第8話 初めての報酬
角うさぎは、動かなくなっていた。
森の中に静寂が戻る。
「……」
セイルはその場に立ち尽くしていた。
剣を握ったまま、しばらく動けない。
初めての戦闘。
初めての討伐。
そして——初めて、自分の手で命を奪った。
「……倒したんだな」
小さく呟く。
実感は、まだ薄い。
だが、事実だけがそこにあった。
血の匂いが、鼻をかすめる。
(処理……しないと)
村で聞いたことがある。
狩りをした後は、血を抜かないと肉が傷む。
「……どうやるんだっけ」
セイルは角うさぎのそばにしゃがみ込む。
首元を見る。
「確か……この辺だったか」
ナイフを取り出す。
だが——手が止まる。
「……」
さっきまで動いていた命。
その現実が、少しだけ重くのしかかる。
「……やらないと」
小さく息を吐く。
ナイフを握り直す。
一瞬、躊躇う。
それでも——
「……っ」
刃を入れる。
じわりと血が流れ出す。
「……うわ」
思ったより多い。
慌てて体を傾ける。
「下に……流すんだったか」
ぎこちない手つきで、角うさぎを持ち上げる。
ぽた、ぽた、と血が地面に落ちていく。
しばらくして、流れが弱まった。
「……こんなもんか」
正解かどうかは分からない。
それでも——
「……やった」
小さな達成感があった。
薬草採取も終え、セイルは森を出る。
袋の中には薬草。
そして角うさぎ。
「……持って帰るか」
ギルドに戻る。
「……戻りました」
受付が顔を上げる。
「あ、おかえりなさい」
「依頼達成ですか?」
セイルは薬草を差し出す。
「確認しますね」
丁寧に数を数える。
「……はい、問題ありません」
「薬草採取、達成です」
その言葉に、胸が少し軽くなる。
「報酬は——大銅貨三枚になります」
三枚の硬貨がカウンターに置かれた。
金属の音が、やけに重く響く。
セイルはそれを手に取り、重みを確かめる。
「それと」
もう一つの袋を置く。
「角うさぎです」
受付が、わずかに目を見開く。
「……討伐したんですか?」
「はい」
袋の中を確認する。
「……血抜きもしてありますね」
少し驚いたように言う。
「初めてでこれは、上出来ですよ」
セイルは少しだけ視線を逸らした。
「……ありがとうございます」
受付は帳簿を開く。
「角うさぎは買取対象になります」
「状態もいいので——大銅貨五枚ですね」
思わず息を呑む。
薬草より、明らかに高い。
「依頼報酬と合わせて——こちらになります」
カウンターに並ぶ硬貨。
大銅貨、合計八枚。
セイルはゆっくりとそれを手に取る。
ずしりとした重み。
「……これが」
初めての報酬。
自分の力で得た金。
「……ありがとうございます」
受付は、少しだけ微笑んだ。
「次も頑張ってくださいね」
セイルは頷く。
ギルドを出る。
手の中の硬貨を見つめる。
(これなら……しばらくは困らない)
宿のことを思い出す。
食事付きでも、無理なく払える額だった。
(……やっていける)
小さく息を吐く。
その言葉は、初めて現実味を帯びていた。
空を見上げる。
最弱と呼ばれたスキルは、確かに生活を支える力になっていた。
そして——その先へと繋がっている。




