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雨音を継ぐ異邦人、沈黙の町であなたと暮らす  作者: 銀細工ナギ


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7/20

消された納品記録

 工房の看板を掲げてから、五日が過ぎた。


 音路修復工房には、朝からひっきりなしに依頼が届いた。欠けた水運び鉢、鳴らなくなった戸口の鈴、風の向きを知らせる小さな陶板。灯里は一つずつ手に取り、ひびの奥に残る記憶へ耳を澄ませた。


 ソレンは隣で、修復に必要な道具や部品を帳面へ書き留めていた。彼は音を聞けない代わりに、机の振動と灯里の指の動きをよく見ている。二人の間では、いつの間にか言葉の少ないやり取りが増えていた。


 その日の昼過ぎ、町役所の若い書記が工房へ駆け込んできた。


「旧街道の倉庫で、納品記録が見つかりました」


 彼は息を切らし、封蝋のついた紙束を抱えていた。


「音路部品の記録です。風読み塔と市場の警告鈴に使われる部品が、いつ、どこへ運ばれたかが書かれているはずです」


 灯里は立ち上がった。


「見つかった、ということは……」


「倉庫の整理をしていたら、壁の裏から出てきました。ですが、役所の帳簿と照合するには、現地の保管箱も調べなければなりません」


 ソレンは若い書記の手元を見た。書記が封蝋を示すと、ソレンは首を横に振る。封は新しすぎる、と指で伝えた。


 灯里も紙束を受け取った。表紙の端に指を置いた瞬間、かすかなざらつきが指先へ伝わった。紙が覚えているものは、音とは違う。だが、ひびと同じように、触れた場所に過去の痕跡を残している。


「この束、最近開かれています」


 書記が目を見開く。


「分かるんですか?」


「糊の乾き方が違います。表紙は古いのに、背の部分だけ新しい。誰かが綴じ直した跡があります」


 ソレンが柱を二度叩いた。


――倉庫へ行く。


 旧街道の倉庫は、町の北端にあった。石造りの建物が三つ並び、かつては各地から届く部品が一時的に保管されていたという。今は使われていないらしく、扉には埃が積もっていた。


 書記が鍵を回すと、錆びた蝶番が重そうに動いた。


 中には空の木箱が積み上げられていた。壁際の棚には、古い荷札と割れた封印具が並んでいる。灯里は床を見回し、奥の壁に手を当てた。


 冷たい石の向こうから、紙を引き裂く音が伝わってきた。


 一度ではない。何度も、急いで破った音。


「ここです」


 ソレンが棚を退かすと、壁と床の隙間に薄い木箱が押し込まれていた。蓋を開けると、中には納品記録の束が入っている。けれど、最初の数枚と最後の数枚がきれいに切り取られていた。


 残った紙には、日付と品名だけが並んでいる。


 雨音管、十二本。

 風読み用の回転芯、四個。

 警告鈴の共鳴板、八枚。


 しかし、送り先の欄はすべて失われていた。


 ソレンが紙の切断面を指さす。灯里はそこへ爪を添えた。


「切り取られたのは、かなり前です。でも、破ったのは最近」


 切断面の繊維は黄ばんでいた。一方、残った紙の端には新しい粉が付着している。紙を束ね直したときに出たものだろう。


 灯里は机の上へ記録を並べた。


「古い記録をいったん外し、送り先の部分だけ抜き取った。それから、別の紙を重ねて綴じ直したんです」


 若い書記が震える声で言った。


「誰が、そんなことを……」


 そのとき、倉庫の外で複数の足音が止まった。


 扉が開き、灰色の外套を着た役所の役人たちが入ってくる。先頭の男が封印札を掲げた。


「中央役所の命令により、この倉庫と水城灯里の工房を封鎖する」


 ソレンが一歩前へ出た。男は彼の胸元に残る巡回士の徽章を見て、薄く笑った。


「資格を失いたくなければ、余計な口出しはするな」


 ソレンの手がわずかに動いた。怒りを抑えているのだと、灯里には分かった。


「なぜ工房まで封鎖するんですか」


「異邦人による無許可の修復が、町の音路を混乱させた疑いがある」


「市場の火災を防いだのも、風読み塔を動かしたのも、私です」


「だからこそ調査が必要なのだ」


 役人は封印札を木箱へ貼りつけた。赤い蝋が押しつぶされる。


 灯里は切り取られた記録の束を見た。空白になった送り先の欄が、まるで誰かの口を塞がれた跡のように並んでいる。


 ここで手放してはいけない。


 彼女は残った記録の一枚を袖の内へ滑り込ませた。紙の端が腕に触れた瞬間、また記憶が走る。


 低い机。油の匂い。誰かが言った。


――リュネ分は、もう中央へ回せ。


 声は途切れ、紙を裂く音が重なった。


 灯里は顔を上げた。


 ソレンがこちらを見ている。彼は声を聞けない。それでも、灯里の表情から何かを察したようだった。


 灯里は掌を柱へ当て、指先で三度叩いた。


 こつ、こつ、こつ。


――危険。


 次に、二度。


――一緒に。


 ソレンの目が細くなる。彼はゆっくりうなずいた。


 倉庫の扉が閉められ、外側から錠が掛けられた。町へ戻る道の先では、役人たちが灯里の工房へ向かっている。


 けれど、灯里の袖の中には、まだ一枚の記録が残っていた。


 消された文字の向こうに、誰かが隠した行き先がある。


 そしてその秘密は、二人がこれまで修復してきたすべてのひびへ、一本の線でつながっていた。

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