第5話 旅立ちの準備
家に戻る足取りは、軽かった。
ヒールを覚えた。
それだけで、世界が少し変わった気がする。
「……ただいま」
扉を開ける。
中には父と母、そしてエルナがいた。
三人とも、セイルの方を見ている。
「……どうだったの」
母が、不安そうに問いかける。
セイルは何も言わずに手を上げた。
指先に小さな傷をつける。
じわりと血が滲む。
「ヒール」
淡い光が灯る。
ゆっくりと、傷が塞がっていく。
部屋に静寂が落ちた。
「……え」
母の声がかすれる。
「……本当に、治ってる」
信じられないものを見るように、セイルの手を見つめている。
「お兄ちゃん……!」
エルナがぱっと顔を輝かせた。
「すごい! 本当にできたんだ!」
セイルは小さく笑った。
「……ああ」
その一言だけだった。
母はしばらく何も言えなかったが、やがてそっと息を吐く。
「……無茶、しないでね」
震える声だった。
「絶対に、帰ってくるって約束して」
セイルはまっすぐ頷く。
「約束する」
エルナが、ほっとしたように笑った。
「よかった……」
その様子を、父は黙って見ていた。
「……父さん」
セイルが呼ぶ。
父はゆっくりと立ち上がった。
「ついてこい」
短く、それだけ言う。
家の裏にある納屋へ向かう。
「……?」
戸惑いながらも、セイルは後を追った。
納屋の扉が開く。
中には使い込まれた道具や、古い装備が並んでいた。
父は奥に手を伸ばす。
そして一本の剣を取り出した。
「……これ」
鞘に収まったそれは、古びてはいるが丁寧に手入れされている。
「使え」
短い言葉。
セイルは、ゆっくりと受け取る。
「……いいのか」
父は少しだけ視線を逸らした。
「どうせ止めても行くんだろう」
ぶっきらぼうに言う。
「なら、生きて帰れる準備くらいはさせろ」
その言葉に、セイルの胸が強く鳴った。
「……ありがとう」
父は何も答えなかった。
ただ、小さく頷いただけだった。
納屋を出ると、エルナが待っていた。
「お兄ちゃん!」
駆け寄ってくる。
「すごいね……本当に行くんだ」
嬉しそうで、少し寂しそうな顔。
セイルはその頭を軽く撫でた。
「すぐ帰る」
エルナはこくりと頷く。
「待ってるね」
その言葉に、セイルは微笑んだ。
夜空を見上げる。
あの日、憧れた世界。
遠いと思っていた場所が、今はすぐそこにある。
セイルは剣を握りしめた。
条件は越えた。
準備も整った。
あとは——進むだけだ。




