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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
どことも呼べない場所、強いて言うなら虚無への旅
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あの子は頑張っていたから

 異界の「魔皇女」レヴィ・ルヴィア=プロコーイズルニーが、この世界にやって来て既に二ヶ月が経過している。彼女の携えてきた目的を、清継たちがどう受け止めているかは判然としないが、少なくとも暁李はいまだしっかりと飲み込めているわけではない。彼女の暮らしていた世界、彼女が姫として過ごしていた「黄昏の国」なる場所を突如として現れ蹂躙した少年勇者を打破し、追い出すという仕事。

 どうやらその少年勇者というのは暁李たちが暮らすこの世界からそちらへ侵入したらしい。

 勇者はどこからどう見てもただの少年なのだが、こちらの世界の人間がレヴィルヴィアのいたほうへ移動すると、魔法を使える彼女たちでもまるで歯が立たぬほど強靭な戦士となってしまう。それゆえ、レヴィルヴィアは同じ世界の人間に協力を要請し、複数連れて行くことが出来れば勇者を打倒することも可能であると考えて単身この「異世界」へ飛んできたのだ。

 改めて情報を整理しても、それはとても大きな錠剤のようで、飲み下そうとすると喉につかえる。しかるに一ノ瀬暁李と佐原尊・朝陽は、彼らの精神的支柱であるところの豊嶋清継の下す判断に対して従順であることを決めており、清継が「手伝ってあげよう」と決め、「その代わり、レヴィルヴィアにはこっちの仕事を手伝ってもらおう」と言ったからにはそれに従うほかない。

 その日の夜、いつもより一時間以上も残業したのちの、

「ヴィヴィは、もう十分すぎるぐらいに貢献してくれたと思うんだ」

 尊の部屋である。レヴィルヴィアと朝陽は清継の部屋で、動画の撮影でもしていることだろう。「そろそろ、あの子の求めに応じてあげるべきだと思う。ただ、そのためにはこちらとしてもある程度準備をしなきゃいけない。暁李も尊も彼女の世界に行くとなったら、バスの運休もしなきゃいけないわけで、あらかじめ案内しなきゃいけないし、……収入もそのぶん減るわけだからね」

 頷く尊の横顔で、何となく目が泳いでいる。レヴィルヴィアという規格外の存在をしばらく側に置いてみてもなお、彼女の言葉を全面的に信じられたわけではないのは彼も同じらしかった。まして、「異世界に行って少年勇者を倒す」ということにはますますもって何の現実味も湧いてこない。

「これは俺の想像なんだけど……、暁李はあの子に結構催促されてたんじゃないのかなって」

 清継に問われて、暁李は少しだけ顎を引く。

 実は、清継が想像するほどレヴィルヴィアは「はよう妾のために働くのじゃ」という類の言葉を口にしてはこなかったのである。むしろ彼女はこちらの世界の、清継であったり、車掌の仕事であったり、動画配信者であったり……、そういったものにいちいち感情を揺さぶられることに忙しくて、ひょっとしたらもう本来の目的を忘れてしまっているのではないかと暁李が思うことも少なくはなかった。

 時おり窓辺でカーテンの隙間から夜空を見上げている背中を見た。何を見てるんだそんな寒いカッコでと問うた暁李に、月を指差して、

「この世界と妾の世界はここからあそこぐらい離れておるのかのう」

 なんて言う少女の紅い目にはほんのりと寂しがるような、悲しむような、妙に大人びた光が揺れていた。

 そう答えた暁李に、「ホームシックとかそういうのは、あの子全然ねーのかなって思ってたけど、意外だな」と尊は感心したように言った。朝陽が小学校の移動教室で三泊家を開けている間、なんだこいつ気持ち悪い、と思うほど憔悴した顔をしていた男はレヴィルヴィアの爪の垢でも煎じて飲んだほうがいいのかもしれない。

「ねえ暁李。……あの子が自分のいた国の話をしたところを聞いたことある?」

 幾度かは。

 食べものの話、気候の話、社会のシステムの話。どうやら「黄昏の国」はこちらの世界で言えば「南の島」であるらしく、いろとりどりの甘いフルーツがたくさん獲れ、ヤシだかフェニックスだかが生えていて、だからレヴィルヴィアにはこちらの寒さは(こた)えるということ。レヴィルヴィアぐらいの年齢のこどもももう一人前の働き手として見なされていて、皆せっせと農業や漁業に従事しているということ。ただ文明としては「未開」は言い過ぎにせよ、発展途上にあって、こと機械や電気という点ではまだ発明されておらず、自動車も蒸気機関もないとのことである。

「うん、そういうことは俺も聞いたことがある。じゃあ、向こうの世界のヴィヴィの周りの人たち……、家族や友達の話は?」

 暁李は言葉に詰まった。

 そういえば、そういう話を彼女はほとんどしたことがない。「友達がいない」と言っていた。名前が出たのは人間として存在したに違いない「父上」と彼女が幼いころに亡くしたという「母上」だけであり、あとはその母上が彼女に与えてくれたという黒猫のぬいぐるみ「チェルニィ」の話だけである。

 魔皇女、すなわちお城の姫君ということであるから、周囲に同世代の友人は少なかった、これは彼女の振る舞いを見ていても判るし、仕方のないことではあるけれど、侍女なり護衛なり、心の通った人間は彼女が周りにいたとして不思議はない。しかるにレヴィルヴィアからそういった存在が示唆されたことは皆無である。

 清継は「そうだよね」と呟いて、しばし考え込む。まだレヴィルヴィアが来たばかりのころは、非常識でわがままも多い少女だから周囲から疎まれていたのかもしれないなどという想像も出来たところである。しかし短からぬ時を共に過ごせば、レヴィルヴィアは確かにぽんこつではあるけれど、嫌なやつというわけでもない。態度はでかいが、人懐っこく、愛嬌がある。動画配信をするなり彼女のファンが多く出来たことからも、ある程度は愛されていたっていいはずである、ということは当然導き出される。

 彼女が挙げた二人の人間のうち、現在も存命である父についてさえ、レヴィルヴィアはあまり多くを語っていない。ただ、彼女がこちらの世界に来て間もないころに口にした言葉を暁李は覚えていた、すなわち、

「妾がこの仕事をきちんとやってのけることが出来たなら、父上も相当に妾のことを見直してくれるはずじゃ!」

 ということ。

「……なるほど」

 静かな声で清継が言った。

「嫁ちゃんは、……親父さんから愛されてるって自覚があんまりなかったのかもな」

 尊の言葉には、暁李も同意見である。蝶よ花よと寵愛(ちょうあい)されていたならば、あんな幼子が一人で「異世界」に飛んで来ることなど思い付きもしなかったはずだ。

 父からの不遇の理由の大きな一つが、あちらの世界においては誰もが使いこなせる「魔法」の力が、どうもいまいち彼女には備わっていないという点であるらしいことは察している。

「だから、国が危ない状況になったとき、それを自分の力でどうにかすることで親父さんを見返してやろうって気持ちがあって……」

 父、という存在については、暁李も尊も屈託めいたものを抱いている。暁李の言葉はそのまま彼の心へ届いただろう。尊が「んー……」と(うめ)いて、

「……だとしたら、やっぱ相当に本気だよな」

 と呟いた。

「そろそろこどもたちは寝る時間だ。……三月十二日の土曜日なんてどうかな」

 カレンダーを見て、さらりとどこか近所へ出掛ける予定を組むような気軽な声で清継は言った。

 清継の部屋にレヴィルヴィアを迎えに行くと、想像していた通り朝陽をカメラマンにスマートフォンで動画を撮っていた。清継に叱られたので、怪しげなコメントに対するレスポンスはしなくなった。

「今夜は何を撮ったの?」

「今日は地図を見せながらこの村のみどころ案内じゃ。湿原だけではせっかく客が来てもすぐに飽きてしまうからのう。動画はもうキヨのほうへ送っておいたから、編集よろしくなのじゃ」

 あんまり先輩に負担になるようなことはするな、と言っているのだが、清継はにっこり「任せて」と微笑んで、「カメラマンごくろうさま」と朝陽のことも労う。朝陽は何となく釈然としない顔で、「『野田橋の下は野良猫の溜まり場』って言ってたけど、それのどこらへんが『みどころ』なんだ」とレヴィルヴィアに訊いた。

 布団の中で今夜も背中にひっついたレヴィルヴィアは、

「こちらはとても居心地がよい」

 と言った。レヴィルヴィアの存在によって少し狭くなった布団を、このところはそれほど居心地が悪いとは思わなくなってきた暁李である。

「ずーっとそなたたちとバスの仕事をしていたいと思うときもあるほどじゃ。……とはいえ、そういうわけにもいくまいのう」

 クスクス笑って、高いわけではないが形のいいことぐらいは認めてやってもいい鼻が右肩の後ろに当てられた。何のためらいもなくそうするということは、レヴィルヴィアは二十代後半の男の体臭も布団も、暁李自身が懸念するほど「臭い」とは思っていないのだと見てよかろう。

「……なあ」

 あの子には暁李が伝えて、と清継に言われている。そうするのが、どう考えてもスムーズであろうとは思っていたが、改まって言うことには、何だか妙に緊張を催してしまいそうになった。しかし、役目を請け負ったのだから、果たさなければならない。

「ん?」

「お前さ、……ええと、……次の次の土曜、会社、バス止めて、みんなで、……先輩と、尊と、朝陽と、あと俺で、……その、お前の世界、行くから」

 言い終えて少しして、ぴた、とレヴィルヴィアの動きが止まった。暁李のたどたどしい言いかたのせいで、彼女の眠い頭に言葉の意味が浸透するまでずいぶんと時間がかかってしまったのだろう。

「なんと……」

 むくり、と起き上がった。一つしかない布団で片方がそうやって無造作に身を起こすともう片方まで寒い思いをする羽目になる、……ということを、この少女は結局いまだにきちんと理解してくれていない。

「本気で、申しておるのか。それは、……あの、エイプリルフールとかいう、またわけのわからぬアレではなかろうな」

 レヴィルヴィアは布団の上に起き上がったまま、横たわり直そうとしない。暁李の口からなんらかの答えが出るのを待っているに違いないのだ。

 やれやれと起き上がり、膝を揃えて座ったレヴィルヴィアのまんまるになった目に向けて、

「……先輩が」

 と、あくまで自分単独の判断ではないことを提示した上で、

「お前ちゃんと働いてたからって」

 レヴィルヴィアが暁李の胸に飛び込んできたのは、暁李が言葉を最後まで伝えきるよりも先だった。

「んふううぅ」

 暁李の胸というか腹というか、とにかくそういったあたりにごしごしと顔を擦り付けて、よくわからない声を上げる。

 こんなリアクションは見たことがない。かなり独特なものではあるが、恐らくこれは、この少女における最上級の「うれしい」の表現手段なのではないだろうか。

「まあ……、よかったな」

「んぐううう」

 こくこくと頷く。レヴィルヴィアは泣いているようである。鼻水をパジャマ代わりのTシャツに付けられることは、どうやら不可避である。

 ただ、そんなものは洗えば片付く。

 そっと、金色の髪を撫ぜてみた。

 判らないものである、ほんの数ヶ月前まで、毎日バスに乗ってくるたくさんの「こども」たち、それは朝陽も例外ではなく、誰一人として「判らない」と思っていたのに、今はこうやって撫ぜてやるとレヴィルヴィアがとても喜ぶのだということを、知っている。

 清継の判断を泣くほど嬉しく思っているのなら、その幸せを邪魔することのないよう、ただ俺も、少しぐらいはそれを祝福する、……などと言葉にして表せるほど器用な男でもないので、黙ったまま掌を髪に当ててやるのみである。

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