一八
金山正夫はとぼとぼと歩いてゆき、事務所に向かうはずのカドを曲がってみて、唖然としてしまった。
以前あった広い事務所は影も形もなかった。
その代わりに、その一画はクリーンルームになっていた。たくさんの部屋に仕切られていて色々な作業をしていた。
上から下まで真っ白な姿の完全なクリーンスーツを着ている作業者たちの部屋もあれば、白衣と帽子だけの簡易なクリーンスーツを着ている人たちの部屋もあった。顕微鏡で何かを覗いている人もいれば、二列に並んだオシロスコープの間を行ったり来たりしている人もいた。座って何かの作業をしている人もいれば、コンピューターをいじったり、何かの大きな機械を操作している人もいた。
ほとんどの人がマスクをしたりメガネをつけたり、すっぽりと頭にマスクをかぶったりしているので、顔は全く分からない。ほとんどの人が目だけが出ているという有様だった。
(こんなものが出来たのか……なんかこういう場所で働くのは嫌だな。見るからに息苦しい……それはそうと、事務所はどこにいったんだろう。内田さんどこにいるのだろう……)
彼はキョロキョロとあたりを伺いながら、足早にあちこちと歩きまわった。
この階は非常に広いフロアーだった。そしてたくさんの扉がある。
それらすべてを見てまわって探してみようと思うだけで、うんざりとした。
やがて彼は立ち止まり、がっくりとうなだれた。
(はー、もうきつい……)
もう帰ろうかな。
そんな思いがチラリと頭をかすめた。
しかしせっかくここまで来て、そのまま帰るのはあまりにも芸が無さ過ぎる。
(そうだ。ホワイトボードの前で待ってればいいじゃないか。そしたら内田さんは現れるはずだ。内田さんが作業者の割り振りをするはずだから)
彼はそう考えた。
そして再び、岡本圭介が寝ていた休憩室の方向へと戻った。その休憩室の近くにその巨大なホワイトボードは設置されていた。
四時間の勤務が終わって、一時間の休憩がある。
ほとんどの人たちは最初の二十分くらいで、自分の名札をホワイトボードに貼り付けたり、取り外したり、そのままにしておいたりする。そしてその後、内田などの割り振り担当者が現れて、作業者の名札を作業場の名前の書かれたスペースへ次々と割り振っていくのだ。
割り振りの最中に名札を外したり貼り付けたりしにくる人もいる。
割り振りが決定した後に名札を外され、割り振り担当者は思わず舌打ちをする事もあった。
そして仕事の開始の十五分ほど前から作業者たちはホワイトボードを見にきて、自分の仕事場が決まっているようならば、その場所へと散っていくわけだった。
大抵そのくらいの時間帯ではほとんどの人は決まっていた。
最後まで決まらなかった人たちは、ごくまれに仕事にあぶれる。勤務開始時間ギリギリで決まった人は作業場まで走って行くハメになることもあった。しかしそんな事はめったになかった。
基本的には勤務開始の十分前にはすべての割り振りは終わっていたし、その時間から慌てて名札を貼り付けに来た人でさえ、何かしらの作業に割り振られることが多かった。
そしてホワイトボードに名札をそのまま残しておいた場合は、ほとんど間違いなく休憩前と同じ作業場になった。だからそういう人たちはわざわざホワイトボードを見に来ない。もし変更がある場合は、担当者の方から彼らのところにやってくるのである。でもそんな事はめったになかった。
さて、金山は再び巨大な休憩室へと到着した。
まだ作業中の時間帯であるので、ホワイトボードの前には誰もいない。だからしばらく休憩室で座って待とうと考えたのだ。
再び金山は岡本圭介の席の前に座り込んで、じっとその無防備な寝顔を眺めていた。
何回か小さく声をかけて見たが、彼は起きようとはしなかった。
ときどき目を開けたりはするのだが、すぐに再び閉じられた。だらだらと惰眠をむさぼっているという感じであった。
(これはいつ起きるのか分かったもんじゃない……本当にだらしない男だ。だらだらといつまでも寝くさりやがって……)
金山は鼻すすり、咳払いを連発させながらブツブツと忌々しげに悪態をついた。そして高い天井をしばし見上げて、大きなため息をついた。




