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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
どことも呼べない場所、強いて言うなら虚無への旅
25/38

いつからか夫婦だった

 しゃがみこんでめそめそ泣いているレヴィルヴィアを暁李が発見したのは、彼が待たされた場所から三百メートルほど離れた森の中であった。「得意」を自称していた転移の魔法であるが、そもそもぽんこつの自負を真に受けるほうがどうかしていた……、と暁李は溜め息を吐いた。

「部屋にはちゃんと行けたのか」

「んむ……、地図も、ちゃんと、ここに。しかるに、うう、戻ったら暁李おらんのじゃ、心細うて心細うて死ぬかと思うた……」

 こんな少女に託して「異世界」へ行くことなんて本当に可能なのだろうか。どこかとんでもない、宇宙の果てにでも飛ばされて即死してしまうのではないかという危惧が頭を過ぎる。この話はきちんと先輩に伝えておくべきだろう……。

 さて、彼女の手から受け取った地図、確かに清継の字である。レヴィルヴィアが家に向けて飛んで行った場所からは目と鼻の先であったようだ。やれやれとぺたんと雪の上に膝をついたレヴィルヴィアに「ほら、立て」と手を差し出すと、男児のようにぐいと腕で顔を拭った少女は暁李の手をしっかり握る。小さな手であった。

 地図を逆さまに見ている少女の手を引いて、来た道を戻り、清継の字で「めじるし」とわざわざ平仮名で書かれた通りの石積みを見つけて、確かに一人分だけの幅で踏みしめられた森の中の小径(こみち)を辿った先。

 視界が開けた。

 暁李は自分の足元に湧いた湯溜まりを、信じがたい思いで見つめ、しばし呆然とした。

「これは……」

 レヴィルヴィアは無邪気に目を輝かせている。「風呂じゃな!」

 傾斜地の森林に湯気が白く()う。斜面の、もっとずっと上のほうから流れ出ているらしい。暁李は視線で探ってみたが、源泉を見いだすことは叶わなかった。恐らくある程度の高みから高温で湧き出ているものが流れ流れてここに溜まって出来たのだろう。湯溜まりから(あふ)(こぼ)れたものはどこへ行くのかとまた視線で追っていくが、これも森の中へとうねりながら消えていく。やがては鮒月湿原の片隅に落ち零れるのだろう。地中を潜行する気配だけは(うかが)わしめる龍か蛇の類が、気まぐれにこの場所でその片鱗を覗かせているかに思われる。

「おわっ……、さ、暁李!」

 靴を濡らさぬように気を付けつつも、興味津々で色々な角度から湯気濛々(もうもう)たる湯溜まりを眺め渡していたレヴィルヴィアの声に我に返って、……暁李も思わず声を上げそうになった。

 湯溜まりの向こう側は、森が途切れているのだな、という解釈が早計だったことを知る。

 湯溜まりの縁から数メートル先の向こう側は、崖であった。レヴィルヴィアが「あわわわわ」などと口走りながら結局靴を濡らして暁李に駆け寄り、腰にしがみ付いた。

 清継は和毛山で温泉を見付けたことなど、ただの一度も話してはくれなかった。彼が一体どうしてこんなところを見付けるに至ったのか、暁李にはまるで解が浮かばなかった。

「妾どうも高いところは苦手じゃ、お股のところがすんすんするでのう……。しかし、なにゆえキヨがタオルを持って行くよう言ったのかがこれでわかったぞ!」

 レヴィルヴィアが笑顔を取り戻して、靴を脱ぐ。スカートを捲り上げてタイツを下ろす。

「……何してるんだこんなところで」

「知れたこと。そこに風呂が湧いておるのに入らずに済ませるわけには行くまいよ! 撮影は後じゃ、ほれ、そなたも何をぼけっとしておるのか。キヨの教えてくれた特別な湯に浸からないで帰るつもりかえ」

 レヴィルヴィアは、こどもである。

 しかし、大前提として異性なのである。ただ、彼女の中ではそのことはさほど重要ではないらしい。こちらの世界に来たばかりのころから、すぐ側に暁李がいようと平気で服を脱ぐ。妾は着替えをするのじゃ、この肌を異性に(さら)すことの一体何がいけないのかと思うような女児を側に置くことは、苦労以外の何物でもなかった。

 顔を背けているのが精一杯の抗いである。とうとうすっぽんぽんになってしまったレヴィルヴィアは、暁李の足元で手のひらを湯に浸して、「ほほう……、妾好みのぬるめの湯じゃな。ンフフン、ゆったりたっぷり温まってくれよう」などと(うそぶ)く。

 暁李はこの湯に清継が浸かる姿を想像した。清継は、……東京出身だから、というところに理由を求めるまでもなく、上品で行儀のいい人であるから、

「ンニャッハー! いい湯じゃのう!」

 この粗野な魔皇女のような真似をするところがどうしても想像し難い。しかし、レヴィルヴィアにこの湯に浸かることを勧めた以上はこの湯の浸かり心地に信頼を置いているに違いなく、その根拠は自身の経験であろうことは当然導き出されよう。

「のう、そなたは浸からぬのか」

 温泉というものに興味がないわけではない。いや、この国の人間である以上は大好きである。愛していると言ってもいい……。

 結局のところ、暁李は温泉の魅力に負けたのだ。清継は、暁李が温泉に浸からないまま帰って来たとレヴィルヴィアに言われれば「もったいない」と呆れた顔になるに違いない、という想像も働いた。レヴィルヴィア一人が浸かるには広過ぎてもったいない……、これは単なるいちゃもんの域である。

 裸の男が背中を向けて浸かっても、レヴィルヴィアは全く頓着した様子はない。

「はー……、家の風呂も悪くはないが……、これは格別じゃのう……。さすがキヨじゃ……」

 手足を伸ばして半ば浮かんで(くつろ)いでいる。一方で暁李は膝を抱えて溜め息一つ、「お前ぐらいの歳で混浴なんてするもんじゃない……」と苦い声で呟いたが、レヴィルヴィアにきちんと届いた実感はない。

「妾が城で暮らしておるときには、幾人もの従者が妾の身体を洗ったり拭いたり……、みな妾よりも歳上で、そなたぐらいのが多かったかのう、男も女もない、それがあやつらの仕事ゆえな。どうじゃ驚いたか、いまでこそバスの車掌さんをやってはおるが、 元は『姫』と呼ばれておった妾よ」

「驚きゃしないけど……」

「無論、こちらへ来た以上は、そなたは妾の従者ではないし、身体を洗わせようとは思わぬがな。……逆にそなたの身体を洗うのは、妾よりも大きくて骨が折れそうゆえ遠慮したいが、こうして共に風呂に浸かるぐらいはよかろう。なにせ、妾とそなたは夫婦じゃからのう」

 レヴィルヴィアが気にしていないのに、自分が意識しているのはなんとも馬鹿らしいことのように思えてきた。例えばこうして浸かっている相手が清継だったなら……、暁李はとても平常心ではいられまい、というか、「入ろうよ」と誘われたとして、どんな無茶な言い訳をしてでもそれを固辞するに決まっていた。

 そう考えれば、レヴィルヴィアぐらい何だ。ちんちくりんのつるぺったん、極端な言いかたをしてしまうなら、朝陽と何が変わるものか……。

 そう言い聞かせて、身体の緊張を解いた暁李の背中に、ぴったりとレヴィルヴィアが身を寄せた。

「……のう、暁李?」

 あたりを憚《はばか》るように、いつもは考えなしに大きくしがちな声のヴォリュームを絞って、「これは、内緒のことじゃ、……誰にも、キヨにも申してはならぬぞ」と緊張感を伴って、言った。

「妾はのう、こちらへ来て、いろんなことを知った気がするのじゃ。……これまで城の中からあまり出ることもなく、もちろん仕事などというものは、……あの憎たらしい勇者が来て茶汲みや掃除はさせられておったが、それで誰かに褒められたり、感謝されたりしたことなど一度もなかった」

 んしょ、と少女はせっかく暁李が背中を向けてやっているのに、わざわざ身体の前まで回り込んできて膝に(またが)った。そうすることに何の遠慮もない、そうしたいからそうする、こどもの振る舞いである。傍若無人は、やはり「姫」と呼ばれることに慣れた少女特有のものなのだろうか。

 しかし、

「仕事というもの……、こちらに来るまで、妾は少しも楽しいとは思わなかった。しかるに……、のう、いまは、そなたたちといっしょに働くのが、とても楽しいのじゃ」

 にっこりと微笑む相貌には邪気のかけらもない。この少女が言動とは裏腹に優しい心根をしていることはもう、知ってしまった。この少女は寝る前に暁李の前にぺたんと座って、髪を撫ぜてもらうのが褒美であると、……清継が(つむ)ぐ感謝の言葉と同じぐらいに欲しいのだと、知っている。

 こどもではない暁李にとって、面と向かって言うのは恥ずかしい。しかし、苺の色をした瞳を甘く微笑ませたレヴィルヴィアはきっと、無意識にそういう言葉が貰えるのだと期待しているのだ、夢見ているのだ。

 恐らく、一ノ瀬暁李がこどもに優しい言葉をかけてやる機会はこのときを逃せばないはずであった。昨晩のよりは、上手く言って聴かせてやってもいい……、これが、ラストチャンスだと思えばこそ。

「お前は……」

 温かくて湿っぽい金色の髪に、そっと、手のひらを乗せて、 

「おりこうさん、だった」

 不器用に言う。「……お前は馬鹿で、不器用で、軽率で、あと、ちょっとワガママなところもある……」

「んぐっ……! 撫で撫でしながら悪口申すでない……!」

「最後まで聴けよ。……お前は、そう……、つまり、すごくぽんこつなんだと思う」

「最後まで悪口を聴かされることになろうとは!」

 それが当然の権利であるとレヴィルヴィアはむくれるが、暁李は金の髪から手のひらを離さなかった。

「でも、……まあ、そうだな……」

 最後に少しばかり迷った。これを言っていいのかどうか。言って、レヴィルヴィアの自分の耳に聴かせることで、一瞬心地よくなることは出来るだろう、しかし後になって、あんなこと言わなけりゃ、聴かなけりゃ、こんな思いはしなくてよかったのにと後悔することになるかもしれない……。

「お前は、可愛かったよ」

 迷っている途中で、ぽろりと溢れてしまった。

「お前は、……うん、おりこうさんだったし、可愛かった。お前がいて、バタバタして、迷惑掛けられて、……布団が狭くなって、寝返りで顔ぶたれたりしたけど、……楽しかった」

 レヴィルヴィアは、虚を衝かれて、アーモンドアイを膨らませる。そういうことを言われたかったのではなかったのか、俺は間違えたことを言ってしまったか、……表情から読み取ろうと努めたのに、暁李にはレヴィルヴィアの顔が見えなくなってしまった。

 鼻と鼻がぶつかりそうだ、と思った瞬間があって、結果的に触れ合ったのは別のところ、そして最終的には、頰と頰、レヴィルヴィアの、

「んぐうぅ……」

 唸るような呻くような声が、暁李の耳には案外に甘く響いた。「ずるいのじゃ、……いっつもろくに褒めぬのに、そんな……、急にたくさん嬉しいことを申すなど、けしからぬぅ……」

 その表現のしかたにとやかく言うことはしないでおこうと決めた。

「楽しかったし、可愛かった」

 レヴィルヴィアは細い両腕で暁李に抱き着いていた。ぷるぷる震えながら、自分の身体の小ささと幼さを伝えるように。

 女の子はこんなふうに、すっぽんぽんで男に抱き着いたらいけないのだということをレヴィルヴィアはまだ知らない。……何せ、動画配信でパンツの色を訊かれてすんなり答えてしまうほど無知で無垢なのである。こうしたことを清継に知られたら、叱られるだろうか? キヨには内緒じゃ、とレヴィルヴィアは言った。口の固さにも今ひとつ信頼が置けない少女ではあるけれど。

「……妾も、楽しかったのじゃ……、とってもとっても楽しかった……、そなたと、夫婦でいられてよかったと、……心の底から思うておる……」

 その言葉はとても真剣で、重たい。きっとそうされることを望んでいるはずだと、彼女の細い背中を包むようにして抱き締めたとき、レヴィルヴィアが腕にいっそうの力を籠めてきたから、きっと正解だった。

 目を腕で、ぐいと擦ったレヴィルヴィアが、

「妾は、……暁李、そなたが大好きじゃ」

 にっこり、微笑んで言う。それを愛の告白であるなどとは思わないが、言われて不快な言葉ではもちろんない。

「妾はそなたを見て、そなたの話を聴いて……、キヨのこと、尊のこと、朝陽のこともそうじゃ……、一筋縄ではいかぬ、色々と厄介なことも多い、質素で、せせこましくて……、人生を歩むということがかくも大変なことかと学んだのじゃ。それでいて、しゃんと背筋を伸ばして、……少々つむじの曲がったところもないではないが、まっすぐ生きておるそなたはとても偉いと思う、もちろん、キヨも尊も朝陽もとても偉いが、あやつらの人生というものをまるごとひとつ身体の、それほど(たくま)しくもない肩に乗せてせっせと働いておるそなたがひょっとしたら一番偉いのかもしれぬ。そして……、そんなそなたの妻として短いながらも時を過ごせたことは、妾のこれからの人生においてもきっと、大いなる(かて)となるはずじゃ」

 案外に賢いことを言うものだ、レヴィルヴィアは少し暁李を驚かせてから立ち上がり、鞄の中に手を突っ込む。手に握っているのはスマートフォンである。

「これは……、あちらに持って行くことは出来んのう。配信、とても楽しかったのじゃ。妾が撮って送ったものが、何らかの形でそなたたちの助けになればいいと思うが、……それはそれとして、じゃ」

 どうしようというのか。湯に浸かり直して、元の通り、暁李の膝に乗る。「ほれ暁李、さっきみたいにぎゅーっとせぬか、あれとっても嬉しいのじゃ」とねだるので、……このぽんこつはスマートフォンを湯の中に落としてしまうのではないかと心配になるが、背中に手を回して。何をしようというのか、……親指でカメラを起動して、内側のレンズに変えるところまで、暁李は迂闊にも気付けなかった。

 一ノ瀬暁李の人生において、こんな甘ったるい時間が訪れたことはただの一度もなかったから。

「ンフフフン」

 レヴィルヴィアも照れ臭いと思ったのだろう、その笑いは照れ隠しに違いない。しかし、撮りたての写真を見る目には隠しようもない喜色が滲んでいた。彼女はすいすいと慣れた手つきで写真をメールに添付して、暁李に向けて送信する。……誤って朝陽辺りに送ろうものなら大騒ぎになるが、さすがにそこまで迂闊ではなかった。

「そなたもこれで寂しくないのう。妾の顔が見たくなったらいつでも見るがよい!」

 だいぶ、裸である。裸のこどもの写真をこうしてメールでやりとりするのは何らかの法に触れるのではなかったか、いやしかし、向こう、というかこの膝の上の全裸の少女が勝手に送ってきたのであって、その責任を云々されるのはなんだか理不尽である。いやしかし。

「妾たちに残された時間はあと僅かなのじゃな……」

 スマートフォンをしまったレヴィルヴィアは、少しだけ大人びた、寂しげで物憂げな顔で言った。

「では、そろそろ上がるかのう」

 少女は言って立ち上がった。それからふと暁李の顔をじっと見下ろして、

「キヨが美しいことは今更言うまでもない、尊も男らしい佳き顔をしておる、朝陽も、男と思うから目立たぬが、妾と同じ女だったならば目を捕らえて離さぬほどの顔じゃ。しかるに……、のう、そなたも」

 両手を暁李の頬に当てて、微笑みを浮かべた。まるでそのことを、今日このときまで全く気付かずにいたけれど、共に過ごせる時間の中で気付けたことが、嬉しくて嬉しくて仕方がないと言うように、「優しい目をしておる。愛想のないふりをしておるのに、そなたはずっと妾に優しくしてくれた。……妾は善き夫に出会えたのう」

 そう言って、もう一度暁李の膝の上に収まり直す。無垢で、それ以上に無知なレヴィルヴィアにとっては、最上級の愛情表現の方法が何であるか、……彼女がその単語を口にするだけで真っ赤になってしまうことも含めて、暁李は知っている。

「ん……、大好きなのじゃ」

 恥ずかしそうに、それでも微笑んで言ったレヴィルヴィアを喜ばせるためではなく、ただそうしたいという気持ちに従って、暁李は小さな身体を抱き締めた。

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