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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
どことも呼べない場所、強いて言うなら虚無への旅
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 こつ、こつ、こつ、と硬い靴音が右から、左から、あるいは天井から、暁李とレヴィルヴィアを囲繞(いにょう)する。

「ふ……、ンフフ、ンフフフフン! 愚か者め! 今すぐ玉座を開けよ! 我が父上が」

「ちちうえ」

 少年勇者が口にした言葉、耳に届くのは同じ音である。しかし文字にしたならば、たぶん、「継父上」もか「義父上」ということになるのだ。

「こんなに時間を掛けることになるなら、……初めから(われ)が出ておればよかった。お前が是非にと申すから任せたものを」

 少年勇者が飛び上がって、「も、申しわけございません!」悲鳴を上げた。豹変ぶり(はなは)だしく、自分の予想が当たってしまったことの苦さを思うより、レヴィルヴィアの肌がすっと冷たくなるのを、抱き締めた腕の中で痛々しく思うばかりだ。

 魔皇帝は、そこにいた。ずっと何処かから、少年勇者と娘の連れて来た連中とのやり取りを眺めていたに違いない。浅黒い肌に黒い薄衣を纏い、ライオンの(たてがみ)のような蓬髪(ほうはつ)はレヴィルヴィアと同じ金色、……しかし目の色は違って(とび)色だ。

 想像していたよりもずっと若い、清継とほとんど変わらない年齢であるかに思われた。逞しく精悍な印象の男である。

 魔皇帝はレヴィルヴィアに一瞥さえくれず、少年勇者の側に(ひざまず)き、

「その小汚いものは何だ」

 と問う。厳しい声ではある、しかしながら、魔皇帝の表情は柔和で、……相応しい言葉とも思えないが、慈愛が滲んでいた。少年勇者ははっきり判るほど萎縮して、

「あの女の、……ぬいぐるみです」

 緊張した声で答えた。

「……それは知っている。なぜそんなものをお前が持っている。そんなものに頼らずとも、あやつらを追い返すことなどお前には容易かろう」

 今や全てが明らかになった。

 レヴィルヴィアがその事実をどれほど拒もうと、彼女の脳はもう、理解してしまったはずだ。

「お前はこの国を継ぐのだろう」

 勇者がなぜ突然に現れたのか、……簡単なことだった。

「立ち止まるような場所ではない、……我を失望させるな、判るだろう」

 勇者は、レヴィルヴィアの代わりとして呼ばれたのだ。

「奴らが帰らぬと言うのなら、別にこの世界の砂の中に埋めてやればよい」

 瀕死の身で異世界からやって来た彼が何を願ったか、どんな力を望んだか、暁李には判る。何もかもを手にした世界で、……それでもなお使役される者にしかなれない悲しさが、彼にはとても似合っていた。

「はい」

 こどもとして、凛然と顔を上げた少年勇者は、ゴミを放るようにチェルニィを投げ捨てた。その拍子に、小さな音を立てて、黒猫の尻尾が切れた。

 ひゅっ、とレヴィルヴィアの喉で悲鳴が潰れた。

「遊びは終わりだ。私も迂闊だった、……ついついお前たちを知った顔だと思って『帰れ』などと甘いことを言ってしまったが、そもそも私はもう、お前たちの知る情けない男ではない、……魔皇帝の名代として、お前たちを」

 恐ろしい予感を抱かせるには十分だ、掲げられた勇者の両の掌に、青い光がじわじわと集まっている。勇者は魔法が使えないんじゃなかったのかという問い掛けよりも、あれを撃たせてはいけないんじゃないのかという危機感よりも。

「チェル、ニィ……!」

 気道を搾られているかのようにか細い声が、その頰を伝っているはずの夥しい量の涙が、……誰かには、これが死ぬ寸前の些事だという評価を下されたとしても、レヴィルヴィアがいま感じている痛みが悲しみが、暁李に叫び出したいほどの怒りを催させる。

 大人である。もう、「大の」と冠を付けられたっておかしくないほどの大人である。暁李の足元に(くずお)れたレヴィルヴィアの心を思ったとき、……暁李自身もどれぐらいの量であるか掴めないほどの熱が弾けた。

 ああ、これは。

 あのときと同じだな、十二年前か、干支がぐるっと一回りして、もうあんな馬鹿げたことはしたくないものだと思って、だからあんまり辛いとか悲しいとか苦しいとか言わないで、淡々と生きて、もうだいぶ大人になったつもりだったのに。

「て……ンめぇえええええ!」

 青い、危険な光に向けて、我を忘れて突進していた。

 この怒りを、抱えたまま生きていけるはずもなかった。

 靴底で思い切り、自分の歩んできた人生を踏みつけて勇者に向けて駆けるとき、暁李の脳裏に過ぎったのは、なぜだかたくさんの笑顔である。

 これはいつのことだっただろう?

 尊が笑っている。少し酔って、紅い頰で、……彼は照れ臭そうに、「ありがとな」と言ったのだ。

 お前がいてくれてよかった。先輩がああいう身体になって、社長がああいうことになって、……俺一人だったら、もう心折れて、何も出来なくなってたと思う。会社も、どうにも出来なくなってたと思う。そしたらさ、村の、じーはんばーさん、学校行くこどもたちも、みんなどうにも出来なくなってた。お前が一緒にやるって、帰って来てくれたから、まだやれるって思って、……俺も頑張らなきゃって。

 これはいつのことだっただろう? 清継が、優しく美しい笑みを自分に独り占めさせて、「暁李は本当にいい子だね」と、甘い声で褒めてくれたのだ。

 暁李は優しいんだ、昔から……。背が高くなって、かっこよくなって、でも最初に会ったときからそれはずっと変わらない。暁李がいるから、尊が元気でいられる、尊が元気でいるから、朝陽も元気でいられる。みんなが元気だから、俺だって元気でいなきゃいけない。出来ることはなんでも一つひとつやって行こう、暁李が俺たちを支えてくれてるように、俺たちも暁李を支えなきゃ、暁李の笑顔の理由にならなきゃって思うんだ。

 ねえ、……ところで暁李は結婚って考えたことないの?

 そんな顔しないでよ。可愛いおよめさんと幸せになったらいいのにって思ったんだ。……まあ、この村にはそもそも若い女性がいないんだけどさ。

 これはいつのことだっただろう? ……ごく最近のことだ。

 おれは、兄ちゃんみたいになりたい、……でも、得意なことが兄ちゃんとは全然違うし、だから……、清先輩の手伝いしながら料理習って、もう少し大人になったら、清先輩に任せっきりじゃなくて、みんなのこと、おれがもっと支えられるようになりたいんだ。

 そうだ、これは、ほんの二週間前のこと。それまで早朝に事務所の掃除をしているなんて知らなかった自分を恥じて、いつもより更に一時間早起きをして、朝陽の掃除を手伝ったとき。

 おれは、だからさ、……暁李くんみたいにもなりたい。清継さんみたいにみんなのごはん作って、暁李くんみたいに会社の、まだおれのわかんない難しいこととかも出来るようになって、……もちろん、免許取ってバスも運転して。そうしたら、みんなにもっと楽をさせてあげられると思うから。

 彼らが笑顔でいるとき、ひょっとしたら俺も笑顔だったのかもしれない。

 妾は、良き夫を持ったのう。

 レヴィルヴィアがそう言って笑うとき、いつからか、自分も少し微笑んでいた気がする。はじめはちっとも嬉しくなんてなかったはずなのに、……それはきっと、確かなことだ。

 誰の笑顔も曇らせたくない。尊の、清継の、朝陽の、……そして自分の妻である小さな少女の顔に当たる陽が(かげ)ることがないように。心が冷たく乾いてひび割れてしまうことがないように。

 レヴィルヴィアが泣くなら、もう暁李は笑顔ではいられないのだ。そして、暁李に笑顔をくれたいとおしい人たちもきっと笑うことが出来なくなるのだ。

 だったら。

 膨らんだ青い光に向けて突っ込むとき、かなり確度の高い想像を暁李はしていた。つまり、これは自爆である、自殺行為である。レヴィルヴィアが叫ぶ声が聴こえた、清継が、尊が、何か言っている。彼らの未来、彼らの明日、彼らの、一時間後、十分後、……十秒後、を思ったとき、今更のように気付いたことがある。

 俺もみんなを笑わせて来たのだから、死んではいけないのではないか。

 俺には何の力もない、世界を変えることも出来ない、ただのバス運転手であり、ただの男だ。それでも俺の生きていることでみんなが笑うならば、こんなことをしてはいけないのではないか。

「そのようなことはしてはならぬ」

 誰かの声が、暁李の抱いた仮説を補強した。誰かの声、……誰の声だ、女性の声だ。とても高貴で、落ち着いて、尚且(なおか)つ強さを(まと)った、知らない誰かの声だ。

 やっぱり、と思い掛けたのは、青い光に身を躍らせる最後の一歩を踏み出したときだったはずだ。見えない壁にぶつかった、……壁、と呼ぶにはずいぶんと柔らかく思えて、もふん、というのどかな感触に受け止められた暁李の全身は、ぐぐぐと何かに深く埋もれて、それから穏やかに弾き飛ばされて、……どん、と尻から大理石の床に落ちた。

 それがほとんど唯一暁李が感じた、現実の痛みである。

「そなたは、レヴィルヴィアの婿であろう。生命を粗末にしてはならぬ」

 声が、した。誰の声だ、……どこから響いた声だ。

「暁李、暁李、暁李暁李暁李ッ」

 尻餅をついた暁李にほぼ悲鳴の声で名を呼んだレヴィルヴィアが飛び付き、抱き着く。暁李は呆然と尻の痛みを堪えながら、自分の身に何が起きたのかを解釈しようとして、……目の当たりにしてもなお、解釈不能な現実というものが存在するのだと知った。

 清継が、朝陽が、尊が、あんぐりと口を開け、言葉とはぐれていた。暁李の胸から顔を上げたレヴィルヴィアも、同じものを見て、「ぴゃ」と、なんとも間の抜けた声を漏らして固まった。

「愚か者め……、もとより大した男とは思うておらぬが、……ここまで愚かとは!」

勇者も目と口を丸く見開いている。それが暁李の目にも見えるのは、彼が手に膨らませていた青い光が嘘のように掻き消されてしまっていたからだ。

「ば……、ばかな……」

 レヴィルヴィアが呟く。

「馬鹿な……、何故……」

 威厳に満ちていた魔皇帝も狼狽えていた。

 尻尾を切られたチェルニィが、淡く黒い光の軌跡を描きながら見えない糸に吊られたように宙を浮遊している。切られた尻尾の付け根からはみ出た中綿が痛々しいが、そこに存在するのが何らかの生命体であることが疑えないという馬鹿らしさに、暁李はそれがいいものか悪いものか判らないなりに、とにかくこれは何らかの夢であると思わなければ脳のキャパシティを超えてしまう危機感があった。

 それにしては、尻が痛い。

「は……、は……、母上……?」

 レヴィルヴィアが呟いた。

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