一七
巨大な建物の二階フロアーに通じる扉を開けた金山正夫は、引きつった顔つきで作り笑いを浮かべながら、あたりをぐるりと見まわした。
このフロアでは携帯電話の組立や人体認証装置の組立、携帯ゲーム機のプラスチック部分の組立などが行われていた。
扉から入ってきた金山に何人かの作業者はちらりと目を向けたが、ほとんどの人はまったくの無関心であった。ただひたすら働いていた。
こう見渡すだけでも、五十人ほどの作業者が確認できた。みな機械かロボットのように、単純な反復作業を繰り返していた。
真面目に働く人もいれば、隣りとお喋りばかりをしている人もいた。終わった後に味わう酒や煙草のことで頭がいっぱいの人もいれば、誰とも一言も喋らず黙々と働いている人もいた。
たくさんの人間が色々な働き方をしていた。
予想に反して、若い女性の姿もちらほらと見受けられた。
非常に活気があり、金山正夫は圧倒された。そしてただアホのような卑屈な作り笑いを浮かべながら、ぺこぺこと小刻みにお辞儀をするような仕草で休憩室の方へと歩いていった。
そして彼は休憩室に到着した。自動販売機が置かれ、たくさんのソファーとテーブルが置かれていた。
そこにはお喋りしている人も、ただ一人孤独にたたずむ人もいた。そしてソファーにぶっ倒れて眠っている人も多かった。
そして誰もが金山に無関心であった。せいぜい一瞥をくれるくらいであった。
それが彼を安心させた。
彼はゆっくりと歩みながら知り合いの顔を探した。
そして一人のぐっすりと眠っている男を発見した。
岡本圭介であった。
電話をして喋った岡本。待ち合わせをした岡本。そして待ち合わせをすっぽかした岡本。昔、友人だったが、一旦縁を切った岡本。
その岡本が窓際のソファーの一つに横になって眠っていた。
金山はそこに行って声をかけた。
「岡本くん……」
岡本に反応は無かった。
今度はかなり大きな声で呼びかけてみたが、それでも反応がなかった。
「おいおい、岡本くん、ちょっと!」
金山はポンポンと岡本の肩を叩いて、再び大きめの声で呼びかけた。
すると岡本の目がゆっくりと開いた。そしてじっと金山を見つめた。
「えへ、久しぶり。元気じゃった?」
金山は引きつった笑顔を浮かべてそう言った。
岡本はただじっと無言で彼を眺めていた。たっぷり十秒間ほどそのままだった。
金山はじっと岡本の言葉を待った。
だがしかし、岡本圭介は一言も言葉を発せず、再びゆっくりと目を閉じてしまった。
金山正夫の呼びかけや笑顔は宙ぶらりんで取り残された。無視された事により、非常に腹が立った。
(くそー、こいつは本当に……)
金山は忌々しげに岡本を睨んだ。
そしてその前のソファーにどっかりと座り、しばしじっと考えことに耽った。
ぼんやりと岡本を眺めていると、再び岡本は目を開けた。
そして金山は慌てて笑顔を作って手を振って見せた。
しかし再び岡本の目はゆっくりと閉じられた。
(くそ、こいつ……)
金山はハラワタを煮え繰り返しながら、それでもその場からは離れず、じっと物思いに耽っていた。
(さて、じゃあ事務所でも行って見るかな。それとも四時間だけ働いてみようか。今なら働けそうな気がしないでもない……)
金山は顎に手を当て考えていた。
このフロアには大きなホワイトボードが置かれているところがあって、そこの決められた場所に自分の名札を貼り付けて置けば、何かの仕事に割り振ってもらえる仕組みになっていた。
そして一度の仕事のサイクルは基本的には四時間でまわっていた。
継続して仕事をするのであれば、名札をホワイトボードに残しておき、もうやめるのであれば、ホワイトボードから自分の名札を取り外せばよかった。
四時間ワンサイクルで作業は行われていて、その後、一時間の休憩があった。
そしてまた四時間のワンサイクルである。
二十四時間それの繰り返しだった。
一日に一度だけ三時間ワンサイクルの仕事もあった。それは、深夜四時から七時までの時であった。
名札は受付で通門カードと共に手渡されていた。
金山はしばし四時間だけ働いてみようかどうしようかと悩んでいた。
ホワイトボードに名札を貼り付けてしまうと、どんな仕事に割り振られるのかが全く分からなかった。どんなメンバーと仕事をするのかも当然わからない。
それはかなり恐怖であった。嫌な人間たちと一緒に仕事をするハメになると、すぐにペチャンコになってしまいそうな気がした。
(やっぱりあれだな……内田さんと相談してみよう。一人でも出来るような仕事をお願いしてみよう。きっと断られるだろうが。でも駄目もとでお願いしてみよう……)
金山はそう考えて、ソファーから立ち上がった。そして内田の席のある事務所の方へと歩き始めた。




