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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
どことも呼べない場所、強いて言うなら虚無への旅
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本当にぽんこつ

 別にその日の来ることを疎んだり拒んだりして仕事をしていたつもりもない。暁李であったが、いよいよ明後日がレヴィルヴィアの願い通り、異世界「黄昏の国」へ旅立つ日、というタイミングの休日であり、暁李は何故だかレヴィルヴィアをおんぶして和毛山を登っているのである。

 和毛山が、暁李は好きではなかった。(ふもと)には清継の前の家があり、登山道近くで佐原学によって清継は暴行され、すぐ脇を通る道路で暁李の父によって右手を奪われた。今朝レヴィルヴィアが「和毛山に行くのじゃ」と言い出したときには、正直な気持ちが顔に出て、「そ、そんな嫌そうな顔をせずともよかろうが……」と言われてしまった。

「しかしのう、キヨは今でもときどきこのへんを一人で歩いておるそうじゃ」

 それは意外な言葉であった。ここへ来ようと思えば主に暁李が担当する「1系統」に乗らなければならないが、暁李は鮒月バスの運転手となってから彼をここで降ろしたことは一度もない。

「好き、と言うておったぞ、この山の、静かな空気が。しかるに……、その、そなたたちにはナイショにしておる。キヨがここへ来たいと言えば、きっとそなたたちは色々なことを考えて、不安になるじゃろ」

 それをお前が言っちゃうのかよ、と思いつつも、バスのダイヤを縫うようにして営業所からこんなところまで来ている清継を思うと、なんだか胸が痛む。歩けば一時間以上はかかるだろう。

「それで……、お前は何でここに来たかったんだ」

 重たくはない、と思っていたが、上り坂であるからさすがに足腰の負担は軽くない。「ん、もうよいぞ、回復した」とレヴィルヴィアが言ったのは、暁李が切り出そうかどうしようか、しかし「重たい」なんて言ったら頑として降りないんだろうな、なんて考えていた矢先であった。

「この先に、キヨがむかし見つけた秘密の場所がある。このあいだ教えてくれたのじゃ」

「それ俺に言っちゃってよかったのか」

「とても()きところということゆえ、せっかくだから妾の最後の配信の舞台にしようと思うておる」

「配信しちゃっていいのか」

 まあ、編集するのは清継であるから、駄目だと思ったらどうにかするであろう。

「……それで。その『秘密の場所』っていうのはどこにあるんだ。お前来たことあるのか」

「まだない。しかし、ちゃんと地図を持ってきておるのじゃ。えーと、暁李、妾のリュックサックの中にキヨの描いてくれた地図が入っておろう」

 このこども用のリュックサックも、わざわざ清継が買い与えたものである。短いとはいえない時間ではあるが、それでもすぐに帰ってしまう少女のために、清継は本当に色々なものを与えたものだ。……スマートフォンなど、レヴィルヴィアが帰ったあとはどうするつもりなのだろう。ああいうのは二年ぐらい契約し続けなければいけないのではないか。

「……地図なんて入ってないぞ」

「なぬ、そんなばかな。……そなたの探しかたが悪いのじゃ」

「じゃあ自分で探せよ」

 暁李自身も胸の側にリュックサックを抱えている。手ぶらで行こうと思っていたのに、ヴィルヴィアに「タオルを持つのじゃ、大きいのと小さいの」と言われたので仕方なく持って来ている。

「んん……、んぐ……っ、ない……、ないぞ、ない……!」

 レヴィルヴィアのタオル二枚、それから、別に見たいとも思わないのだがなぜだか入っているパンツ、を取り出してひっくり返しても何も出て来ない。くはあ……、と顔をしかめたレヴィルヴィアの口から痛恨の溜め息が漏れた。

「忘れて来てしもうたのじゃ……」

 ぽんこつである、本当にだいぶ、ぽんこつである。地図もなしに安易に山に分け入るような馬鹿がいるものか。

「いや! 待て、待つのじゃ! 妾の力を持ってすれば、目的地に辿り着くことなど容易(たやす)きことよ」

「山火事でも起こすつもりか」

「火は起こさぬ! 妾はのう、火や水の扱いは苦手ではあるが、時や場所に関する魔法に関しては多少は、……ほかと比べれば少しは使いこなせる。そうでなければ、ほれ、あちらの世界からこちらに飛んで来ることも、そなたらを『黄昏の国』へ連れて行くことも出来ぬ」

 言われてみればそうであるが、

「どこかとんでもない空中とか土の中とかに出るなんてことないんだろうな。その、先輩の『秘密の場所』っていうのがどこにあるのか判らないんだろ」

 という懸念は拭えない。レヴィルヴィアは「フフン」と、どこから湧くのかまるで判然としない自信に満ちた笑みを浮かべて、

「ゆえに、一度家に戻るのじゃ。地図を取って、ここに戻って判って来れば、……きっとここからそう離れてはおらぬはずゆえ、容易く辿り着けよう」

 魔法。

 正体の判然としないものであるから、信頼に値するかどうかは全く覚束ない……、というのが本音ではある。しかるに、間違いなくこの少女は「黄昏の国」から(目的地がここで正解だったのかどうかは別として)やって来ることが出来たのだから、いかなぽんこつといえども信じてやってもいいのかもしれない。

 場所に関する魔法も上手く使えないとなっては、暁李たち四人を「黄昏の国」へ転移させることだって叶わないのであるし。

「では、行ってくるぞ。そなたはここでしばし待っておれ。……よーい、しょっ」

 それは、魔法、である。

 何とも間の抜けた声を残して、レヴィルヴィアの身体は暁李が瞬き一つする間に嘘のように掻き消えた。信じがたいことではある、しかしレヴィルヴィアの出現からいまに至るまで、信頼に足るできごとなんて何一つ起こらなかった。彼女は存在自体が規格外であって、暁李は何だか彼女にずいぶんと振り回されてきた感覚が強い。

 けれど、……不快であったか、と問われると。

 まあ、不快なことも少なくはなかったけれど、トータルで見たとき暁李の中にあるのは、レヴィルヴィアに向かうほんのりと温かな気持ちである。

 清継は、レヴィルヴィアが来てからたくさん笑っていた。元々静かな微笑みを浮かべていることの多い人ではあるけれど、レヴィルヴィアを見て彼がその瑞々しい頰に乗せているのは、心かの底から生まれ出た喜びの形であるように思われて。

 そうだ、高校のころは、あの柔らかな、優しい笑顔が本当に眩しかったんだよな、と。

 今夜尊と二人きりになる機会がもしあったなら、言ってみよう、先輩また可愛くなったよな、と。

 そんなことを友達と言い合えることも含めて、レヴィルヴィアが存在するがゆえの幸福だった。なら、それはもう十分すぎるぐらいにかけがえのないもの。少女が背中にひっつく窮屈さも、彼女の世界で待ち受ける厄介な出来事も、全部まとめて賄えてしまうほどに。

 暁李はぼんやりと微笑んでいた。自分が微笑んでいることを自覚した瞬間に、その笑みは掻き消えてしまったけれど、……嘘みたいに。

 今、俺はレヴィルヴィアがいる現在の状況を、幸せだとか楽しいだとか、そんなふうに思ってしまっていたのではないか。

 にわかには信じがたいことであるが、呆然とした頬の筋肉が少し痛い。慣れていない使いかたをして、強張っているのだろう。

 咳払いを一つして、「……遅いな」と不機嫌な顔を形作って呟く。実際、だらだらと考えごとをしているうちにもう五分は経っている。あいつに言わせれば「容易い」魔法で部屋に行って、戻ってくるだけのことだろう。地図がなかなか見付からないのか、それともトイレで用を足しているのか……。もう二分待ってもレヴィルヴィアは現れず、痺れを切らして彼女のスマートフォンを鳴らそうと思ったタイミングで、レヴィルヴィアからの着信があった。

 ぽんこつ魔皇女の、

「さ、暁李、暁李か! 妾じゃ! ……ここはどこじゃ!」

 ぽんこつな言葉が暁李の鼓膜に跳ねた。

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