10羽
次の部屋でバリエールさんたちを待ち構えていたのは、赤い炎の魔人。
「我はイフリート、マリアさまに命ぜられこの部屋を守護せしものなり」
いや、命じてないからね。
「ふーん、で今度は何の勝負なわけ」
身の丈2メートル半はある長身の魔人を、バリエールさんは腕を組んで睨みあげる。一戦目が楽勝だったせいか、その表情には余裕が戻ってきている。
「ふっ、我は炎の魔人。なれば決まっておろう!火とは命、命とは食!料理対決だあああああああ!」
やたら悪魔らしくないことを言った気がする。
「りょ、料理…?」
一方、貴族のご令嬢さんたちは、何故か全員青い顔をしている。
「バリエールさま…、お顔が青いですがもしかして料理をしたことがないとか…」
代表格である三人の令嬢(一人欠けてるけど)の一人、セレナさんがバリエールさんに問いかける。それにバリエールさんは引きつった笑いを発しながら答える。
「おほほほほ、まさか…。私も女の子ですわ。も、もちろん料理ぐらいたしなんでおりますのよ」
「そ、そうですか。安心しましたわ」
「ところであなたたちはどうなの…?」
逆にバリエールさんが、全員青い顔をした仲間の少女たちに問いかける。少女たちの顔色は、その質問を受けてさらに真っ青になった気がした。
「まさかっ!」
「おほほっ…そんなぁ…」
「女の子ですもの!」
全員のどもった変な声音の返事に、バリエールさんは首をかくかくと上下に二回動かし、いつもと違う早口な口調で言葉をしゃべる。
「そ、そうよね。わたしとしたことが、当たり前のことを聞いてしまいましたわ。おほほほほ」
その後、みんな変な笑い声で血の気の失せた顔色で微笑みあう令嬢さんたちは、全員まったくおんなじ顔色で、おんなじ表情だった。
「ふっふっふ、それじゃあ勝負を開始させてもらうぞ!課題は自由、時間は一時間。互いの料理を食し勝負を決める!」
「第三者が決めるのではないの?」
「ふっ、我も名のある悪魔、結果を偽ったりなどしない。貴様らもそうだろう」
「当り前よ!」
イフリートの言葉に、バリエールさんは強気の表情に戻り、はっきりとそう宣言する。
「それじゃあ勝負開始だ!」
気付けば部屋の中央に多数の食材が用意されている。いったいいつの間に…。
先手をとったのはイフリートさん。炎の翼を使い部屋の中央に一瞬で移動すると、瞬時に必要な食材を探しだし、これもいつの間にか用意された自分の厨房へと運ぶ。
用意された食材は、チャーシュー、お米、玉ねぎ、にんじん、卵。
これは!
「ふっふっふ、炒飯は中華の基本にして王道」
腕を組みまだ動きの無いバリエールさんに不敵に笑いかけると、厨房の火石を使わず自らの手に巨大な炎を生じさせる。
「そして中華は火力だあああああああああ!」
イフリートさんの作り出した焦熱の炎が、鉄製のフライパンを一瞬で高温にし、細かく刻んだ野菜に火を通し、卵の絡んだご飯をぱらぱらに仕上げて行く。
焦げないレベルでの最高温。その絶妙な火力調整で作られた炒飯は、極めて短時間に仕上がり、黄金に輝き魔法の画面からでもその美味しさを伝えてくる。
ちょっとお腹減ったなぁ…。
「マリアさま、お菓子を用意させていただきました」
「ありがとうございます」
なんか馴染んでしまったなぁと司令室に座りながら思う。
一瞬で炒飯を完成させたイフリートさんは、次の食材の準備をはじめる。今度は酢豚らしい。さらに鶏がらも用意されてる。
「スープは煮込む時間が重要だと言われている。だが、我の魔力で作り出した高温高圧の炉なら、ごく短時間でうまみのたっぷりしみだしたスープを作り出すことができるのだ。そして煮込む時間を使って、高級酢豚を」
と言う風に、イフリートさんがその炎の魔人としての能力を料理に遺憾なく発揮してる一方。
バリエールさんたちは。
「何を作るんですか?バリエールさま」
当然のようにバリエールさんに伺いをたてる少女たち。バリエールさんは何かぶつぶつと呟いている。
『今更、一度も料理したことないなんて言えませんわ…。簡単そうなもの…。何か簡単そうなもの…』
急にバリエールさんのつぶやきが聞こえてきた。
「拡大してみました」
ルシアさんが相変わらずのメイド姿でいう。無意味なところで有能だ。
「簡単そうなもの…。そう、肉じゃがよ!」
えっ?
肉じゃがってそんなに簡単でもないような…。少なくとも初めて料理を作る人には厳しいのでは…。
しかしその言葉に、令嬢さんたちはパァと顔を輝かせる。
「それなら芋とお肉を煮るだけで出来ますわ!」
「さすがバリエールさま!」
誰一人として料理経験が無さそうだった…。
「それじゃあ、まずは材料の準備ですね」
「私が取ってきます!他の方は斬る準備をしてきてください!」
「私もいくわ!煮込むのはおまかせします!」
率先して材料を取りに行く幾人かのお嬢さんたち。難しい工程を他の人に押し付ける気満々である。
そして材料の場所にたどり着くと。
「お芋はこれね」
それは芋だけど里芋!
「お肉がいっぱいあるわね。これが四角くてなんか良さそう!」
それはマグロォォォォ!
「キャベツはこれね」
何故に肉じゃがにキャベツが!?
「調味料も用意しなきゃ。お砂糖と醤油ね」
言ってることはまともですけど、その手に持ってるのはソースと岩塩ですよ?
「ねぇねぇ、隠し味とかいれたほうがよくない?」
「そうね、普通じゃ勝てそうにないわ」
隠し味。それは初心者にとって最も多い失敗のパターン…。
「それならキャビアなんてどうかしら」
何にでもキャビアをかければいいってもんじゃねぇ。
「チョコレートを入れると美味しいって聞いたわ」
それはカレー。
「よし!それぞれ一つづつ持って行っていれちゃいましょ!」
「おー!」
そしてまとめ役が最悪の提案をした…。
普通、肉じゃがに使われる材料の約3倍の量の食材が、バリエールさんの厨房へと運ばれていく。
そして。
「千切り」
スタタタタタ
やたら早い包丁さばきで、里芋が刻まれていく。
「凄いわ!包丁を扱えるなんて」
「これなら絶対勝てるわよ」
「これもおねがい!」
マグロ…。
「千切り」
スタタタタタ
「これもこれも!」
「千切り」
スタタタタタ
きっと千切りしかできないんだろうね…。すこし天然そうな顔立ちをした令嬢の手によって、全ての食材が千切りにされていく。
「じゃあ煮る番ね!」
「油をしいたほうがいいって聞いたわ」
「でも、煮るっていうからには水でしょ?」
「よし、半分づつ入れましょ!」
鍋には水と油が均等に、溢れるほどに入れられる。完全に分離して、油の層が上にあり、水はみえなくなった。
「火をつけて食材をいれるわ」
火加減なんか関係なしの、全力の火がバリエールさんの手で入れられる。そしてすでに水と油で溢れそうな鍋に食材が…。
どばあああああ
案の定こぼれた。そしてコンロの火が高温だったため、油に着火する。鍋は火に包まれた。
「ば、バリエールさま!?」
「大丈夫なんですか、これ?」
仲間の令嬢たちから、動揺を向けられ、青い顔をしたバリエールさんは答えた。
「こ、これは直火よ!じか火で煮ることによって、さらに美味しく出来るの」
煮物にじか火は存在しない。物理的に存在しない。
「なるほど!さすがバリエールさまですわ!」
「料理も達者でいらっしゃるなんて、御見それいたしました」
「おほほほ、もちろんよ!」
しかし令嬢たちは、目を輝かせバリエールさんを尊敬の目で見つめた。バリエールさんは青い顔で顔を逸らしながらも、いつもの強気の表情をとりつくろってみせた。
一方、作っている肉じゃがの方は、見事に崩壊の合唱曲を奏ではじめる。
凄まじい火力により数分で水が蒸発し、千切りになった材料が一瞬で炎に包まれる。魚介類がいくつも入っていたせいか、焦げの匂いだけではない臭気が漂い始める。
「こ、これは大丈夫なのですか…?」
また不安そうな顔になったセレナさんが、バリエールさんにたずねる。
「だだだ大丈夫よ。でも、ちょっと臭みをとるために香水を入れましょ」
ついに食材でないものまで混入されようとしている。
「香水を入れて大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ!天然素材だから」
その理屈はおかしい。
そうやって一時間後…。
「さて試食といこうか。まあ、既に勝負はついてるかもしれんがな」
「………」
バリエールさんたちの作った料理を見て、余裕の表情で微笑むイフリートさん。
そのテーブルには卵や適度にはりめぐらされた油分、最適の時間で温められた餡、それぞれでいろとりどりに輝く中華のフルコースがあった。魔法の映像でみても、食欲を誘う良い香りがこちらに漂ってきそうである。
一方、無言で睨み返すバリエールさんたちの料理…。
真っ黒…ではない…。なぜなら、半分ぐらい黒くなった食材をみたバリエールさんたちが、彩りを添えると言い出し、食紅を加えたり、ホワイトチョコをかけてみたり、その他まあいろいろやって…。そしてくわえられた材料でただでさえ多かった料理は巨大化し、でーんと皿の上に謎の潰れた饅頭のような極彩色の物体がのせられていた。
「まあ我の料理から食してみるがいい。我が炎の魔人の力をフルに使った料理だ。冥途の土産になるだろう」
そう言われて、令嬢さんたちは悔しそうにしながらイフリートさんの作った料理に手をつけはじめる。
「くっ、勝ち誇るのは勝負がきまってからにしてほしいわね」
「そうよそうよ。大体、私たち貴族に中華は油っぽすぎるのよ」
「本当にね。勝負だから仕方なく食べるけど、本来はそこらへんを考えるべきですのよ」
文句を言いながら、イフリートさんの料理をパクパクたべていく令嬢たち。
やがて、完食。
「げふっ、本当にもう、そんな、言う程、大したことはありませんでしたわ。十分、私たちにも、げぷっ、勝機はあります」
お腹を膨らませながらいってます…。
スタイルにも気を使ってそうな、ほそい美人のバリエールさん。相当おいしかったのだろう…。おかわりしてたし…。
他の令嬢たちも似たり寄ったりの体で、イフリートさんの余裕の笑みは消えない。
「はっはっは、結果は予想通りだが、まあ勝負は勝負だ。貴様らの料理も食べてやろう」
勝利を確信しイフリートさんは高く笑い声をあげると、その余裕をもってすぷーんでバリエールさんの作った謎の物体をひとくち救い上げると、それを口に含んだ。
「グフッ」
そして次の瞬間、地面に倒れ伏した…。
そのままぴくりと動かない。
バリエールさんたちは目をみひらき、その姿をしばらくの間茫然と見つめていたが、イフリートさんが再び動き出すことはもう無かった…。
「な、なんで…」
「私たちの料理が原因…!?」
「そんな、そこまでは酷くないはず!きっと体調が悪かっただけよ」
青い顔で言い訳をしだす令嬢さんたち。
そして一人の令嬢が気付く。
「あ、扉が開いてますわ!」
次の部屋へと向かう扉は開かれていた。扉はイフリートさんが倒されない限り開くことはない…。
「私たちの勝ちよ!勝ったの!つまり、私たちの料理の方が美味しかったの!」
バリエールさんは何か、自分に言い聞かせるように叫んだ。
「え、ええ…そうですわ!結果が示す通りです。私たちの料理の味があの中華の味を上回った。それ意外はありえませんわ!」
「少々見た目が悪くとも、私たちの作った料理ですもの…。あんな中華に負けるはずがないと思ってましたのよ…」
「きっと美味しすぎて気絶したんだよねっ」
「うんうん…」
令嬢さんたちは青い顔をして、自分たちにそう言い聞かせながら部屋を去って行った。勝利したはずなのに、その顔は全然嬉しそうじゃなかった気がする。
魔人さんは本当に、ぴくりとも動かない…。
私は彼女たちの将来の夫が、彼女たちの手料理を願うことがないように神様に祈った。