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第3話 条件


温かいスープの湯気。

焼かれた肉の香り。

エルナが並べた簡単な副菜。


だが——空気だけが違っていた。


「……」


セイルは静かに箸を置く。


「父さん」


呼びかける。


父は顔を上げないまま答えた。


「なんだ」


短い返事。


セイルは息を吸う。


「俺、冒険者になる」


箸が止まる。


母の手も、ぴたりと止まった。


エルナだけが、まっすぐセイルを見ていた。


「……やめろ」


父は間を置かずに言った。


「そのスキルで、何ができる」


「できる」


セイルは、はっきりと言った。


父の視線がゆっくりと上がる。


「……何がだ」


セイルは立ち上がる。


「見せる」


そう言って家の外へ出た。


裏庭。


夜の空気が、少し冷たい。


父と母、そしてエルナが続く。


セイルは剣を握った。


「……強撃」


振り下ろす。


ドンッ。


空気が震えた。


父の目が、わずかに見開かれる。


「……もう一つ」


セイルは掌を前に出す。


「ファイアー」


小さな炎が灯る。


揺れて、すぐに消えた。


沈黙が落ちる。


「……偶然だ」


父が言う。


「違う」


即答だった。


「レシピがある」


セイルは続ける。


「見たスキルを、習得できる」


母が小さく息を呑む。


「そんな……」


「だから」


セイルは言う。


「俺は強くなれる」


夜風が静かに通り抜ける。


「……俺もな」


父がぽつりと呟いた。


セイルは顔を上げる。


「昔、思ったことがある」


父は遠くを見るように言った。


「自分なら、いけるんじゃないかってな」


「でも——無理だった」


短い言葉だった。


だが、その中に重みがあった。


「だから言ってる」


父はセイルを見る。


「やめておけ」


「……嫌だ」


初めて、セイルは父の言葉を否定した。


「俺は、やる」


母が小さく声を上げる。


「やめて……!」


「危ないだけよ……!」


「どうして、わざわざそんな道を……」


声が震えている。


怒りではない。恐怖だった。


「……母さん」


セイルは言葉を探す。


だが、うまく見つからない。


そのときだった。


「……お母さん」


小さな声。


エルナだった。


全員の視線が彼女に集まる。


「お兄ちゃんね」


エルナはゆっくりと言った。


「ずっと、我慢してたんだよ」


母の表情がわずかに揺れる。


「でも……今日、初めて笑ったの」


セイルは目を見開いた。


「すごく嬉しそうだった」


エルナは母をまっすぐ見上げる。


「だから……行かせてあげて」


静かな言葉だった。


だが、その場の空気を確かに動かした。


母は何も言えなかった。


長い沈黙。


やがて父が、ゆっくりと息を吐く。


「……今のままじゃ認めない」


その一言で空気が変わる。


セイルは顔を上げた。


「強撃とファイアーだけじゃ、すぐに死ぬ」


父ははっきりと言う。


「もう一つ」


「もう一つ、自分の力で掴んでこい」


「それができたら——認めてやる」


セイルの胸が強く鳴った。


「……本当か」


「ああ」


短い返事だった。


だが、そこに迷いはなかった。


母がゆっくりと口を開く。


「……約束して」


セイルはそちらを見る。


「絶対に、帰ってくるって」


その声はまだ震えていた。


「無茶はしないで。ちゃんと、生きて帰ってきて」


セイルはしっかりと頷く。


「……約束する」


エルナが、ほっとしたように笑った。


夜の空気が、少しだけやわらぐ。


セイルは拳を握りしめた。


条件は、提示された。


あとは——それを、越えるだけだ。

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