二三
しばし二人はお互いの顔を無言で眺め合った。
「退屈だ! 退屈だ! マックス退屈だ‼︎」
突然、岡本圭介はそう叫んで、金山の顔に向かって人差し指を突き出した。
「しかしあれだね、久しぶりに会っても別に喋ることないね。つーか俺、あんまカナちゃんのことに興味ないみたいやね、どうやら……あ、そうだ、小説まだ書いてる?」
「いや、もう全然書いてない。岡本くんは?」
金山はそう訊ねた。
岡本圭介も小説家志望の男だった。
「俺? 俺は順調だよ? ほら、俺は本物だから、カナちゃんと違って。だから順調に俺のオリジナルの文学世界は育まれていってるよ? 多分もうすぐ湧き出るような爆発的な創作意欲が発生するって思うんよね。そしたらもう止まらんと思うよ? 書きまくるだろうね。寝るのも食うのも忘れて。それがまあ、天才スタイル? って奴だと思うんよね。いやほんとそう。俺の中に巨大な何かが蠢いて、それが日に日に大きくなっていってるのを感じるんよね。ほんと怖いだーい」
岡本は眉間にシワを寄せた真剣な顔つきで、そう言ってのけた。
「あ、そうなんだ。大変だねえ」
金山は、軽く受け流した。
岡本の言うことはいつも大きい。
これも四年前から全然変わっていない。四年前もほぼ同じようなことを言っていた。半年以内に世界的な有名人になっているのは確実なのだと吠えていた。
「いやまあホントにね。成功しようと思えばいつでも出来るんだけど、まだ自由でいたいなーとか思うんよね。まだ有名人になりたくないっていうかね。で、俺の文学ってさあ、本当はすっげー純文学でさあ、なんかこー、芸術丸出しって感じのものなんやけどね。でもまあそういうのはひとまず置いといて、とりあえずは軽いものでも書いていこうかと思ってるんよね。まあ、お遊びで」
「ほおほお、どんなもの?」
「官能小説とかギャグ小説とかね……。あ、そうだ。カナちゃんって、まだ童貞なのかい?」
「……いきなり変なこと聞くね。ノーコメントにさせてもらうよ」
金山はやや俯いてそう答えた。
「俺は断言できる。君は確実にまだ童貞だ。まあ、俺もだけどね……。でもまあ、俺はあれだよ? ルックスがいいからさあ、やろうと思えばいつでも出来るんやけどね。カナちゃんはルックス悪いからさあ、風俗しかないと思うよ?」
「ルックスねー。ふーん」
金山は苦笑いを浮かべて、そう適当な相槌を打った。
どうも会話がかみ合わない。岡本は虚空をぼんやりと眺めながら、「マックス退屈だ」の歌を繰り返し口ずさみ、金山は額を手でこすったり、頭をぽりぽりかいたりなどしていた。
「さて、そろそろ時間だなっと……あーしかしあれだね、色々とままならないこともあるよね。今の職場さあ、俺しか仕事知らなくて、まわりの奴らみんなフレッシュマンなんだけどね。でも全然俺の言うことを聞いてくれんのよね。なんか勝手に自分の判断で作業しまくってくれちゃってるよ。だからもう滅茶苦茶さ。俺はまあ面倒くさいからそのまま放置してるんだけどね。俺はちゃんと指示したんだし、責任はないからね。ほんっと民間人の馬鹿さ加減にはほとほと参るよ。マヌケな民間人さんたちは俺のような大天才様の言うことを素直に聞いてればいいのになーって、いつも思うんよね。でも全然、だーれも言うことを聞かないでやんの。俺が天才過ぎるのかもしれんね。なんか俺の指示とかって、だーれもなーんにも聞かねえの、てへへへ」
岡本圭介は天井を見上げて大爆笑した。
「はー、まったく……動物園だよ、動物園。あー、もうバックレて家に帰ろうかなあ……そしたらあの職場、作業わかる奴がだーれもいなくなって、みんな途方にくれるだろうなあ。そしてようやく俺の有難みを理解するだろうなあ。でへへ。それもまた面白いな……。しかしあれだな、由梨ちゃんがいるからなあ。今日を逃したら今度いつ一緒になるか分からんな……。適当に指示だけ出しながら由梨ちゃんとおしゃべりをしてればいっか。いつか仲良くなってデートとか出来るようになるかもしれないからねえ。うん……どうしよっかな……」
そろそろ一時間の休憩時間も終わろうとしていた。岡本圭介は腕を組んで、目を閉じて真剣に考えているようだった。
金山正夫は、尋ねるべき事があることを思い出した。
「あ、そうだ。岡本くん。ごめん。内田さん、今どこにいるか知らない? ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「は? 内田さん? 誰それ?」
「へ? 内田さんは内田さんだよ。知らないはずはないだろう?」
「知らんな。何してる人?」
「営業の内田さんだよ。何いってんの?」
岡本圭介はマジマジと金山の顔を見つめた。そしてチラリと休憩室の時計の方へ目をやった。
「あ、そうか。なるほどね。うんうん。君の言わんとすることが理解できた。君の言う内田さんという男は、もうここにはいない。やめた」
「え⁉︎」
金山は頭に強烈な一撃を食らった気分だった。
「なんで?」
「しらんがな、そんなこと」
岡本圭介は立ち上がった。
「やっぱ由梨ちゃんと喋ってこよう。由梨ちゃんが仕事やめるまでは俺も付き合うことにするのだ。こんなチャンスはめったにないから……」
岡本はぶつぶつとそう呟いていた。
「あ、ちょっと待って岡本くん。じゃあ今、どんな人が営業してるの? まさか誰もいないわけじゃないでしょ?」
「あ、うるせーなーハゲ。今は丈くんだよ。丈くん。ハゲさんも知ってるだろう?」
「へ? 丈くんって……もしかして片岡丈さんのこと? なんで? あの人社員になったの?」
「しらんがな、本人にきいて。じゃあ俺もういくから。完全に遅刻だーい」
「ちょっと待って、丈さんの連絡先教えてくれない?」
「うっせーな、ハゲさん。ほら、携帯貸しといてやるから勝手に電話すればいいじゃないの。アドレスみろ。後で返して」
岡本圭介は金山の胸元に自分の携帯を投げた。
金山は慌ててそれをキャッチした。
「あ、まじでやべえ。完全に遅刻だーい」
岡本圭介はそそくさと去っていった。




