第6話 冒険者登録
出発の朝は、静かだった。
まだ空は薄暗く、村は眠っている。
「……行くよ」
小さく呟く。
背中には父から渡された剣。
最低限の荷物だけを持って、セイルは家の前に立っていた。
「お兄ちゃん」
後ろから声がする。
振り向くと、エルナが立っていた。
まだ眠そうな顔で、それでも必死に目を開けている。
「見送りくらいさせてよ」
セイルは、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
エルナは、ぎゅっと袖を握る。
「約束、忘れないでね」
「分かってる」
「絶対に帰ってくること」
「帰るよ」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
エルナは、ゆっくりと手を離す。
「いってらっしゃい」
「いってくる」
セイルは振り返らずに歩き出した。
村を出る直前。
「……セイル」
低い声。
父だった。
いつの間にか、そこに立っていた。
「一つだけ言っておく」
セイルは足を止める。
「そのスキル……全部見せるな」
振り返る。
「……どういうことだ」
父はまっすぐに見ていた。
「普通は一つだ。それを三つも使えば、確実に目をつけられる」
セイルは黙って聞く。
「一つに絞れ」
「……」
「生き残りたいならな」
短い言葉だった。
「……分かった」
セイルは頷く。
父はそれ以上何も言わなかった。
だが、その目は最後までセイルを見ていた。
⸻
街は、村とは違っていた。
人の数。
建物の大きさ。
そして——
「ここか」
冒険者ギルド。
大きな扉の前に立つ。
中からはざわめきと笑い声が聞こえる。
「……行くか」
扉を押し開ける。
一斉に視線が集まった。
「……新人か?」
「ガキじゃねえか」
ひそひそとした声。
セイルは気にせず、まっすぐカウンターへ向かった。
「登録をお願いします」
受付の女性が顔を上げる。
「冒険者登録ですね」
事務的な声だったが、どこか柔らかさもあった。
「名前は?」
「セイル」
「年齢」
「十二です」
少しだけ受付が眉を動かす。
「スキルは?」
一瞬だけ迷う。
(……一つに絞れ)
父の言葉がよぎる。
「……強撃です」
嘘ではない。
「確認します」
簡単な検査を終え、受付は頷いた。
「問題ありません。登録完了です」
一枚のカードがカウンターに置かれる。
「これがギルドカードです。現在のランクはF。ここからスタートになります」
「ランクはFからSまで。依頼をこなすことで昇格しますが——」
少しだけ声が変わる。
「失敗が三回続くと、ランクは降格します」
セイルは静かに頷いた。
「また、依頼を放棄した場合、違約金が発生しますので注意してください」
「なお、Cランク以上への昇格には試験があります。一定以上の実力が必要になります」
「……分かりました」
説明は終わった。
セイルは掲示板の方へ向かう。
そこには無数の依頼書が貼られていた。
「……パーティ、募集か」
視線を走らせる。
だが——
「条件:戦闘スキル必須」
「Dランク以上」
「経験者優遇」
「……」
声をかける者はいない。
「その年でソロか?」
後ろから声がする。
振り向くと、数人の冒険者がこちらを見ていた。
「まあ、無理だろ」
「最初はパーティ入れよ」
軽く笑われる。
セイルは何も言わなかった。
(……分かってる)
現実だ。
なら——
「一人でやる」
小さく呟く。
視線を下の方へ落とす。
初心者向けの依頼。
その中にあった。
「薬草採取」
報酬は少ない。
だが、確実に達成できる。
「……これでいい」
依頼書を手に取る。
カウンターへ戻す。
「こちらを受けます」
受付は、少しだけセイルを見てから頷いた。
「気をつけてくださいね」
その言葉は、事務的ではなかった。
セイルは小さく頷く。
ギルドを出る。
空を見上げる。
ここからが、本当の始まりだ。
セイルは、ゆっくりと歩き出した。
最弱と呼ばれたスキルを手に。
まだ誰も知らない、“可能性”を抱えて。




