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雨音を継ぐ異邦人、沈黙の町であなたと暮らす  作者: 銀細工ナギ


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18/20

返された部品、失われた地位

 審問の翌朝、リュネの広場には、見慣れない荷車が三台並んでいた。


 荷台を覆っていた布が外されると、木箱の中から淡い灰色の陶管や、青銅の振動板、風読み塔の接続部品が姿を現した。どれも泥ひとつなく、中央の刻印が鮮やかに残っている。


「返還品の確認をお願いします」


 中央監察官エルナが書類を差し出した。


「押収された記録と照合した結果、これらは本来、リュネおよび周辺の辺境町へ納められるはずだった部品です。横流し先から回収され、正式に返還されます」


 住民たちは箱の周りに集まった。誰もすぐには手を伸ばさない。長いあいだ、届くはずのものが届かなかった。その事実が、目の前の部品の重さになっていた。


 灯里は風読み塔の接続部品を手に取った。


 冷たい。


 けれど、その奥には、かすかな震えがあった。部品はまだ眠っているだけで、使われる日を待っていた。


「ひびはありません」


 灯里が言うと、塔の管理をしていた老人が深く息を吐いた。


「三年前から、ずっと戻ってくるのを待っていた」


「待つだけの時間は、もう終わりです」


 ソレンが手話で示した。


 灯里はそれを声にした。老人は彼の手元を見つめ、それから、ゆっくりとうなずいた。


 その日の昼、中央から二人の役人が来た。


「ソレン・アルヴェン」


 エルナが一枚の書面を読み上げる。


「あなたの巡回士資格について、資格停止処分を撤回します。役所からの拘束命令に反して被疑者を逃がした件については、緊急時の判断として再審査されました。結果、町の住民と音路を守るための行動だったと認定されました」


 差し出されたのは、青い縁取りの徽章だった。


 ソレンはすぐには受け取らなかった。


 彼の指が、徽章の縁に触れる。微かな振動が伝わったのか、眉がわずかに動いた。


「受け取らないのですか」


 エルナが尋ねる。


 ソレンは灯里を見た。


「資格が戻ることは、あなたが望んでいたことではありませんか」


 灯里が聞くと、ソレンは少し考え、手を動かした。


 ――戻るべき場所が、以前と同じとは限らない。


 灯里はその意味を、しばらく胸の中で転がした。


「それでも、戻った資格をどう使うかは、あなたが決められる」


 彼女が言うと、ソレンは徽章を受け取った。


 かつて彼が巡回士だった証は、失われたのではなく、別の意味を得て戻ってきた。命令を伝えるための印ではない。町の声を聞き、必要な場所へ届けるための印だ。


 その一方で、ヴァルドの処分も正式に発表された。


 中央役所は彼を音路管理官の職から解任し、財産の一部を差し押さえた。横流しに関わった商人たちも、契約を取り消され、返還と賠償を命じられたという。


 知らせを聞いた住民たちは、歓声を上げなかった。


 パン屋の主人は窯の火を見ながら言った。


「失った三年が戻るわけじゃない」


 船頭も、濡れた板を磨きながらうなずいた。


「でも、これからの三年を奪われずに済む」


 それで十分だった。


 午後、エルナは灯里を役所の裏手へ呼んだ。


「あなたには中央から特別報奨が出ます。音路修復の功績に加え、異世界由来の技術者として、中央工房への所属も推薦できます」


「中央工房……」


「設備はリュネとは比較になりません。帰還門の研究に関わる資料も、中央のほうが多いでしょう」


 灯里の胸が、かすかに揺れた。


 元の世界へ戻る方法。雨音壺の核心部品。博物館の白い壁。修復を待つ器たち。そこへ戻る道が、少しだけ近づいたように思えた。


 エルナは続けた。


「あなたが望むなら、リュネの工房を中央の管理下に置くこともできます。資材も人員も保証します」


 灯里は広場を見た。


 ミナが子どもたちと一緒に、返還された陶管の長さを測っている。パン屋の主人は新しい警告鈴の取り付け場所を相談し、老人は風読み塔の図面を広げていた。


 誰かに与えられた工房ではなく、皆で取り戻した音路だった。


「管理下、というのは?」


「中央の認可を受けるということです。あなたは責任者になれます」


「私だけが?」


「あなたの技能は、他の職人にはないものです」


 灯里は指先を見た。


 ひびの声は、確かに彼女にしか聞こえない。けれど、町をここまで動かしたのは、彼女ひとりの力ではなかった。ミナの記録も、パン屋の証言も、船頭の板も、子どもたちの布も、ソレンの振動を読む手も、全部がひとつの音路になった。


「私は、中央の工房をもらうつもりはありません」


 エルナの目が細くなる。


「断るのですか」


「ここに工房を残します。ただし、中央の許可で守られる工房ではなく、町と一緒に運営する工房にしたい」


「資材の配給や記録の管理は、中央のほうが円滑です」


「その記録が、音路を沈黙させたんです」


 灯里の声は震えなかった。


「必要なものは、公開します。誰が何を納め、どこへ運び、どう使ったのか。町の人たちが見られる場所に記録を置きます」


 エルナは黙って灯里を見た。


 やがて、小さく息を吐く。


「あなたは、ずいぶん厄介な職人ですね」


「よく言われます」


「では、中央にはその条件で報告します。辺境初の共同音路工房。責任者は水城灯里、巡回と伝達の協力者にソレン・アルヴェン」


 エルナは書面へ何かを書き加えた。


「ただし、中央からの監査は入ります」


「見られて困ることはありません」


 灯里が答えると、ソレンが隣で手を動かした。


 ――見られるだけでなく、聞かせよう。


 その言葉を伝えると、エルナは初めて笑った。


 夕暮れ、返還された部品の箱が空になる頃、広場の振動板が鳴った。


 一度、北門。


 二度、市場。


 三度、南の水路。


 新しい接続部品を待つ塔から、風の知らせが返ってくる。まだ小さな音だったが、確かな音だった。


 灯里はその振動を手のひらで受け止めた。


 隣に立つソレンの手が、そっと彼女の手の甲に触れる。


「聞こえる?」


 灯里が尋ねる。


 ソレンは首を横に振った。それから、彼女の手を包み、指先でゆっくりと合図を送った。


 ――聞こえない。でも、わかる。


 灯里は笑った。


 町の中央に、まだ看板のない建物がある。壁は古く、屋根も少し傾いている。けれど、窓から差す夕日の中には、返された部品と、これから作られる音のための場所があった。


 失われた地位の代わりに、二人は自分たちで選べる仕事を手に入れた。


 返された部品は、過去を埋めるためだけにあるのではない。


 明日の音路を組み立てるために、ここへ戻ってきたのだった。

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