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外の子  作者: 山田太郎
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 待ち合わせ場所の改札口の前に、彼は約束の十分前に到着した。

 心臓がドキドキしていた。その顔は引きつった笑顔を浮かべていた。

 とにかく明るく振る舞おうと思った。明るく楽しく、いつも人と遊んでばかりいる人間のような態度で、当たり前のような顔をして岡本圭介と会いたかった。

 金山はここしばらく人間付き合いを完璧にやめてしまっていたから、人間社会から致命的なまでに遠ざかってしまったような感覚を持っていた。完全にそこから外れてしまい、もう人の目に触れてはいけない人間になってしまっているような感覚であった。

 自分がまだ普通の人間で、そして普通に人と会って遊んだり喋ったり出来るということを、なんとか証明したかった。

 そこで岡本圭介である。

 彼は変人で、いつも適当でだらしなく、他者にあまり興味を持たず、いつも自分のことばかりを喋りたがるタイプの人間である。

 それが今の金山としてはありがたかった。そういう我がままで自己中心的な人間の方が付き合いやすく思われた。

 昔、岡本と付き合っていたとき、金山はまるで保護者のような態度だった。岡本のことを本当にダメな人間だと思って、それでとても安心できた。

 こちらの感情や考えなどをまるで理解していない。いつも思い違いばかりしている。こちらの言うことは何でもすぐに信じる。

 岡本圭介とは、そんな男だった。

 約束の時間は過ぎていた。

 金山はドキドキしながら三十分間待ち続けた。そしてじわじわと嫌な記憶を思い出していた。

 岡本は時間にルーズな人間だった。約束の時間は守らず、時には約束をすっぽかすこともあった。以前彼と友達付き合いしていたときは、そのために幾度となく嫌な思いをしたものである。

 今回も、そうなのかも知れない。

(来ない……)

 金山は行ったり来たりと歩きまわり、人が現れるたびに引きつった笑顔を作って緊張した。

 しかし、いつまでも現れない。

 時刻は八時半となった。約束より一時間のオーバーである。

 じわじわと金山の腹の底から怒りがこみ上げてきた。

(やっぱあいつはダメだ……クソ野郎だ……そういえばいつもこんな感じだった。約束を守らない奴なんだ……)

 金山の顔からすっかりと引きつった笑顔は消え失せた。そしてむっつりとした顔つきで、行ったり来たりを繰り返した。

(冷静さがすべて)

 その言葉を胸の中で何度も繰り返して、落ち着こうとした。

 冷静にならねば。怒ってはいけない。久しぶりに会うのに、いきなり喧嘩みたいな感じになったら最悪である。

 欠点!

 そう、誰もが欠点を持っている。

 それを許すことが必要なのだ。笑って済ませる胸板の厚さが必要なのだ。

 金山はぶつぶつと呟きながら、行ったり来たりを繰り返した。

(いつかは来るはずだ……あの馬鹿も仕事が終われば家に帰るだろうから。必ずこの改札口を通るはずだ……)

 一時間半が過ぎ、とうとう二時間が過ぎた。

 時刻は九時半であった。

 すっかり待ちくたびれた。もう、うんざりであった。

(……いい勉強になった。あんな奴を当てにしようと思った俺が馬鹿だった。あんなガラクタなんかと付き合う必要はない。そもそも、なぜあのクソ野郎との付き合いをやめたのか、それにはちゃんと理由があった。あいつと付き合っても、嫌な思いをするばかりだった。どうしようもない奴なのだ。死ねばいいんだ、あんな奴なんか。もういい。あんな奴、二度と相手にしない……)

 そんな風に内心で猛烈に岡本圭介に悪態をつきながらも、まだ金山は待ち続けた。

 今にも現れそうな気がした。そして現れてくれれば、すべての怒りはすぐに消し飛んでしまいそうに思えた。

 とにかく会いたかった。

 何はともあれ、怒りが金山の緊張をほぐしたようだった。

 今はただひたすら会いたかった。喋りたかった。人間付き合いをしたかった。

 時計の針は十時を廻ったが、やはり岡本圭介は現れない。

 金山はワナワナと震えながら、一度火がついた人恋しさに圧倒されていた。泣きそうになっていた。もう誰でもいいから、そこらへんの見知らぬ人間にいきなりしがみ付きたいくらいの気分だった。

 彼は泣きっ面で改札口の前で立ち尽くし、じっと俯いていた。そしてふいに顔を上げ、大きなため息をついた。

「もういい。やめたやめた……」

 とうとう金山はそう呟いて、待ち合わせ場所から離れた。

 待つことは、もうやめた。そして真っ白な顔をして、ふらふらと歩き出した。

 行く先はバス停であった。

 そこにはF工場行きのバスが止まっていた。三十分に一度、F工場への無料バスが運行されていた。

 それに乗って、F工場に行こうと思った。

 とにかく、このまま家に帰る気にはなれない。何はともあれ人と喋りたい、接したいという気分になれたのである。

 自分がそんな気分になれるなんて、まったく予想外であった。そして、せっかくだからこの流れのまま、人間社会に入り込んでいこうと思った。

(社会復帰……俺は弱い人間だ。それを恥じることはない。あるがまま……あるがままの自分を、丸ごと受け入れるのだ。それがスタートだ。俺は世界で一番弱い人間だ。世界一だ。世界一!)

 彼はそう考えて、クスリと笑った。

(いやいや、世界一は言いすぎだろう。上には上がいるものだ。かっかっか……)

 少しだけ気分の晴れた金山はバス停に到着し、停車しているバスに乗り込んだ。そして一人座席に座って、ニヤニヤしながら窓の外を眺めていた。


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