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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
どことも呼べない場所、強いて言うなら虚無への旅
31/38

明日にはもう、別の世界に

「のう、……妾は、勇者を追い出したあと、父上に、それから周りの皆に、褒めてもらえるじゃろうが……」

 ぽんこつであったことは、この娘自身も認めている。魔皇の世継ぎとして生まれて来たのに、母以外に彼女を愛した者の存在も、結局伺い知ることは出来なかった。

「そなたたちは妾を受け容れてくれた……、しかるに、……のう、妾がろくすっぽ魔法を使えぬことは変わらぬし、……父上は、認めてくれるじゃろうか……」

 月の色した睫毛が震えていた。それは緊張ではなく、怯えであろうと思った。

 清継の父がどんな人物であるか暁李は知らないが、もはや手紙のやり取りもない様子で、美しい清継を持て余し豊嶋のばあさんに預けた時点で縁が切れているのだとしたら、あまり深く詮索することも出来ない。

 佐原兄弟の父は、兄弟のなりたちを振り返れば判る通りの人物である。

 暁李に至っては。

 それでも、暁李はこう言わざるを得ない。

「……お前の親父さんなんだろ」

 金色の、まっすぐな髪を、(あた)うかぎりに優しく撫ぜながら、「お前にさ、辛く当たってたのは、それだけお前に期待してたからだろうしさ。……お前が違う世界から俺らを連れて来て、勇者を追い出すことなんて、お前の親父さんは想像してなかっただろう。だからきっとびっくりするよ」

 そうあって欲しい、本来そうでなければいけないから、暁李は言う。しかし、レヴィルヴィアの表情は清継が同じ言葉を彼女に聴かせるときほどは晴れなかった。眉間に浅いしわを寄せたまま、それでも微笑んで、

「……妾の夫は、優しいのう」

 言うときには、強い寂しさを覚えてしまったことを、レヴィルヴィアは隠せない。

 勇者を城から追い出したのち、この少女が再び不遇の時を過ごすことがあってはいけない。

 しかしそれは夢から覚めたあと、夢の行方を云々するがごとき無意味なことである。レヴィルヴィアの側に暁李たちがいない時間こそ、そもそも彼女が望んだ未来なのだ、勇者が誰であるか判ったその瞬間、首に縄付けてでもあの男を連れて帰ることが、暁李たちにとっても願いとなったのだ。

 寂しさは人生の節目に訪れる通過儀礼のごときもの。言うなれば卒業式。暁李の人生でこの少女が「妻」であった時間は、振り返ったときにはきっと一瞬で、この異世界での体験も泡沫の夢に変わる。

 それでも、

「大丈夫だよ」

 二十七歳の記憶と十代の少女のそれとでは、重さはずっと違うはずである。

「お前はぽんこつじゃない」

 目をまんまるに見開いて、レヴィルヴィアは暁李の目を覗き込んだ。近距離で真正面から見詰められることには慣れていない。目を逸らすことで嘘っぽく見えてしまうことを懸念して、真っ直ぐ見詰め返した。今度は芝居掛かって見えてしまうだろうかと不安が過った。

「お前の作った動画は、たくさんの人が見たんだろ、お前のファンになったんだろ。……あんなの、こっちの世界の誰にも出来ないことだ、……俺たちにだって出来ない。ああいうのは、俺は、頭がよくなくちゃできないと思うし、だから、お前は本当は頭のいいこどもなんだ」

 言葉を選びながら、……精一杯に。しかしこんなことしか言えないのだから、暁李は自分が頭のよくない大人であることを認めないわけにはいかなかった。

「んぐうぅ……」

 暁李の肩に額を当てて、レヴィルヴィアは唸った。

「ぐう……、ならぬ、ならぬのじゃ……、そのようなこと、申してはならぬ……。明日のいまごろにはもう、きっとそなたはおらぬのに……、そうでなければならぬと判っておるのに……」

 こういうとき、レヴィルヴィアはとても幼くなって、ことによっては「人間」よりもそれこそ「猫」に近くなる。頰を、鼻を擦り寄せることで、相手に自分の存在をアピールし、彼女自身は相手の体温や感触を味わうことで心の安寧を図ろうとしているのだろう。小さな島国とは言え、貴人である、誇って在るべき魔皇女である。

 しかるに、まだまだ彼女は幼い。

 レヴィルヴィアの前途を思う。魔皇帝なるものは、勇者を排斥したレヴィルヴィアを見直すはずだ、……そうであって欲しい、そうでなければならない。いかに彼女が上手に魔法を使えない子であったとしても、こうして異世界から四人を連れて来た。四人は間違いなく勇者を連れ戻す。であれば、レヴィルヴィアは評価されなければいけない、絶対に。

 暁李はレヴィルヴィアが、知恵と勇気を総動員して暁李に向けてある言葉を口にしないでおこうと決めていることは判っていた。

 すなわち、「そなたはこちらへ残れ」と請うことは決してするまいと、レヴィルヴィアは固く固く自分に強いている。

 それを言われた暁李がどれほど困るかを彼女はきちんと理解しているからだ。それでもまだ、幼い少女は、……誰に言われるまでもなく、そもそも彼女自身が自分を「ぽんこつ」だと思ってしまっているレヴィルヴィアには、こうして暁李から温もりを得ることをやめられない。彼女が言ったように二十四時間後、彼女がこうして座る膝はこの世界のどこにも存在しない。

「……猫の……、ぬいぐるみ。『チェルニィ』か、あの子がいるだろ」

 暁李は縋るように、言わなければいけなかった。「長いこと独りぼっちにしてたんだから……、きっと、お前のこと待ってるぞ」

 レヴィルヴィアが鮒月に降り立った夜、暁李をチェルニィと同じぬいぐるみであると定義したことを、よく覚えていた。あれから、……レヴィルヴィアが朝陽を怒らせたあの夜を除いて全ての夜、暁李は彼もしくは彼女の代役を務めた。レヴィルヴィアはどの夜もぴったりと暁李の背中に寄り添うことで安眠を得たし、ある頃から暁李もその温もりを心地よいものと思っていたことを認める。鮒月とは比べものにならないほど温暖なこの地の夜ではあるが、今夜も二人はそうやって寝るのだし、明日の夜、静まり返って寒い部屋で、自分が無意味な寝返りを何度も打っては、隣に体温のないことを確かめてしまうことは、もう暁李の予定の中にあった。

「……覚えておったのか」

 もちろん、と頷いて、

「お前は一人じゃない」

 暁李の肩で拭って、それでも残る涙の跡を、指で撫ぜた。この世で最も美しい肌をしているのは、豊嶋清継だと思っていたのだが。

 頷いたレヴィルヴィアの瞳に小さな光が灯っていた。

「んむ……、妾は……、負けぬ」

「負けないためには、ちゃんと寝て明日に備えよう」

「うむ、わかっておる。……しかし、もう少し、その、ベッドで横になりながらでもよい、もう少しそなたの顔を見ていたい、そなたの声を聴いていたいのう」

 えらく望んでもらえるものだ。そう笑ったら、レヴィルヴィアは案外に真面目な顔で、

「そなたは妾の夫ゆえ」

 凛と返した。夫らしいことは何も出来ていないし保護者としてもどうだったのかと反省する気持ちもある。二十七歳ってガキなんだなぁ、とつくづく考えさせられる、いい機会であった。

「明日の晩からは、チェルニィのこといっぱい可愛がってやれ」

 蝋燭の灯りを消して夜が染み渡った部屋のベッドの上、二人で向かい合って横たわった。

 世界が九十度横転する。

「そなたは大人ゆえ、……ぬいぐるみなど持っておらぬのじゃろう」

 いいや、持っている。暁李が首を振ると、レヴィルヴィアは心底から意外そうな顔をした。

「……お前のチェルニィと同じだよ。覚えてないぐらいガキのころ、お袋が買ってくれたんだ」

「ほう……、見ておけばよかったのう」

 この子が転がり込んできた夜、自分と一緒に寝ると言い出した少女に当てがってやることが一瞬頭を過ったことは覚えている。しかし、長らく押入れの中に眠らせたままであるから、きっとくしゃみが止まらなくなっただろう。

「馬のぬいぐるみだった」

「馬。……熊ではなくて」

「そう。生まれたときからずっと側にあった。……そうだな、大きさは猫よりも大きい」

「えらい図体じゃな、……いや、馬と考えればそれでよいのかも知れぬが。して、名前は?」

「馬。……そういう名前」

 小さい頃はその「馬」を抱いて寝ていたのだ。やがて当然のように、自分は男の子だからとそういう時間に終止符を打った。それでも辛いことがあった日の夜には、そっと持ち出して、暗い部屋の中心に据えられたベッドにて、馬に語りかけて痛みが和らぐのを待った。

 レヴィルヴィアも知っての通り、暁李の母は暁李が中学二年のときに病気で亡くなった。暁李は父に似たのかこの通り、細身ではあるが頑丈で健康な肉体を有するが、母はとても小さな人だった。

 それでも身長を追い越すより先に死ぬことはなかっただろうと思うのだ。

 とても心配症で、ちょっと強い風が吹けば家が潰れる、大雨が降れば川が溢れて村が沈む、台風など来ようものならもう、一人で精一杯おろおろしている人だった。もちろん彼女が最も心配していたのは一人息子の暁李のことである。ちょっとテストの点が悪かっただけで、未来が途絶えたかのごとく嘆き悲しみ、馬連内の知り合いに東京の大学を出て役所勤めしているのがいるから土日はそこへ通いなさいと言ってくるほどで。……次のテストでは死にものぐるいにいい点を取ったのは言うまでもない。

「アルバムで見た、あの美しい母君じゃな」

「まあ……、美しいかどうかは個々の判断によるだろうけど」

「とても優しい目をしておった。お顔も、そなたとよく似ておったのう」

 レヴィルヴィアは言い、「妾の母上もとても美しかったのじゃ」と付け加えた。それは目の前の少女の顔を見れば判る。

「……お袋はさ、死んだとき、お腹に俺の弟か妹がいたんだ。家族が増えるかと思ってたら、逆に減った」

 浮かべた苦笑に、闇に溶かしきれない痛みが混じったところを見たのかも知れない。レヴィルヴィアは痛みが伝染ったような顔になった。

「お袋が、ほんとにもう、人ってこんな簡単に死ぬのかってぐらい、あっけなく死んでさ。悲しいっていうか……、なんだろ、やっぱりまあ、しんどい、どうしようっていうのが大きくってさ。そのころ、夜になると馬を引っ張り出して、……別に何するってわけじゃないんだけど」

 滑稽な絵面であろう、ということは当時の暁李自身も自覚していた。だって男子中学生がベッドの上、馬のぬいぐるみのことを辛気臭い顔でじっ……、と見詰めていたのだ。

 同じことを、暁李は二年前にもした。父が死に、清継が右腕を失ってから間もなく。東京に戻り、誰にも相談せず会社を辞め、引き払うことに決めた部屋の真ん中で、馬と向き合った。そのとき、甘いようではあるが、母の存在が念頭になかったと言えば嘘になる。

 もはや独りぼっち、そしてこの先果てなく続くのは償いの道、誰にも励ましの言葉なんて期待しないで生きなければならないと思ったとき、その「馬」だけは少しばかりの慰めになってくれたのである。

 なお、「馬」は全身綿が詰まり、パイル地でふにゃふにゃしていて、だからこそ幼いこどもには可愛いものであるが、大人となって久しい当時にはずいぶんと頼りなく見えてしまったのであるが……。

「しかし、そなたは決して独りではないのう、……無論、妾にもチェルニィがおるゆえ、独りではない」

 レヴィルヴィアの手が暁李の髪を撫ぜた。暁李の手も、レヴィルヴィアの髪を撫ぜた。少女の髪にこんなふうに触れることはもうこの先一度もないだろう、だから、この感触を忘れたくないと願いながら。

「チェルニィは、ずっと妾の側に、物も言わずにいてくれた。しかしのう、チェルニィには母上の言葉が詰まっておる。母上は、とても美しくて、優しくて、……ほんとうに、早くに亡くなってしもうたことが惜しまれる……、母上はきっとそなたと仲良しになれたし、……妾がこんなに立派な夫と結ばれたことを、きっと自分のことのように喜んでくれていたと思うのじゃ……」

 レヴィルヴィアが言うほど「立派」とは思えないし、多分「こんな馬の骨」と叱られていたに違いない。だって魔法が得意でないレヴィルヴィアと比べたって、魔法が全く使えない暁李はだいぶ価値がない……。

 それでも、暁李はこの異世界にこの少女を産んでくれたその女性を好きだと思った。今でもレヴィルヴィアの心を支え、最愛の友人であるチェルニィを与えた人。

 明日にはこの世界を離れる自分の代わりに、どうか、これからもずっと、レヴィルヴィアのことを見守っていてください。

 眠たげな目を微笑ませて、

「……妾は、のう、妾は……、暁李、そなたのことがだーい好きじゃ」

 言う、愛しい妻のことを。

仮令(たとえ)住まう世界が違おうとも……、妾はそなたのことが、ずーっと、ずーっと、大好きなのじゃ……」

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