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外の子  作者: 山田太郎
10/27

一〇

 金山正夫の気色の悪いニヤケづらがおさまった後、彼はバスの中でぼんやりと物思いにふけっていた。

 水びたしの身なり、思い通りにいかない現実、借金、体調不良……

 寒気がする。どうやら発熱してしまっているようだ。

 彼は何気なく、バスの中を見まわしてみた。すると、知り合いと目が合った。彼は、慌てて目をそらせた。

 あの髭づら、ぎょろりとした目。

 なんて名前だっただろうか、度忘れした。すごく嫌な奴だった。偉そうな喋り方をする。図々しく、乱暴で、嫌な奴だ。

 話しかけてこられるかも知れない。

 そう思うと、ぞっとした。

 金山はその知り合いと目が合ってから、まるで石にでもなったような気分になった。

(そうか、働くとは、ああいう奴とも接するということか……)

 先ほどまでの人恋しさは、一瞬で消えた。

 やはり一人がいい。

(うんざりだ……話しかけられても無視しよう……)

 バスは、F工場の正門の前に到着した。そして乗客はゾロゾロと降りた。金山の知り合いも、彼の横を通り過ぎた。

 しかし金山は座ったままだ。

 いつまでも降りようとしない彼を、バスの運転手はしばし待った。

 再びバスは動き出した。今度は、M駅前に戻ることになる。

 バスは移動した。そして、M駅前に到着した。

 金山は難しい顔をして、バスを降りた。そして、恐ろしくゆっくりとした足取りで、M駅へ向かった。

 切符を買い、改札口を通り、ホームに上がった。

 わき目も振らず、まっすぐに家に帰るつもりであった。

(そうだ、働くということは、またああいう連中とも接するということなのだ……。うんざりするけど仕方がない。石にかじりついてでも、なんとかやっていかねばならない。でも今回は、一度家に帰って、寝よう。なんか寒い……)

 到着した電車に乗り込んだ彼は、ドアの前にぴったりとへばりついていた。眉間には深い皺を寄せていた。

 認識が甘かった。

 働かねばならない。さもなければ生活していけない。とにかく働かねばならない。

 ああいった嫌な奴らもたくさんいる。

 どいつもこいつも嫌な奴ばかりだ。くだらない奴ばかりだ。

(でも、中には良い人もいる。確かにいる。そうだな……十人に一人くらいだろうか。そして頑張って働き続ければ、話し相手だって出来るかもしれない。頑張らなければいけない……)

 電車は彼のアパートの最寄り駅に到着した。彼は俯いたまま、自分の家に向かって歩いた。

 早く家に帰りたかった。

 嫌な気分だった。

 何一つ思い通りにならない。

 でも頑張らなければいけないのだ。昔のようになりたくなければ──


 そう、彼は実家の宮崎にいた頃、他人が怖かった。そして、身内にだけ強かった。

 内弁慶であった。自分の母や弟にだけ、強気な態度だった。

 わがまま放題であった。そして気に入らないことがあると、家の中で暴れた。母に暴力を振るったりもした。

 そして家から一歩外に出ると、子猫以上に弱々しかった。他人が怖くて仕方がなかった──


(あの頃には戻りたくない。これでもだいぶマシになっている。あんな風には戻りたくない。とにかく、なんとか自分の力で生活していくこと。それが出来ないなら、死んだ方がいい……)

 アパートに到着した彼は、服を脱いで、それを洗濯機に入れた。洗剤をいれ、洗濯機を動かした。

 靴も風呂場で水で洗った。そしてベランダにそれを下向きにして置いた。

 シャワーを浴びて、カップラーメンを食べた。

 人参二本を包丁で切って食べた。

 洗濯が終わって、服を室内で干した。

 そして布団に潜りこんだ。

(はー、きつい……)

 次々と浮かんでくる色々な思いを、ぼんやりと眺めているうちに、彼は眠りについた。

 それから彼は、長々と布団から出てこなかった。

 色々と考えた。身もだえした。たくさんの決意や覚悟をした。すぐに嫌になった。

 トイレに立ち、また布団にもぐり込んだ。

 食事も面倒で、生卵をそのまま飲んだ。

 体がブルブルと震えていたが、やがてそれもおさまった。

 丸二日、彼はそんな風にプレッシャーに悶えながら、寝そべっていた。

 こうしている間にも、金銭的に苦しくなるばかりだ。一刻も早く働き始めないといけない。

 苦しみながら寝そべり続けた後に、ようやく布団から出た。

 シャワーを浴びて、髭をそった。

 服を着て、外出の支度をした。


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