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第9話 はじめての宿

ギルドを出たあとも、セイルはしばらく街を歩いていた。


手の中には、今日の報酬——大銅貨八枚。


「……宿、探すか」


小さく呟く。


日も傾き始めていた。


通り沿いに並ぶ建物の中から、一つの看板が目に入る。


『旅人の宿 マルタ』


「……ここでいいか」


セイルは扉を押した。


「いらっしゃい」


落ち着いた声が迎える。


カウンターの奥にいたのは、中年の女性だった。


「泊まりかい?」


「はい」


女性はセイルを一目見て言う。


「あんた……新人だね」


「……分かりますか」


「分かるよ。荷物と顔見りゃね」


少しだけ笑う。


「一泊、食事付きで大銅貨三枚だよ」


セイルは手の中の硬貨を思い出し、小さく頷いた。


「これなら問題ない」


そう判断して、三枚を差し出す。


「お願いします」


女性は受け取り、鍵を差し出した。


「あたしはマルタ。部屋は二階の奥だよ。何かあったら言いな」


「……ありがとうございます」


鍵を受け取った、そのときだった。


「お母さーん!」


元気な声とともに、一人の少女が顔を出す。


「お客さん?」


セイルと目が合う。


「……新人さん?」


「……まあ」


「へぇー!」


少女は興味津々で近づいてきた。


「初日?いくら稼いだの?」


「ミア」


マルタの声に、少女はぴたりと止まる。


「あ」


一瞬だけ気まずそうな顔をして、すぐに笑った。


「ごめんごめん!ミアだよ、よろしくね!」


「ああ……セイルだ」


「うん、覚えた!」


満足そうに頷く。


「ご飯できてるよ!」


そう言って、少し誇らしげに続けた。


「今日はね——角うさぎのシチュー!」


その言葉に、セイルは一瞬だけ言葉を失った。


(角うさぎ……)


今日、自分が倒したばかりの存在。


「どうしたの?」


ミアが首をかしげる。


「いや……なんでもない」


セイルは小さく首を振った。


食堂に入ると、温かい匂いが広がっていた。


テーブルに運ばれてきたのは、湯気の立つシチュー。


「はい、どうぞ!」


ミアが笑顔で置く。


セイルはスプーンを手に取った。


一口、口に運ぶ。


やわらかい肉と、優しい味が広がる。


「……うまい」


思わず呟いた。


「でしょ!」


ミアが嬉しそうに笑う。


「ママの料理、美味しいんだよ!」


マルタは少し肩をすくめた。


「ちゃんと処理してればね」


セイルの手が止まる。


「……処理」


「血抜きとかさ」


マルタは淡々と言う。


「ちゃんとやってあれば、肉は応えてくれる」


そして、少しだけ優しく続けた。


「命は、無駄にしないもんだよ」


セイルはスプーンを見つめた。


今日、自分が倒した角うさぎ。


あれも、こうして誰かの食事になる。


「……」


もう一口食べる。


さっきより、少しだけ味が違って感じた。


「……うまい」


今度ははっきりと言った。


ミアが満足そうに頷く。


「でしょ!」


セイルは小さく息を吐いた。


(……これが、冒険者の生活か)


食事を終え、部屋に戻る。


簡素なベッドと小さな机。


だが、不思議と不満はなかった。


「……十分だ」


荷物を置き、腰を下ろす。


今日の出来事が頭の中を巡る。


初めての依頼。

初めての戦闘。

初めての報酬。


そして、初めての宿。


「……やっていける」


小さく呟く。


窓の外には、静かな夜が広がっていた。


明日もまた、依頼がある。


セイルはゆっくりと横になった。


最弱と呼ばれたスキルは、少しずつ世界を広げていた。

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