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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
どことも呼べない場所、強いて言うなら虚無への旅
32/38

突入、そしてどさくさ紛れの

 飛来する無数の火の玉の一つが、暁李のすぐ脇を掠めて背後に落ちた。尊が構える光の盾によってそのほとんどは弾き返されて行き、火の玉の射手たちに向けて朝陽が次々に飛ばす光球は石造りの、「黄昏の城」の壁面に凄まじい勢いで激突し、野太い悲鳴が上がる。異世界の勇者を連れ戻すべく四人の男を連れたレヴィルヴィアの帰還は、城の兵たちからの思いもよらぬ総攻撃によって歓迎されることとなった。

「やめよ! やめよやめよやめよー!」

 レヴィルヴィアが声を上げる。彼女は必死に火を出したり水を出したり雷を出したり、それは彼女なりに必死にかつての部下たちを(いさ)めるための抵抗に違いなかったが、どれもこれもあまりに貧弱で、ほとんど何の役にも立っていない。

 考え違いをしていた。レヴィルヴィアはどうあれ、四人の男たちは言葉には出さず、しかし同じ思いを共有している。

 どこかで勇者との戦いは、「戦い」と呼ぶには相応しくないものであろうと高を(くく)っていた。とりわけその傾向は暁李と清継に強かったはずだ。だからこそ暁李は昨晩、二十四時間後を思って寂しがるなどということが出来ていたのだ。

 レヴィルヴィアはある意味では正しかった。

 そしてこうなると、暁李が全くの役立たずであるという事実は大きい。

「尊」

 清継が彼のベルトを掴む。「ちょっと苦しいかもしれないけど、我慢してね。暁李、ヴィヴィ、俺に掴まって。朝陽」盾を構える尊のすぐ背後で清継が声を上げた。

「その球、投げるの止めて。……それ、一旦溜めて、まとめてもっといっぱい出すことなんて出来る?」

「たぶん」

「じゃあ、……ヴィヴィと暁李で朝陽抱っこして」

「なに、なにをするつもりじゃ!」

 清継は冷静である。

「ヴィヴィのお父さんっていうのは、どこにいるの?」

「どっ……、え、ええと、ええとじゃな、そう、あの、謁見(えっけん)の間というのがあってじゃな」

「それはどこ?」

「あっ、あっ、あっち、城門を潜って、中庭抜けて、建物の中に入って、まーっすぐ行った先じゃ!」

レヴィルヴィアが指差した城門は鉄の格子が堅く下されている。 兵たちからの火の玉は、格子の向こうから放たれ、そして三階建てほどあるだろうか、城壁の上からも降ってくる。

 どこまでも冷静に、

「つまり、壁の向こうは庭園になってるんだね?」

 問う清継に、あわあわしながらレヴィルヴィアが二度頷く。

 清継の両腕が鈍い光を降り始めていた。右手は尊のベルト、左手でレヴィルヴィアを抱き寄せ、「暁李、早く」と招く。光球の射出を止めた朝陽を、レヴィルヴィアと二人掛かりで抱き締めた。

「行くよ」

「まままま待て待て待て、いくらなんでもっ……」

 悲鳴に近い声で制止するレヴィルヴィアがまだ見たことのない笑みを、清継が浮かべている。暁李はやや恐る恐るというか、遠慮がちな趣で彼の腰、細い腰、女性的な腰に腕を巻き付けた。

「ヴィヴィ、俺はね、高校のときは陸上部だったんだよ」

「なぬ……?」

 陸上部が何であるが、レヴィルヴィアにも判るはずだ。無論、この小さくて美しい人に運動が得意というイメージは持っていないはずで、ギャップに驚きもしただろう。清継が何をやろうとしているのか悟った上で、しかし、僅かばかりの救いを見出した気になっただろう。

 しかるに、暁李、だけではなく盾を構える尊も、笑いが込み上げるのを抑えなければならなかった。

「陸上部の、マネージャーだったんだ」

 ぐ、と小さな身体が一度沈み込む。彼の両手が、ジーンズとスニーカーの隙間に見える足首が、……のみならず、いつしか彼の全身が光を帯びていた。

「なんじゃそれはああああああ!」

 眩い光の塊と一つになって、暁李は空を飛んでいた。火の球を降らせていた兵士たちがあんぐりと口を開けている。「朝陽!」と、輝く光が叫ぶ。朝陽が蓄えていた光の球を一斉に解き放ち、兵士たちは光の雨に這々(ほうほう)の体で逃げ惑うばかり。

 豊嶋清継が陸上部のマネージャーになって、万年部員数の少なさに嘆いていた陸上部は一気に大所帯となり、地区大会ではいくつもの賞を獲った。剣道部の主将だった尊さえ「俺も陸上部に入りゃよかったかなあ」と呟き、新聞部だった暁李は陸上部の快進撃を文章で認め続けていたことを、昨日のことのように覚えているのだ。

「ずはああぁ……、び、びっくりした、びっくりしたぁ……、ひぬかと思うた……!」

 よく整った花壇が美しい、回遊式の中庭である。見たことのない鮮やかな青や黄色の花々が甘い香りを放っている。急激に光を(しぼ)ませて「さすがに重たかった」と腰を(さす)って清継は笑い、

「ヴィヴィ、あっち?」

 正面、重厚な扉を指差す。

「お? お、おお……、うむ、あそこに入って二階に上がればそこが謁見の間、……あの忌々しい勇者が踏ん反り返っておるはずじゃ」

 背後の兵士たちは今の清継の非常識な飛翔にすっかり戦意喪失の様子、異界の戦士たちに手出しする者はもはやない。

「じゃあ……、行こうか。……いい?」

 清継が、暁李に振り向いた。

「はい」

 暁李には迷いはなかった。迷う理由がなかった。勇者を、……父を連れ戻し、レヴィルヴィアがこれから生きて行く世界の道を定めなければならない。

 尊が油断なく盾を構えながら扉を開き、紅く毛足の長い絨毯が靴音を吸い込むホールを抜け、(きざはし)を上がる。こんなときでもなければじっくり観察してみてもいい、荘厳な内装の、石造りの城であった。

 謁見の間の扉を開いたところで、僅かに腹の底が震えた。高い天井、だだっ広い空間の奥が数段の階に寄って持ち上げられ、そこにレヴィルヴィアや朝陽と同じほどの年齢の少年が、憂鬱そうな顔で肘掛に頬杖をついて座っている。

 彼の身体に比して玉座は大き過ぎて、肘掛を使おうと思ったならば玉座の中心から左右どちらかに身を寄せなければならない。見事なまでのシンメトリーで構成された謁見の間に在って、少年の姿だけが少しく右に偏っていた。

 彼は尊を、清継を、朝陽を、……そして暁李を鷹揚に見とめて、

「懐かしい顔が、勢揃いして来たんだな」

 と、こどもの言葉としてはやけに気だるく言った。

 来たんだな、の「な」の後に、ほんの僅かに小さな「あ」が入る、聴いたことのないこどもの声の響きでありながら、そこにばかり微かな親近感めいたものを覚えて、戦慄したのは暁李だけではなかったはずだ。尊は「社長」として慕った相手の、そして清継は、かつての恋人の。

 ただ、歯軋りを強いられるほどの動揺を覚えたのは恐らく暁李一人であったはずだ。

 二度、レヴィルヴィアを除いた全員に疲労感のある視線を巡らせたすえに、

「暁李」

 と言ったとき、震えが走った。

 父は死んだのだ、と。尊からの連絡を受けた二年前、東京での夜、同時に入った悲し過ぎる報せが運んできた悲しみに覆われて、正常な感覚ではなかったのだと気付かされる。二年間に渡って機能することをやめていたのは、肉親を喪ったとき、肌や肉に、眼球に、肺胞に、爪に、心臓、自分を形成する要素の根拠が喪われたときに当然感じる痛みでなければならなかった。

 ほんの短い時間、思いを寄せた相手の腕一本ではない。自分の全てをゼロから作った相手が死んだのだ。

 自分を守り育ててきた男が、父親なのだ。

「暁李」

 名を呼んだのは、尊だった。油断なく盾を構え、清継をレヴィルヴィアを暁李を、……なにより、朝陽を背に庇って、

「つまんねーこと考えるなよな」

 低い声で言った。「あんなのが、お前のオヤジであってたまるか、社長さんであってたまるかよ。お前はとっくの昔に判ってんじゃねーか、……父親なんて、ろくなもんじゃねー」

 邪険な声だ、しかし、変声期前の少年勇者の声よりも、何故だか少しだけ、暁李の耳には温かいものとして響く。それが何故か、暁李は朝陽を見て理解する。

 尊には、守るものがある。守るものがある人間はもう既に、「父親」なる存在の庇護のもとにはない。傘から抜けて、冷たい雨を浴びて、しかし守りたく思うものが出来たとき、自分の身がどれほど冷えようともその誰かを守ることを躊躇いなく選ぶ。

 尊は朝陽を連れて家を出て生きることを決めた瞬間に、もう彼の父を永劫(えいごう)失う覚悟を決め切っていたのだ。

 守るべきものを背に庇い、尊が対峙するのは「社長さん」ではない、「暁李のお父さん」ではない。

 暁李にとっても、それは同じでなければいけない。

「当たり前の話だけどさあ」

 尊の言葉は広い背中を向けたまま続く。「社長さんとお前と、どっちか選べって言われたら、そりゃお前取るよ、そんなん決まってんだろ。あとでお前に恨まれるかもしれないって思ってても、俺、お前のこと好きだし、……先輩のことだって大好きです、先輩から大事なもん奪った人のことなんて、俺も暁李も、許せるはずないっすよね」

 いまのは、……暁李の身体は強張った。

 いまのは、清継に向けて放たれた巧妙な告白である。兄の中にそういう感情があることは百も承知の朝陽は何の反応もしなかったし、当然この男に思いを向けられていることに自覚的でいたはずの清継も取り立てて反応することはない。しかし暁李は黙っていることが難しく思われてならなかった。

 だっていまのは、尊から清継へ、はじめて「大好き」という言葉が向いた、はっきりと告白である、しかもわざわざ「好き」に留めた暁李への言葉と差別化まで計って!

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