に、身体が追いつかない。


——ああ。


これが、最後なんだ。


どこかで、静かに理解した。





「……ねぇ! ねぇってば!!」


肩を強く揺さぶられる。


沈みかけていた意識が、無理やり水面へ引き上げられる。


重たい瞼を、わずかに開けると——


白い世界の中に、色があった。


赤くなった頬。

震える唇。

必死にこちらを覗き込む、少女の顔。


「起きて……お願い、起きて!」


声がかすれている。


泣きそうで、でも泣かない声。


どうして。


どうして、そんな顔をするんだろう。


「……いいんだ……」


やっと出た声は、驚くほど軽かった。


雪に沈むみたいに、静かで。


「よくない!!」


叩きつけるような声。


びくりと、意識が揺れる。


「死んじゃうよ!!」


少女は迷いなく、自分の毛布を広げる。


ためらいなんて、ひとつもなかった。


その温もりが、肩に落ちる。


「近くに家があるの。一緒に来て」


「僕は……もう……」


「ダメ!!」


重ねるように、強く言う。


「ダメに決まってるでしょ……!」


息が、止まる。


その瞳が、あまりにも真っ直ぐで。


逃げることが、できなかった。


「ほら、立って……!」


細い腕が、身体を引き起こす。


頼りないはずなのに。


どうしてか——


離したくない、と思った。

過去作を大幅に改稿しました。

また新しい気持ちで連載しようと思います。

よろしくお願いします!

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