二一
金山正夫はダラダラと眠っている岡本圭介を横目でぼんやり眺めながら、その前の席に座り込み、うなだれて頭を抱え込んだ。
恐ろしかった。世の中のすべてが恐ろしく感じられた。何か見えない力が自分の足を引っ張っているような気さえした。
(本当に気持ち悪い男だ……)
石橋の事が頭にへばりついて離れなかった。
とにかく今すぐこの場から逃げ出してしまって、はるか遠くに消えてしまいたい気分だった。地球の裏側にでも行って、そこから一から出直したい気分だった。すべての事から出来る限り遠ざかり、そしてそこから一から出直したい気分だった。
すべてがうんざりであった。
(ううう……)
俯いた金山の目からは涙がポタポタと落ちていた。
自分のあまりの弱さが悔しかった。あんな石橋のような小悪党に出くわしたくらいでこんなにも動揺してしまう自分が情けなかった。
(俺は長男なのに、こんなにも弱くて……本当は両親とか弟とか守ってやらないといけない立場の人間なのだ。しかし、俺は無力で、無知で、なんの力もないし、生きていく自信も持てない。こんなにも低いレベルで、いつまでも蠢いている。地べたを這いつくばるように、いつもギリギリで、いつも何かに押さえつけられているような気分で。怖い。恐ろしいんだ。将来も不安だし、恐ろしいばかりなんだ……怖いんだ。不安なんだ……)
俯いたままの彼はいつまでもピクリとも動かなかった。時間を完全に忘れているような状態だった。小刻みに震えていた。いつまでもずっとそんな風であった。
バチッ!!!
ふいに金山の頭が叩かれた。
金山はビクリと体を震わせて、顔を上げた。そして彼を見下ろしている薄ら笑いの岡本圭介と目が合った。
「よお、カナちゃん、久しぶり。元気してたかい?」
金山は何か返事をしようとしたが、口をパクパクと動かすだけで何も声が出なかった。深い物思いからいきなり現実に呼び戻され、まだ対応しきれないふうであった。
「おいおいおい、ブランドン。いい加減に目を覚ませよ。もう朝だぞ?」
岡本圭介はそんな金山の様子を見て、そう声をかけたが、もう時刻は午後七時をまわっていた。
「……ああ、岡本くんか。もう起きたのか……」
「は? 何を言ってるんだよブランドン。寝ていたのは君のほうだろ? おれは今ちょうど四時間がっつり働いてきたところさ。そして再び束の間の休息を楽しもうってとこなのだよ。君には本当に驚くよカナちゃん。おれが働きに出る前とまったく同じ体勢でいるんだものな。石にでもなったのかい? まったく余裕だねえ。感心するよホント」
岡本はそうまくし立て、美味そうにカップのホットコーヒーを啜りながら、金山の前の席にどっかりと腰を下ろした。




