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外の子  作者: 山田太郎
20/27

二〇

 休憩室に戻ってきた金山正夫は隅っこの誰もいない席にどっかりと座り込んだ。

 むっつりとした難しい顔つきをして、腕組みをした。やがて大きなため息をついた。

(なんでよりによってあいつが……)

 天をうらみたいような気分だった。

 昔、彼が大学生だった頃、人材派遣会社で日雇いのアルバイトを時々していた。

 たくさんの派遣会社を利用していた。

 その中の一つの派遣会社の支店長が、先ほど会った石橋という男だった。

 金山はその派遣会社では三回しか働かなかった。

 その三回目の勤務の時である。

 引っ越しのアルバイトだった。

 彼は、自分よりも年下の男にさんざんこき使われて、さんざん虐められた。やることなすことにケチを付けられ、真っ暗な車の荷台に乗せられた。悪意に満ちた言動でさんざんいびられた。

 そして金山は、その相手を殴った。拳を固めて、その相手の頬を思い切り殴った。

 それからである。

 支店長の石橋から電話があり、事情を説明しろと呼び出された。そして一緒に派遣先の引っ越し会社に謝りに行ったりした。

 殴ったことに対する慰謝料など、色々と面倒な話になった。

 話は異常にこじれた。

 石橋は金山の宮崎の実家に連絡し、金山の父親を東京に呼び出した。そして石橋と金山の父親で殴った相手のところに謝罪にいった。

 金山に殴られた相手は、金山とは顔を合わせたくないと言った。

 相手の父親との話し合いになった。

 金山の父親は相手の父親に示談金を支払って宮崎に帰った。

 それで話は終わらなかった。

 それからも石橋からは頻繁に電話の連絡があった。

 相手の怪我が思ったよりも悪いとか、刑事事件になるかも知れないとかいった話だった。

 だからまた父親に来てもらわなければいけない、もっと金を払ってもらわなければいけないといった内容だった。

 そして残念なことに、その事件がきっかけで、金山と金山の親との間に、致命的な仲たがいが発生した。

 石橋は嘘ばかりをついていた。

 金山が相手をハンマーか何かの道具で殴って、相手の顔が半分潰れてしまったと父親に報告した。

 父親はそれを信じた。

 息子──金山の言い分は信じなかった。

 仕方のない話だった。

 金山は昔から両親に対しては嘘ばかりを言っていた。だから両親は彼を愛してはいたが、彼の言葉を全く信じていなかった。

 その折も、石橋の言い分をすべて信じ、金山の言い分は全く信じなかった。愛すべき我が子はまたいつものように嘘ばかりついているのだと思った。

 とにかく、この事件がきっかけで、金山と彼の両親とは、関係が断絶し、そして彼は大学をやめて、アルバイト生活を始めた。

 八年間続けていた陸上競技もやめた。

 この事件をきっかけに、金山は自分がなんと愚かであった事か、無知であったことかを思い知らされた。

 すべて石橋の思い通りに事が運んだ。やりたい放題にやられた。

 石橋は金山をカモにして、金山をいたぶって小遣い稼ぎをした。

 それを金山はまったく止められなかった。

 金山は地獄のような苦しみの日々を送り、そして石橋は面白半分の、小遣い稼ぎをした。

 金山はやがて石橋からの電話に出なくなった。そして電話が怖くなって、電話線を引っこ抜いた。

 それからはちょくちょく石橋は彼の家に来るようになった。一人で来る事もあれば、二人で来る事もあった。

 彼はいつも居留守を使っていた。ビクビクと怯えながら、いない振りをした。

 そんなある日、石橋は郵便配達だと嘘をつき、金山はとうとう扉を開けてしまった。

 その時、石橋たちは二人で来ていた。

 そして玄関先で、「お前は犯罪者だ」とか、「刑務所に行くぞ」とか、「パトカーを呼ぶぞ」とか、大騒ぎを始めた。

 その騒ぎのため、アパートの大家のおばさんが飛んできた。

 彼女は、

「部屋に入れて話し合ってくれ、パトカーは絶対に呼ばないでくれ」

 と言った。

 それでも金山は絶対に部屋には入れずに、近くの交番に行こうと提案した。

 歩いて近くの交番まで行った。

「傷害事件です!」

 石橋は警官にそう言った。

 やっかいな話を持ち込まれた警官は、苦々しい顔つきをしながら、金山正夫に色々と質問した。そして金山の犯罪履歴を問い合わせたりした。

 金山が殴った相手と石橋とは、全くの無関係であった。

 そして石橋の派遣会社で、金山は三日しか働いていなかった。そして殴ったのはもう半年以上前の話だった。

 警官は胡散臭そうな顔つきで、迷惑な訪問者三人の顔を眺めていた。

 やがて石橋たちは帰っていった。

 石橋は、まさか交番に行くことになるとは夢にも思っていないようだった。

 顔を合わせてしまえば、またいつものように、金山正夫は自分の言いなりになって、自分のやりたいように物事が進むと心の底から信じていたようだった。まだまだ彼の裕福な父親から金を引っ張り出せると思っていたようだった。しかし実際は、生意気にも金山は自分をアパートに入れず、生意気にも交番に行こうなどと提案し、大家を納得させ、交番でも生意気にも思ったよりも落ち着いた態度で、自分が被害者である事を淡々と警官に訴えて見せた。

 その一件があってからは、石橋は金山のアパートに来なくなった。

 金山も金が溜まると、すぐに他のアパートに引っ越しをした。

 そして苦しかった石橋事件は、とりあえず終わりをむかえたのであった。

 眉間に深いシワを寄せた沈痛な面持ちで考え事にふけっていた金山正夫は、やがて目をカッと見開いた。

 あれはもう七年以上も前の事であった。

 今はもう自分もそれなりに大人である。

(あんな奴、相手にしては駄目だ。完全に無視するべきだ。怒りや憎しみは……やめるべきだ……殴るとか殺すとか、子供じゃないのだから、もういい加減にするべきだ。ああいう悪い人間は世の中にはいくらでもいるものだ。人は人、自分は自分だ。あんな奴は完全に無視して、話しかけられても一切相手にせずに、とにかく、働くことだ。……どうしてもムリそうだったら、F工場での勤務は諦めよう。まだまだ俺は弱い。七年前とあまり変わっていない。石橋をやり過ごすことは出来ないかも知れない……)

 彼は頭を抱えて、しばしうなだれた。

 仲間が欲しかった。味方が欲しかった。

 苦しくて泣きそうになった。

 再び彼は岡本圭介の寝ていたところに向かって歩き始めた。

 あんな馬鹿でも一応、かろうじて友達と言えるかもしれないと考えたからだ。

 彼は恐ろしく心細い気分になっていた。


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