第9話 標語の一語
その一行に、改めて、気づいたのは、偶然だった。
朝、広場を、横切ったとき。掲示板の前で、ニコという名の、見習いの少年が、その言葉を、そらんじていた。
《この街は、私たちが、支える。》
誇らしげな、声だった。
エリアナは、足を、止めた。
――どこかで、聞いた言葉に、似ている。
いや、逆だ。似ているのではない。これは、彼女自身の、言葉の、なりそこないだった。
リュネアの記録帳の、最後に、彼女は、三つのことを、書いた。街を去る前に、王都へも、同じものを、送った。
一つ、決定を、現場に返すこと。
一つ、記録は残し、決裁は残さないこと。
一つ、自分を、仕組みに、含めないこと。
グレイシャは、その、はじめの二つを、正しく、写した。書状にも、詰所にも、その二行は、きちんと、あった。
だが、三つ目だけが。
《自分を、含めない》が。
いつのまにか、《私たちが、支える》に、変わっていた。
「自分」が「私たち」に、なったのは、まだ、いい。皆で、という言葉は、美しい。
問題は、その、あとだった。
「含めない」が、「支える」に。
変わったのは、たった、その一語。なのに、向きは、正反対だった。
含めない、とは、身を引くこと。支える、とは、身を、置くこと。
この街は、外れるべき、場所に、居座ってしまった。善意で。まっすぐな、善意で。
病の、設計図は、この、掲示板の、いちばん上に、堂々と、掲げられていた。
誰も、間違いだとは、思っていない。むしろ、いちばん、美しい言葉として、毎朝、そらんじられている。
「いい言葉、でしょう」
ニコが、振り返って、笑った。
「セレナ様が、考えたんです」
エリアナは、少しの間、その、屈託のない顔を、見ていた。
「……ええ」
そう、答えるのが、精一杯だった。
「いい、言葉ですね」
嘘だ、とは、言えなかった。
支え合うことは、美しい。それ自体は、少しも、間違っていない。
ただ、街を、動かすには。
いちばん上の人間だけは、そこから、外れて、いなければならなかった。
王妃にはなれなかった。
だが今、私は――
たった一語の、違いが、街の向きを、変えてしまうことを、知っている。
《自分を含めない》が、《私たちが、支える》に。
たった一語の置き換わりが、街の向きを、まるごと逆にしていました。
この一語が、物語の最後で、もう一度、戻ってきます。
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