一二
玄関を出た金山正夫は泥棒か何かのようなコソコソとした態度で、俯いて足早に自分のアパートから遠ざかった。
とにかく近所の人たちの目が気になって仕方がない。みんながジロジロと自分のことを見ているような気がした。
とにかく他者と関わりたくない。これ以上不自由な状況になりたくなかった。
すべての他者との関わりは、最後には敵対という形で終わるように思われていた。重荷、苦しみにいたるように思われていた。
とにかく、いかに他者と関わらずに生きていくかということばかりを考えていた。
(だがしかし、それが今の状況を生んだのだ!
すべての原因はそれなのだ。
顎関節症、借金……
本当はコミニケーションをするべきだ。
友達を作るべきだ。
そして一緒に遊んだりするべきだ。
そしてあわよくば、恋人なんかが出来れば最高ではないか!
しかしあれだな……俺は一生セックスとかはしないんだろうなぁ……)
金山はぶつぶつと呟きながら歩いていた。行く先は最寄りの駅であった。
彼の独り言は、完全に外に漏れていた。
本人は気付いていないが、ふいに立ち止まってかなり大きな声でぶつぶつと喋っている金山の姿は、周りから見ると完全に不審者であった。酔っ払っているか、少し気が触れたかしているような人間に見えた。
彼は、今回は一直線でF工場に行くと決めていた。大量睡眠を続けながら、ずっとそのことばかりを考えていた。とにかくもう、寄り道を一切せずに、働く方向性で動いていこうと思っていた。
しかし、いかんせんF工場の時給は八百円である。百三十万円ほどの借金がある彼は、本当はもっと高収入の仕事をすべきだった。
しかし、とにかく働き始めなければいけない。
働いて、まずは自信をつけることだ。自分が立派に社会の一員として通用するという自信である。
まずはそこからだと思われた。
(とにかく働き始めることだ。
時給とかは二の次だ。
とにかくあれだな……
内田さんにお願いして、一人で出来るような仕事を割り振って貰わなければいけない。そんなワガママは許されないかもしれないが、ダメもとで相談してみよう……
体力的にきついのはいくらでも我慢できる。
とにかく人間関係だ。
精神的にきついのが、一番つらい……)
駅に到着した彼は切符を購入し、改札口を通った。
内田というのはF工場の営業マンだった。作業者の仕事の割り振りはその男の担当だった。
ホームには年配の人間が数人いた。
彼はホームの端から端までを行ったり来たりしながら、難しい顔つきで考えごとをしていた。やはりぶつぶつと声に出して自分自身と語っていた。
時々ふいに怯えたような顔つきで、あたりを伺った。そして誰も自分に注意を払っていないことを確認すると、また深い物思いに沈んだ。
そうこうしているうちに電車が到着した。
彼はそれに乗り込んだ。




