表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/38

第29話 ボルトン家の夜

深夜。


ボルトン家は静まり返っていた。


広い屋敷。


昼は賑やかだった廊下も、

今は静かだ。


その中を、

一人の影が歩く。


セイルだった。


「……少しだけ」


小さく呟く。


手には水の入った木桶。


向かった先は、

屋敷の庭だった。



夜風が涼しい。


月明かりが庭を照らしている。


「アイスボール……」


セイルが小さく魔力を込める。


だが。


何も起きない。


「やっぱり簡単じゃないか……」


レシピがある。


でも、

出来るわけじゃない。


感覚が必要だ。


魔力の流れ。


冷やすイメージ。


凍らせる感覚。


「……もう一回」


セイルは諦めず、

再び手を前へ出した。


「アイスボール」


ぽわっ。


わずかに冷気が漏れる。


木桶の水面に、

ほんの少しだけ霜が浮かんだ。


「……!」


成功。


いや、

成功未満。


それでも、

確かに前進だった。


セイルは少し笑う。


「難しいな……」


だが、

嫌ではなかった。


出来なかった事が、

少しずつ出来るようになる。


それが、

今は楽しかった。



その時。


「……何してるの?」


後ろから声がした。


セイルが振り向く。


そこにいたのは、

レナだった。


「レナ?」


「目が覚めたから」


そう言いながら、

庭へ入ってくる。


そして。


木桶を見る。


霜を見る。


少しだけ目を細めた。


「……アイスボール?」


「うん」


セイルが苦笑する。


「レシピ取ったから、

練習してみようかなって」


「こんな時間に?」


「昼は討伐あるし」


当たり前のように言う。


レナは少し黙った。


セイルはまた手を前へ向ける。


「アイスボール」


ぽわっ。


冷気。


少しずつ。


だが確実に、

形になっていく。


レナはそれを静かに見ていた。


(また……)


胸の奥が、

少しだけざわつく。


サーチ。


ウィンド。


短剣術。


そして今度は氷魔法。


セイルは、

止まらない。


努力して。


覚えて。


強くなっていく。


悪い事じゃない。


むしろ凄いと思う。


なのに——


(私にしか出来ない事……)


ふと、

そんな考えが頭をよぎった。


その時だった。


視線の先。


庭へ続く廊下の壁。


そこに、

一本の弓が飾られていた。


細く美しい長弓。


装飾入り。


実用品というより、

高級品だろう。


昼間は気づかなかった。


レナは、

その弓を静かに見つめる。


遠距離。


索敵。


支援。


自分に向いている気がした。


「レナ?」


セイルの声。


「……え?」


「どうしたの?」


レナは小さく首を振る。


「なんでもない」


そう言いながら、

視線を弓から外した。


まだ。


本当に考え始めただけだ。



セイルが再び手を前へ向ける。


「アイスボール」


ぽわっ——


今度は、

木桶の水面が少しだけ凍った。


「おぉ……!」


セイルが少し嬉しそうに笑う。


その顔を見て、

レナも小さく笑った。


「……頑張りすぎて倒れないでよ」


「大丈夫」


セイルが笑う。


「まだまだ全然だから」


その言葉が、

少しだけ眩しく見えた。



静かな夜。


月明かり。


冷たい空気。


そして——


少しずつ変わり始める、

仲間達の想い。


ラグナスの夜は、

静かに更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ