第17話 教えるという罠
崩落の件は、その日のうちに、片づいた。
エリアナが、決めたのでは、ない。
ガロが、迂回路を、旧道に、定めた。マレンが、商団を、まわし、詫びを、引き受けた。予備費のことは、詰所の、若い書記が、帳簿から、見つけ出した。
誰も、完璧では、なかった。少し、手間取り、少し、揉めた。
だが、街道は、開いた。セレナが、伏せたまま、街は、止まらなかった。
はじめて、だった。
その夜、エリアナは、伏せっている、セレナを、見舞った。
熱は、少し、引いていた。セレナは、寝台から、天井を、見ていた。
「……街は」
「回りました」エリアナは言った。「あなたが、いなくても」
セレナの、目に、涙が、にじんだ。
安堵か、寂しさか。たぶん、その、両方だった。
「私は、いらない、ということ?」
「いいえ」
エリアナは、静かに、否定した。
そして、ここで、言いたかった。
(あなたは、外れても、いいんです。外れることは、飾りに、戻ることでは、ありません。外れてもなお、あなたが、遺したものが、街を、動かす。それが――)
言葉は、喉まで、来ていた。
教えれば、セレナは、「飾りに戻る恐れ」から、救われるかもしれない。
だが。
その瞬間、エリアナは、気づいた。
もし、自分が、それを、教えたら。
セレナは、こう、思う。「エリアナ様が、そう、言ってくれた」と。
そして、また、寄りかかる。今度は、思想の、中心として。エリアナという、新しい、師に。
街を、セレナ依存から、エリアナ依存に、移すことが、いちばん、してはいけないことだった、ように。
セレナ本人を、エリアナの、教えに、依存させることも。同じくらい、いけないことだった。
――教える自分が、中心になる。
これが、この街の、いちばん、深い、罠だった。
答えを、知っている人間が、それを、渡すこと。その、優しさこそが。新しい、寄りかかりを、生む。
エリアナは、口を、つぐんだ。
そして、代わりに、こう、言った。
「あなたが、伏せていた間。誰が、街道を、決めたか。……ご自分で、聞いてみてください。私からでは、なく」
「……なぜ」
「私が、答えると。それは、私の、答えに、なりますから」
セレナは、その言葉の、意味が、すぐには、分からない、様子だった。
それで、いい。
自分で、聞き、自分で、確かめ、自分で、たどり着くまで。エリアナは、答えを、渡さない。
それが、この人への、たった一つの、誠実だった。
王妃にはなれなかった。
だが今、私は――
いちばん優しい嘘より、いちばん遠回りな沈黙を、選んでいる。
「教える」ことすら、依存を生む。
だから、答えを知っていても、渡さない。
これが、この物語の、いちばん、意地悪で、いちばん、誠実な部分かもしれません。
第2幕、次回で、いったん、閉じます。
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