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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
どことも呼べない場所、強いて言うなら虚無への旅
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鮒月バス、虚無への旅立ち

「まもなくー、終点、営業所前ー。皆の衆忘れもの落としもののなきよう気を配るのじゃ! バスがちゃんと停まってから席を立つのじゃぞー」

 レヴィルヴィアが声を上げた車内に客はない。最終の鮒月駅発営業所行きはいつもこうであるが、それでもレヴィルヴィアは最後まで自分の仕事を全うした。いろいろと抜けたところはあるが、このメイド服の少女は少なくとも仕事に対しての姿勢という点では、朝陽に負けずとも劣らない、真剣なものを貫き通したのだった。

 少し前、三月十二日にバスを全面運休する旨を村内に周知するにあたり、この「車掌さん」の乗務も三月十一日金曜日の運行で終了することもアナウンスしてあった。元々こんな正体不明の、なおかつ就学年齢にある金髪幼女が「ホームステイ」という言葉でごまかしながらも年明けからずっと存在したことに無理があるのであって、「国に帰る」という形容は周囲に納得してもらいやすいものではあったろう。それでも昼間、主に午前中は老人たちから「身体に気を付けてねえ」「達者でやるんだよう」と声を掛けられ、通学帰りのこどもたちからは「また来てね」「こんどはいっしょにあそぼう」と言われていた。これは暁李にも心温まる光景であったのだが、レヴィルヴィアの「魔皇女ちゃんねる」を観ていると言う児童が多かったことには驚いた。スマートフォンで一緒に写真を撮ったり、握手をしたり……。これは尊が教えてくれた(正確に言えば、朝陽が教えてくれたことが尊の口から発されたのだろう)ことだが、

「ああいう動画の配信で稼ぐ人、こどものなりたい職業の上位に来るらしいぞ」

 らしい。村立小学校の児童たちにとっては、自分とさほど年齢も変わらないのに車掌さんの仕事をして、動画の配信までしているレヴィルヴィアは、どうやらちょっとしたアイドルなのである。

 ともあれ、こうしたやり取りが行われるに至ったのは、メイド服の車掌さんとしてのレヴィルヴィアが村に馴染んでいた証左であり、そうした言葉を貰うたびに感激して目を潤ませているレヴィルヴィアを見るのは暁李としても悪く思えるものではなかった。

「お疲れさん」

「んむ、そなたも」

 バスを寝かし付けて、精算と事務作業を手早く片付けて、……明日、ではなく今夜から家を空けるので、しっかりと戸締まりをする。出発を半日早めたのは、レヴィルヴィアと暁李の一致した提案であって、

「向こうに着いてバタバタするのは嫌だし、俺たちが得た『力』をしっかり使いこなせるように準備するのも大事だ」

 今朝そう言った暁李に、清継は反対しなかった。レヴィルヴィアによれば、小さな島国である「黄昏の国」は、彼女の生まれ育ち、今は「勇者」の手に落ちた城を中心にささやかな街が広がり、そこから数キロ離れたところに彼女が幼いころからよく遊びに行った小さな漁村がいくつもある。城下町では勇者の息の掛かった者たちに見咎められる懸念があるが、漁村では落ち着いて準備を整えることが出来るだろうということで、今夜はそうした村のどこかの旅籠に泊まることになるだろう。「そこに泊まる金は?」と問うたのは尊、「パジャマとかパンツとか持ってかなきゃ」と現実的な考えを巡らせたのは朝陽。

「金は……、むう、しかたあるまい、妾のおこづかいでどうにかしてやるゆえ……、そこんとこはちゃんとあとで妾にありがとうを言うのじゃ。でもって、朝陽、服は向こうで調達したほうがよい。黄昏の国の民たちにも少なからずそなたたちのような髪や肌をしたものもおるが、服装は悪目立ちしてしまうじゃろ。まあ、パンツや靴下ぐらいは自前のものを持って行くに越したことはないが」

 暁李はレヴィルヴィアの「おこづかい」というものに少々不安を覚えた。何せぽんこつである。どの程度の役に立つものか、……いや、宝石貴金属の類はどこの世界でも共通の価値を持つはずだと思って、暁李は今朝のうちに荷物の中に、母の遺した指輪やネックレスをこっそり詰めた。形見はもっと別なものがたくさんある……。

「おお、……おおぉ、なんというごちそうじゃ……!」

 最後の晩餐、食卓にならんだ料理の数々に歓声を上げた。主賓である彼女が帰ってくるまで佐原兄弟も箸を付けなかった料理、……鶏の唐揚げに、かぼちゃの煮付け、そしてきんぴらごぼうになめこの味噌汁。

「ごちそうかなあ……」

 レヴィルヴィアにリクエストされるままに今日の献立を仕上げた清継は苦笑する。彼は「……本当にそんなのでいいの?」と何度も彼女に確認したのだ。例えば彼女は「きんぴらごぼう」という料理名を覚えていなくて、「ほれ、あったじゃろ、あの、ほそーく切った、木の枝みたいなのと、にんじんの……」「木の枝」「先輩が木の枝作って食べさせるわけがないだろ」「うー、だって、名前判らんのじゃ……、あまっからくて……」というやり取りがあった。なめこに至っては「まるくてにゅるにゅるしたもの」という形容で、今日の昼過ぎになって「これじゃない?」と朝陽から画像の添付されたメールが送られてきた。こどもの発想力は柔軟であって、この献立を「ごちそう」と捉えるのも、また自由度の高いことであると言えよう。もっとも、これまで日々腕をふるい、本当の意味で「ごちそう」と呼べるものも幾度か作ってきた清継は少々釈然としない気持ちでいたようだ。

 楽しくほのぼのとして、もちろんとても美味なる晩餐はあっというまに終わった。清継、佐原兄弟、そして暁李とレヴィルヴィア、三グループに分かれて風呂に浸かって、

「では……、そろそろ行くとするかのう」

 髪を乾かしたレヴィルヴィアが言った。

「先輩、そのカッコ寒くないすか、マフラーもしてったほうがいいすよ」

「大丈夫だよ、だってヴィヴィの国は暑いんでしょう?」

「そうかもしれないっすけど……。朝陽、お前ちゃんとトイレ行ったか」

「行ったよ」

「向こうでちゃっと行けるとこにトイレあるかどうかわかんないぞ」

「行ったってば!」

 緊張感に乏しい。まるで、ちょっとした日帰り旅行にでも行こうとしている庶民のグループである。外階段を降りて、徒歩で向かうのは営業所の裏にある空き地である。かつては小さな商店があって、鮒月バスの寮の部屋が埋まっていたころには繁盛していたということだが、暁李が中学に上がる前に潰れてしまった。当時から社員の数は減少にあったし、尊の父が自身の商売(がたき)である店を、どれほど小規模なものであれ放っておくことはなかったのだ。

 転移の魔法には広い場所があったほうがいいのではないか、というのが暁李の判断である。一昨日の、和毛山と部屋との一往復でもずれが生じたのだ。空間的に多少の遊びがあったほうが、きっと安全に違いない、と。

 そなた、妾の力をだいぶ見くびっておるのう……。

 レヴィルヴィアは憮然としていたが、社員の身を預かる者として、万が一の事態を考えるのは当然であるし、誰かが怪我でもしたなら、それこそレヴィルヴィアはずいぶんと気に病むだろう。ああ見えて、責任感の強い子であるからして。

「では……、これから転移の魔法を行う」

 レヴィルヴィアは実際、少しく緊張している様子であった。普段通りのメイド服の彼女は、四人の男をひとわたり見回して、

「……初めに言っておくぞ。妾は、時間空間の魔法については、他の魔法より少しは得意じゃ。事実こうして、……『勇者』との戦いに助力してくれる者を探すに当たって、勇者の生まれ育った村、勇者と縁あるそなたたちのいるこの村に、きちんと飛んでくることが出来たのじゃ」

 まあ、その割りに「なにゆえ誰もおらぬのじゃー」とべそをかいていたのであるが。

「しかるに、……しかるに、じゃ。妾はここだけの話、これほどの大人数の人間を飛ばしたことは一度もない!」

 ぺったんこの胸を張って言うようなことではない、断じてない。唖然としたのは暁李と佐原兄弟、清継は穏やかに微笑んで、

「大丈夫」

 と言うのだ。「ヴィヴィなら出来るよ」

 レヴィルヴィアは大いに満足げに「うむ! 妾には出来るとも!」と、他者根拠の自信をみなぎらせる。

「ただ、そなたたちにも協力してもらわねばならぬ。何せこれだけ大人数を運ぶのは初めてのことゆえ……、そなたたち全員、近う寄れ。そんでもって、全員手を、……肩を組むのじゃ、ぎゅーっと」

「肩を?」

「そう。全員で一つの小さな輪になるのじゃ。これぐらいの範囲ぐらいならばきっと全員ばらばらにならずに『黄昏の国』へと運ぶことが出来よう」

 手、から、肩、と言い換えたのがレヴィルヴィアらしかった。「っひゃ」と尊が声をあげたのは、清継の左手が自身の右肩に絡んだからで、尊は慌てて清継と朝陽、それぞれ彼ほど背の高くない二人のために背中を丸める。朝陽の左腕は、レヴィルヴィアの右腕とクロスしてしっかりと絡んだ。

 レヴィルヴィアの左腕と、暁李の右腕も。

 そして、暁李は左腕をしっかりと清継の細いうなじから左肩へと回した。

「うむ。……では、……よいな。そなたたちは、それぞれの『力』を思い描くのじゃ。そなたたちは何を欲する? あの『勇者』は、大それたことを願い、それを全て手にしたのじゃ。しかるに……、恐れることはない! そなたたちは……、そなたたちこそは、妾にとって真の勇者であり、……そして」

 レヴィルヴィアの、腕が、……身体が、熱い。

 それは彼女と肩を組んだ朝陽にも伝わっただろう。

 その熱が、自分の半身に伝導し、……そのまま清継へ、尊へ、伝う。

「そなたたちは……、妾が心の底から欲しいと望んだ……」

 レヴィルヴィアの言葉を最後まで聞き取ることは出来なかった。靴底に妙な感覚を得たとき、ほとんど瞬間的に暁李は、他の三人の男たちも自身の身体が宙に浮き上がっていることを自覚しただろうし、「わあ、わああっ」朝陽が声を上げた……。





 身体がぐにゅんと、流体化した。伸びて、縮んで、大きくなったり小さくなったりしながら、……どこ、とも定義できない空間をしばし通過した気がする。目が回る、……目が回る、どこが「目」であり、そもそも球体と化した肉体に三半規管が備わり正常に機能しているかどうかも全く覚束ないのだが、暁李はそう考えた。いや、それは暁李が考えたことだったのかどうかさえ判然としない。彼の思考、らしきもの、はほとんど左隣の清継が、その向こうの尊が、更にその向こうの朝陽、そしてレヴィルヴィアを介して自分に戻ってきた感覚があって、レヴィルヴィアを除く四人の男の思考は同一のものであったとして不思議はなく、つまり暁李は、自我なんてものはもう存在しなくて、全員で一つの意識を共有している、自分はその大きな塊の端っこをかじっているだけなのだ……、という考えが最も妥当であるかに思われた。そういう時間は無限に思われるほど長く長く続いて、しかしその瞬間が訪れたときには、まばたき一つで全て済んだかのように感じられた。





 全員の身体がばらばらに解けていた。暁李は仰天していた。ついぞ見なかった眩く清らかな蒼穹、……雲一つない。遠慮がちな波音の狭間に、「んう……」と朝陽が唸った声が聴こえる。何故だか、うたたねに気付いたときに感じるものにも似た気まずさが浮かんで、寝てなんかいませんでしたと、誰に断る必要もないのに身を起こして居住まいを正す。

 砂浜、のようである。

 朝陽が身を横たえて、親指をしゃぶっている。普段の大人びた所作からは意外だが、幼いこどものしぐさはほほえましく愛らしい。尊は文字通り大の字で、もう目を覚ましているのだが、眉間にシワを寄せて、口許は不平を言う形である。レヴィルヴィアは身を起こしているが、捲れているスカートを直す余裕はない。そして、清継は頭かどこかが痛むのか、顔をしかめて手のひらを額に当てている。レヴィルヴィアは彼の顔をじっと見ているのだと暁李は気付いた。

 とても、……とても暑い。着て来たセーターをずるずると脱いでもなお足りない。太陽光線が強烈で、その圧に朝陽も目を覚ましたようだ。

 全員、ひとまずは無事である、よかった……、と結論を出した瞬間、強烈な違和感を覚えた。尊が「あっち……、めっちゃあちぃ……」と言いながら身を起こし、朝陽ともども、上着を脱ぐ。二人も、これはもう癖のようなもので、自然と清継に視線を向けた。

 同時に、大きな声を出してしまいそうになったのだと思う。揃って口に脱いだ服を当てた。そういうところは、血の繋がりは薄くともさすがに兄弟である。

「キヨ」

 メイド服のスカートにシワを作ったレヴィルヴィアが、ふらつきを堪えるように踏ん張って立ち上がる。彼女は十秒近く何かを言いかけてはやめる、ということを繰り返したあげくに、弱りきった顔で暁李に振り返る。その暁李にしたって、彼女同様に途方に暮れた表情を浮かべているのであるから、彼女は大いに失望したのではないだろうか。

「……時差があるんだね」

 清継がゆっくりと立ち上がった姿を見て、……その美しさはいつもの通り。暁李が陥った球体化の感覚を彼もまた有しているとしたら、頬がいつも以上に白いのは、少し酔ったのかも知れない。深呼吸をして、「ヴィヴィ、今はこっちでは何時ぐらいなの?」と問う。

 レヴィルヴィアはまだ答えられない。

 誰かがそれを、指摘しなければいけないのだと思いながら、それを誰ひとりとして口に出せない。暁李は暁李で、いまだ言葉からはぐれていた。

 全員が、何らかの力を望んでここへ来たはずである。今のところ尊が、朝陽が、どんな力を望んだのかは判然としない。だが、ただ一人清継だけは、彼が何を望んで世界の境界線を越えたのか、一目瞭然。

「キヨ……、おお……、そなたは……」

 レヴィルヴィアが危なっかしく膝を震わせて、彼に歩み寄る。砂にパンプスを取られて、バランスを崩した。

 少女の身体を、豊嶋清継は両手で優しく抱き留めた。

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