第18話 隣の距離
崩落の、後片づけが、済んだ頃。
街道の、開いた区間を、エリアナと、ガイウスは、並んで、歩いていた。点検の、名目で。だが、急ぐ、用でも、なかった。
夕暮れだった。旧道から、荷馬車が、また、行き交い始めている。
「疲れたか」
ガイウスが、聞く。
「ええ。……直さないことに」
エリアナは、正直に、言った。
「直す方が、ずっと、楽でした」
「だろうな」
ガイウスは、笑わなかった。ただ、頷いた。
「お前は、直さないことを。直すより、難しく、やっている」
それは、責めてでも、褒めてでも、なかった。ただ、見たままを、言う。いつもの、ガイウスだった。
エリアナは、その言葉に、少しだけ、救われた。
誰にも、分かってもらえなくても、いい仕事だ、と、思っていた。分かってもらうために、やっている、わけではない。
でも。
隣に、一人だけ。それを、見ている人が、いる。
それは、思っていたより、ずっと、心強かった。
「あなたは」
エリアナは、歩きながら、言った。
「あなたは、なぜ、ついて来てくれるんですか。これは、リュネアの、仕事では、ないのに」
ガイウスは、少し、間を、置いた。
「共同管理は、うちの、案件でもある」
「それだけ、ですか」
我ながら、めずらしい、問いだと、思った。
いつもなら、聞かない。近すぎず、遠すぎない。その、距離を、崩さないことが、二人の、暗黙の、約束だった。
ガイウスは、しばらく、黙って、歩いた。
「……それだけ、ではない」
やがて、そう、言った。
それ以上は、言わなかった。エリアナも、聞かなかった。
だが、その、一言が。
いつもの距離を、ほんの、半歩、縮めた。
二人は、また、しばらく、黙って、歩いた。
話すことは、特に、なかった。
それでも、立ち去る理由も、なかった。
――この仕事が、終わったら。
ふと、エリアナは、思った。
リュネアに、帰って。肩書もなく、急ぐ用も、なく。こんなふうに、ただ、隣を、歩く日々が。あっても、いいのかもしれない。
それは、彼女が、生まれて初めて、抱いた。自分のための、望みだった。
王妃にはなれなかった。
だが今、私は――
街のためではない望みを、ひとつだけ、持っている。
街の話ばかりの中で、ほんの半歩だけ、二人の距離を、縮めました。
エリアナが、初めて持った「自分のための望み」。この芽が、物語の最後で、静かに、報われます。
そして、ここから第3幕。「二重に降りる」の、始まりです。
セレナは、自分の街が、自分なしで回り始めたことに、気づいてしまいます。
その時、華のある人は、どうするのか。
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