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雨音を継ぐ異邦人、沈黙の町であなたと暮らす  作者: 銀細工ナギ


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17/20

公開審問の鐘

 朝の鐘が、三度鳴った。


 泥の残る広場に、中央監察局の馬車が止まっている。銀色の徽章をつけた監察官が二人、役所の書記官を連れて降りてきた。嵐のあとだというのに、その靴は汚れていなかった。


「監察官エルナ・ヴェイスです。中央役所の命により、リュネ音路停止事件の審問を行います」


 彼女の声はよく通った。集まった住民の間に、低いざわめきが走る。


 広場の中央には、急ごしらえの壇が設けられていた。その正面に、砕けた管や焼け焦げた振動板、泥のついた帳簿が並べられている。灯里は壇の脇に立ち、指先を握りしめた。


 ソレンは彼女の隣にいた。巡回士の資格を示す徽章はもうない。それでも、彼の背筋はまっすぐだった。


「まず、中央役所からの報告を読み上げます」


 書記官が紙を広げた。


「リュネの音路が停止した原因は、異世界由来の女、水城灯里が許可なく部品を改造したためであり、嵐による被害もその過失に起因する可能性が高い――」


「違う!」


 誰かが叫んだ。


 続いて、別の声が重なる。


「私たちは灯里さんが来る前から、音を失っていた!」


「部品が届かなかったんだ!」


「役所は何も調べなかった!」


 監察官エルナは手を上げ、ざわめきを止めた。冷たい目が灯里へ向く。


「反論は証拠を示してからにしてください。あなたは異世界から来たと称し、正規の資格もありません。修復技術が本当に原因を取り除いたものか、中央としては確認が必要です」


「確認なら、もう済んでいます」


 灯里は壇の上へ進んだ。


 最初に、風読み塔から外した陶板を持ち上げる。削られた縁が、朝の光に露わになった。


「この部品は、風読み塔に使われるものです。こちらが本来の接続面。ここは工具で削られています。削ったあとに別の場所へ転用するため、固定用の溝まで消されていました」


「それが横流しの証拠だと?」


「いいえ。これは、横流しの手口を示す証拠です」


 灯里は次に、焼けた管の断面を示した。


「同じ種類の陶管でも、焼成温度が違います。辺境向けに納められたものは、規格より薄く焼かれていました。音路に接続すれば、振動に耐えられず割れます。けれど、中央の帳簿には規格品として記録されている」


 エルナの視線が帳簿へ落ちた。


 灯里は帳簿を開き、切り取られた頁の端を指でなぞった。


「ここに残った紙の繊維は新しい。切り取られたのは、帳簿が作られてから一月以内です。ところが、裏に押された倉庫印は三年前のもの。納品記録を消すために、古い帳簿へ新しい紙を綴じたんです」


 広場が静まり返った。


 エルナは書記官に目配せした。書記官が帳簿を受け取り、虫眼鏡で断面を調べる。しばらくして、彼は小さくうなずいた。


「……繊維の状態は、証言と一致します」


「証言は、まだあります」


 ミナが前へ出た。泥の跡が残る作業着のまま、胸を張っている。


「私は旧街道の倉庫で、荷車を見ました。リュネ宛ての箱が、夜中に別の印をつけられて運び出されていた」


「いつのことですか」


「音路が止まる前です。月に二度。三度目の夜、私の弟が役所の男に追い払われました」


 続いてパン屋の主人が進み出た。


「警告鈴が鳴らなかったせいで、火事に気づくのが遅れました。損失の記録はここにあります」


 船頭は水路の異常を記した板を差し出し、子どもたちは管を叩いた日と回数を描いた布を広げた。ひとりひとりの証言は小さかった。だが、並べられた瞬間、それらはひとつの道筋になった。


「最後に、音路の稼働記録を」


 ソレンが合図を送る。


 広場の振動板が、一度鳴った。


 北門から、返事が届く。


 二度目の振動は市場へ渡り、三度目は南の水路へ流れた。誰かが記録紙へ時刻を書き込む。嵐の夜、灯里たちが手でつないだ音路が、今も生きていることを示すためだった。


「嵐の警告が伝わった時刻は、中央の報告書に記された時刻と違います」


 ソレンが手話で示し、灯里が言葉にした。


「報告書では、警告は鳴らなかったことになっている。でも実際には、北門から南の水路まで、五回の信号が伝わった。住民が記録した時刻と、管の振動板に残った釉薬の熱変化が一致しています」


 監察官エルナは、壇上の部品を一つずつ見ていった。


「この記録を、誰が改ざんしていないと保証できますか」


「私たち全員です」


 ミナが答えた。


 その声に、住民たちが続いた。


「私も」


「私も見た」


「私が書いた」


「私が叩いた」


 広場を埋める声は、役所の鐘よりも大きかった。


 そのとき、馬車の陰からヴァルドが現れた。以前の整った外套は泥で汚れ、顔には疲労がにじんでいる。


「こんな寄せ集めの証言で、中央の役人を裁くつもりか!」


 彼は帳簿へ手を伸ばした。だが、ソレンが一歩前へ出て、その手首をつかんだ。


「触れるな」


 声は静かだった。


 ヴァルドが振り払おうとした瞬間、広場の振動板が鳴った。三度、短く。


 北門からの返事が届く。


 灯里はヴァルドを見た。


「それは、あなたが止めたはずの音です」


 ヴァルドの顔から血の気が引いた。


 エルナが帳簿を閉じた。


「ヴァルド地方音路管理官。あなたには、納品記録の改ざん、資材の不正転送、ならびに虚偽報告の疑いがあります。身柄を中央審査院へ移します」


「待て! 中央の命令だった! 私ひとりの判断ではない!」


 その叫びに、広場の空気が変わった。


 灯里は修復した陶板を見つめた。ひびは消えていない。けれど、ひびの両側は、もう離れていなかった。


「なら、中央で全部話してください」


 エルナがうなずく。


 書記官が審問記録の最後に筆を置いた。


 その直後、役所の鐘が鳴った。


 今度は、誰かに命じられた鐘ではなかった。北門、市場、南の水路、そして広場。町じゅうの振動板が同時に震え、鐘の音を押し上げていく。


 公開審問の鐘は、罪を告げるためだけに鳴ったのではない。


 沈黙させられていた町が、自分の声を取り戻したことを、遠くまで知らせるために鳴ったのだった。

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