七
ホームには人が大勢いた。これから出勤や通学をする人たちだろうと思われた。制服姿やスーツ姿などが目についた。
金山正夫はホームの時計で時刻を確認した。
六時十二分。
かなり早めに着き過ぎていた。
これだけの人の中に己の姿を晒すことは、ずいぶん久しぶりなように思えた。ずぶ濡れの服装の彼は、いたたまれない気分で、しばし石のように立ち尽くしていた。
彼の近くの柱に、女子学生が四〜五人座り込んで、朝から楽しそうにおしゃべりをしていた。彼女たちはしばし会話をやめ、金山の姿をじっと眺めた。その中の一人のチェックのミニスカートの女学生は、柱にもたれて片膝を立てて座っていた。そのため太腿がむき出しになっていた。
それに気付いた金山の目はその露わな太腿に釘付けになった。彼は、涎をたらさんばかりの様子で食い入るようにそれを見つめていた。
しばし後、はっと我に返った。そして慌てて女学生たちの表情に目を向けた。
片膝を立てた女学生は金山のいやらしい視線には全く気づかないようなふりをして、澄ました顔つきで横を向いていた。そして周りの女学生は興味津々なニヤけた顔つきで、金山をじっと見ていた。
彼は慌てて股間をおさえた。陰茎の勃起のため、ズボンの前は隆起していた。彼は激しい羞恥心に我を忘れて、顔を真っ赤にしてその場から逃走した。
「ぎゃははははははは!」
後から女学生たちの嘲りの笑い声が聞こえてきた。
彼は誰の顔も見ずに俯いたままホームを走り抜け、階段を駆け下りた。
(勃起がバレた! 最悪だ。恥ずかしい……みっともない……)
普段アダルトビデオなどを見過ぎているせいだろうか。あるいは彼が未だ女性との性交経験のない童貞であるためだろうか。彼は極度に勃起しやすい体質であった。女性を見るとすぐに猥褻なことを想像してしまい、それが止められなかった。
いつもは勃起を隠し通していた。ペニスのポジションを素早く調整したり、腹痛や腰痛のふりをしたりなどして、なんとか周りの誰にもそれに気付かれないように出来ていた。それが今回は完全に気付かれてしまった。
彼は階段を降りきって、男子トイレに入った。そして洋式便器の一室に飛び込んで鍵をしめた。便座に座って俯いて、両手で顔を覆った。そして掌で顔をゴシゴシとこすった。
(自慰をずっとしていないものだから疼く。本物の女は、やはり全然違う……)
いつもはネットやDVDなどで猥褻な映像を見ていた。酒を飲んで酔っ払った時なんかはそればかりで、一晩中ずっとアダルトサイトを徘徊し続けたりした。
「げほげほげほげほ、うううんうううん、げほげほげほ……」
彼は激しく咳き込んだ。鼻すすりや咳払いは頻繁になり、口をパクパクさせながら顔を色々な形に歪めていた。そうこうするうちに、そこにしゃっくりが加わった。それもまた治まらない。
(はー、もう嫌だ。なんだこれ。治らないのだろうか。ずっとこのままだろうか。なんかちょっと寒い。熱が出てるのでは? とにかく動かさないことだ。あまり鼻すすりはしない方がいい。咳払いも我慢だ……)
ひっく……ひっく……
しゃっくりが止まらない。
彼は、苦しくなるまで息をとめ、そして息を吸った。何度かそれを繰り返したが、しゃっくりは治まらない。そして気を抜くと、すぐに猛烈な鼻すすりや咳払いをしてしまう。顔を歪め続けてしまう。
(おっけーおっけー。じゃあ、しゃっくりは勝手に出ればいい。無視だ無視……)
彼は、ようやくトイレから出てきた。そして鏡の前に立った。
(ああ、思ったほど酷くはない……)
濡れた自分の姿をチェックする。ちょうど人がいないことをいいことに、色々と表情を作ってみる。ポーズを決めてみる。
ふいに人が入ってきた。
金山は慌てて何気ない態度を装った。澄ました顔つきをして、首をゆっくり回して見せる。
入ってきたスーツ姿の男は、チラリと彼を見て、通り過ぎた。
(さて、じゃあ行こうか……)
金山はトイレを出て、改札口に向かった。
改札機に切符を入れて、それを通りぬけた。
待ち合わせの場所は、この改札機の前であった。待ち合わせ時間は、まだ一時間以上先だ。
彼は咳払いや鼻すすり、しゃっくりをしながら、ぼんやりその場に佇んでいた。




