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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
どことも呼べない場所、強いて言うなら虚無への旅
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鮒月へ帰ろう

 チェルニィが、その、あるのかないのか、そもそもどこなのかも判然としなかった首を動かして、僅かに振り向く。表情のない、というか、目鼻もはっきりしない猫なのに、それが慈愛に満ちた表情で頷いた、ように見えた。

「泣き虫なところはちっとも治っておらぬのう……」

「母上! 母上! 母上……!」

 レヴィルヴィアは腰を抜かしていた。ぼろぼろと紅い両眼から大粒の涙を零す。

「あれが……、ヴィヴィのお母さん……?」

 清継の声は震えていた。冷静な彼は暁李以上にこの現実を持て余している様子が窺えた。「そんな……、こんな、ことって、ある……?」

「ほう……」

 高貴な女性の声が、感心したように呟いて、彼に視線、とおぼしきもの、を向けた。「これは驚いた。そなたは……、男か。……そなたのようになよやかな男は初めて見るのう」

 くすくすと、楽しげな笑い声がチェルニィの身体から溢れている。チェルニィは再び勇者に向き直ると、……僅かに、ふ、と纏った光を強めた。

 それだけで、勇者の身体がばちんと吹き飛ばされた。慌てて駆け寄った魔皇帝が声を掛けても反応はない、気を失ってしまったのだろう。

「愚か者」

 チェルニィ、レヴィルヴィアの母親、信じがたいほどの力感を伴う声で、魔皇帝を一喝した。

「レヴィルヴィアというものがありながら、そのようなどこの馬の骨とも判らぬものを異界から()び出して跡目を継がせようなどと……、恥を知れ!」

 小さなぬいぐるみに青褪(あおざ)めた魔皇帝が、

「ええい……、黙れ、黙れ! 貴様はもう死んだのだ、我に意見するなど……!」

 自らを奮い立たせるように怒鳴り返し右の掌を掲げ、勇者が手にしていたものを遥かに上回るヴォリュームの光を纏う。

 チェルニィは全く怯まなかった。魔王が続けざまに放った弾、いや、もはや謁見の間全体を震わせ、暁李とレヴィルヴィアの座り込んだ大理石に罅さえ走らせる、それは波動である。しかし暁李も、誰も、傷むことはなかった。チェルニィから溢れる黒い光が、温かく優しく包み込んで、あらゆる痛みから守っていた。

「暁李、と申したか」

 チェルニィの背中が言う。

「妾の愛しきレヴィルヴィアを、そなたは愛してくれておるのじゃな」

 言葉で上手く返答することはもはや出来なかった。みっともなく、ただこくこくと二回頷くことがかろうじて出来ただけ。しかしそれで十分だと言うように、ぬいぐるみが微笑んでくれたところを見た気がする。

「そなたの願いを申してみよ。妾はこのような姿ではあるが、それを叶えてやるぐらいは出来よう。あの愚かな男のせいで、せずともよい苦労を掛けてしもうた、せめてもの償いじゃ……。そなたは何を願う」

声が、言葉が、出ない。

 しかし、チェルニィは「……うむ」と頷いた、ように見えた。

「あいわかった。そなたの願い、叶えてくれよう」

「母上……、暁李、母上……」

 レヴィルヴィアも、もうほとんど意味のある言葉は紡げない。彼女は自分自身の身体が、チェルニィの纏うものと同じ黒く眩い光を帯びていることにも気付いていない様子だった。

「……レヴィルヴィア」

 もはや舌に慣れ親しんだ名前、レヴィ・ルヴィア=プロコーイズィルニー、すんなり紡ぐことが出来た。

「帰ろう」

「え、え……?」

 力の抜けそうな腰を叱咤して、立ち上がる、彼女を抱き上げる。彼女はそのとき、ようやく自分の身体がチェルニィと同様に光っていることに気付いたようだ。「こ、これは……」

 それは、どんどん膨らんでいく。魔皇帝が勇者の身を庇いながら、

「お、お……、おお……、馬鹿な、馬鹿な、おおぉ……っ」

 激しい痛みを堪えて呻いていた。

「鮒月に帰ろう、……お前の幸せがある場所に、みんなで一緒に帰るんだ」

 朝陽の身体がいちばんに浮かび上がった、遅れて清継が、尊が、……そして、レヴィルヴィアを抱いた暁李の身体も、宙に浮かび上がっている。

「わ、わ、わぁっ……、こ、これっ、暁李、これ、妾がしておるのか!」

 床に落ちていたチェルニィの尻尾もふわふわ浮かんでいる。清継が右手を伸ばして、しっかりとそれを掴み、大事そうに胸に抱き締めた。

「優しき(ともがら)と出会ったのじゃな……」

 心から嬉しそうに、チェルニィが言った。その声をきっかけに、世界が歪む、輪郭が(おぼろ)になる。二つの世界を繋ぐ橋の上、暁李はレヴィルヴィアを抱いたまま、……清継も尊も朝陽も、もう痛みを感じていない顔で、緩やかな流れに乗って漂っていた。

 チェルニィが共にいた。彼女は自らの意志でレヴィルヴィアの腕の中に収まり、

「母上……」

 愛娘の声に「うむ」と答えた。

「この身体には、妾の言葉が詰まっておる」

 チェルニィは言った。暁李が、三人が、レヴィルヴィアの腕の中の小さなぬいぐるみに顔を寄せて、耳を澄ませていた。

「泣き虫で、弱い、……魔法を使えぬそなたを残して逝かねばならぬのが、心残りでのう……。妾に出来たのは、妾の言葉をこのぬいぐるみに託しておくことぐらいじゃ……。妾は、……その、ほれ、そなたも知っていよう、婿殿に聴かせるのは少々心苦しいところではあるが、あまり手先が器用ではないゆえ……、このぬいぐるみもいつどこがほつれてもおかしくない。そうなったら、きっとレヴィルヴィアはまた泣くじゃろう……、しかるに、そのときに妾の言葉が溢れて、そなたを勇気付けることが能うなら……、そう思うたのじゃ」

 ぬいぐるみに残った意志だけとは思えぬほど恐ろしいほどの魔法の力を披露された後であるというのに、ぶかっこうなチェルニィの声はどこか可愛らしく、何より優しく、娘を思う愛情に満ちていた。

「そなたたちの中に、針仕事が得意な者はおらぬか」

 暁李は、制服のボタン付けが出来る程度、尊はそれも出来なくて、ボタンが取れてしまったときには安全ピンで代用する、朝陽が裁縫(さいほう)をしているところは見たことがない。

「はい」

 と清継が右手を挙げた。「俺、出来ます。……今だけは」

 うむ、とチェルニィが満足げに頷いたように見える。どこからともなく清継の右手に、針と糸が生じた。

「そなたたちが共に居てくれるのならば、……レヴィルヴィア、そなたはもう大丈夫じゃな?」

 レヴィルヴィアが、両目に満ちた涙をどうにか零さないように、小さく頷いた。清継の腕にチェルニィを託して、

「だいじょうぶ」

 濡れて震えた声でも、しっかりと言う。

「妾は……、大丈夫……、暁李たちが、いっしょだから、……もう、母上に心配掛けるようなことは、ないのじゃ……」

 唇をぴくぴくさせて、それでも、微笑んで見せる。

 清継が、千切れてしまった尻尾を縫っていく。両手を使って、丁寧に、……もう切れてしまうことがないように、祈りをこめて。

「ヴィヴィの、お母さん」

 手を動かしながら、清継は言った。「……俺の、願いを聴いてもらってもいいですか?」

「何なりと申すがよい」

 尊が緊張したのが判った。清継の願いがどんなものであるか想像し、それが可能なものであるのかどうかを思って身構えたに違いなかった。

 しかし、清継の言葉は懸念していたものではなかった。

「……俺、ヴィヴィのお母さんになりたいです」

 清継は、じっと自分の手元に視線を注ぎ、真面目な声で言う。

「あなたみたいに、立派な人間ではないです。俺の手は、だいぶ汚れてます。でも、……俺は、暁李とヴィヴィの、お母さんになりたいです。俺たちの世界で、これから、生きていくあなたの大切な女の子を、その夫となる暁李と一緒に、守って……、そのために、生きて行きたいです」

 レヴィルヴィアが、息を震わせた。それ以上に胸が苦しくなったのは暁李である。

 清継がレヴィルヴィアに対してどこまでも優しい愛を注ぐ理由、……決して叶うことのない願いに触れて、暁李の胸はかつてないほど痛んだ。同時に、その願いの叶うことを、祈らずにはいられなかった。

「ああ……!」

 尊が上げた声は複雑に響いた。「ああ、そっかあ……!」と。それから彼は少し悔しそうに「いいなあ……」と。むっと唇を尖らせて、朝陽が彼の肘を抓った。おれがいるんだからいいだろと言う顔である。

「……ふふ」

 チェルニィが微笑みを零した。

「……そなたは、本当は、右腕がないのじゃな。……そうか、あの男が()んだ勇者に、そなたたちの世界で奪われたのか。しかし、……ふむ、そなたはそれを少しも恨んではおらぬ」

「……みんなに負担を掛けてしまうことは、悔しいです」

「誰も負担などとは思うておらぬようじゃ。……構わぬ、そなたのように(うる)わしき男が母となるのであれば、レヴィルヴィアもきっと嬉しかろう、……のう?」

 レヴィルヴィアが、こくこく頷いた。

ありがとうございます、しっかりとチェルニィの胴と尻尾を繋いだ清継が頭を垂れて、糸を切った。

「……間も無く、そなたたちの世界に着く」

 少し、チェルニィの声が遠くなったようだ。

「我が娘、妾の、愛しきレヴィルヴィア」

 その声が、レヴィルヴィアの頰を、髪を、まだ清継にも出来ないやりかた、しかし彼がやがて出来るようになるはずのやりかたで、撫ぜるところを、暁李は見た。

「そなたは幸せにならねばならぬ。そなたの微笑みが、そなたの幸せが、その身から溢れて、……そなたの愛しく思う者たちを微笑ませるのじゃ。そなたはひとりではない、……判るな?」

 うん、と頷いたレヴィルヴィアの腕の中に、再びチェルニィが収まる。

「妾の声は届かなくとも、……妾も、共に在る。愛しき者たちと共に、幸せに生きるそなたを、いつでも見守っておる……」

 橋を満たす常夏の島の空気に、冷たさが混じった。鮒月の、長い冬の風が吹き込んできたのだ。ずっと浮かんでいた身体が重さを取り戻す。

 残り僅かな時間。

 いいものか、それとも悪いものであったのか、誰にも判然としない、夢のような時間、

「わ」

「わぁ……」

 尊と朝陽が声を漏らした。彼らの身体、レヴィルヴィアを抱く暁李の身体。

 全員を、清継が両手で抱き締めていた。

「ああ……」

 清継は、笑っていた、泣いていた。

「……ずっと、こうしたかったんだ、……みんなを、大好きなみんなを、こうやって、両手で思いっきり抱き締めることが出来たら、……どんなに幸せだろうって……」

 暁李の腕の中から、堪え切れず泣きながらレヴィルヴィアが清継を抱き締める。尊と朝陽も遠慮がちに、……そして、暁李も。

 ひとかたまりになった五つの身体を、鮒月の土が静かに受け止めた。

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