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第4話 回復のレシピ

夜は、すぐには終わらなかった。


父の条件。

母の不安。

エルナの言葉。


すべてが、セイルの頭の中で渦を巻いていた。


「……もう一つ、か」


自室のベッドに腰を下ろし、天井を見上げる。


強撃とファイアー。


それだけでも、数日前の自分からすれば考えられない変化だ。


だが。


「足りない……」


父の言葉が、頭から離れない。


——すぐに死ぬ。


間違ってはいない。


コンコン、と小さなノックの音。


「お兄ちゃん?」


エルナだった。


「入っていい?」


「ああ」


扉が開き、エルナがそっと入ってくる。


ベッドの端にちょこんと座った。


「……考えてるの?」


「まあな」


セイルは苦笑する。


「どうやってもう一つスキルを覚えるか、だろ」


「うん」


エルナは頷いた。


少し迷うように視線を落とし、それから顔を上げる。


「ねえ、お兄ちゃん」


「なんだ?」


「神官さんにお願いしてみたらどう?」


「神官?」


思わず聞き返す。


「うん」


エルナは真剣な顔で言った。


「回復のスキル、使えるでしょ?」


「……ヒールか」


村の神官は、簡単な回復魔法を扱える。

怪我や病気の時には、必ず頼る存在だ。


「それを見せてもらえたら……」


エルナは続ける。


「お兄ちゃん、覚えられるんじゃない?」


セイルは、言葉を失った。


(……確かに)


見たスキルは、レシピが出る。


ならば——


「でも」


セイルは首を振る。


「回復なんて……」


「必要だよ」


エルナの言葉は、はっきりしていた。


「お兄ちゃんが、無事で帰ってくるために」


その一言で、すべてが止まった。


セイルはゆっくりとエルナを見る。


「……そうか」


小さく呟いた。


強くなるためじゃない。

勝つためでもない。


“帰るため”の力。


「……ありがとう、エルナ」


エルナは少し照れたように笑った。


「えへへ」


翌朝。


セイルは神殿へ向かっていた。


村の中心にある小さな石造りの建物。


扉を開けると、静かな空気が流れていた。


「……セイル?」


奥から声がする。


白い衣をまとった神官が、こちらを見ていた。


「どうしたんだ、こんな朝早くに」


「お願いがあります」


セイルはまっすぐに言った。


「ヒールを、見せてください」


神官は少しだけ驚いた顔をした。


「……ヒールを?」


「はい」


「なぜだ?」


セイルは一瞬だけ迷う。


だが、隠す理由はない。


「覚えたいんです」


神官はしばらくセイルを見つめていた。


やがて小さく頷く。


「……そうか。いいだろう」


神官は近くにあった小さなナイフを取り、自分の指先をわずかに傷つけた。


「よく見ていなさい」


傷口に手をかざす。


「ヒール」


淡い光が指先を包む。


ゆっくりと傷が塞がっていく。


その瞬間。


『スキル“ヒール”を確認』


(来た……!)


『レシピを取得しますか?』


(YES)


『ヒールのレシピを表示します』


『軽度の傷を100回、回復してください』


「……」


セイルは思わず息を吐いた。


(やっぱり、同じだ)


「どうした?」


神官が問いかける。


「……いえ、大丈夫です」


セイルは深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


神殿の裏庭。


セイルは小さなナイフを手にしていた。


「……やるしかないか」


自分の指先に浅く傷をつける。


じわりと血がにじむ。


「ヒール」


手をかざす。


何も起きない。


「……やっぱりな」


一回目、失敗。


二回目、失敗。


三回目も、同じだった。


「……難しいな」


強撃よりも、ファイアーよりも。


“自分を治す”という感覚は、まるで違った。


十回。

二十回。

三十回。


痛みと集中力。


少しずつ、何かが掴めてくる。


五十回を越えた頃。


指先に、わずかな温かさが生まれた。


「……今の」


傷が、ほんの少しだけ浅くなる。


「いける」


六十回。

七十回。

八十回。


回数を重ねるごとに、回復が安定していく。


九十回。


傷は、ほとんど消えた。


「……あと少し」


九十九。


そして、百。


「ヒール」


光が、確かに灯る。


傷が完全に消えた。


その瞬間。


『ヒールを習得しました』


セイルは、その場に座り込んだ。


「……はは」


笑いが、自然とこぼれる。


攻撃。

魔法。

そして回復。


「……なんだよ、このスキル」


呟きながら、空を見上げる。


最弱だと思われたスキルは、確かに広がり始めていた。


“可能性”を伴って。

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