第8話 なぜ逆になるのか
その日、マレンの商会で、一つの案件が、動いていた。
仕入れの、優先順位。どの商団を、先に通すか。よくある、実務だ。
手順は、正しかった。担当者が、根拠を並べ、案を、作る。決裁は、現場で、完結してよい。手順書には、そう、書いてある。
担当者は、案を、作った。
それから、その紙を持って、セレナのもとへ、向かった。
エリアナは、それを、マレンと並んで、見ていた。
「よく、回っているでしょう」
マレンは、誇らしげだった。
「昔は、こうは、いきませんでした。誰も、案を作れなかった。今は、皆、自分で、考えます」
「案は、作りますね」
「ええ」
「では、決めるのは」
マレンは、一瞬、言葉に、詰まった。
「……最後は、セレナ様が、目を通されます。念のため、ですわ」
「念のため」
「万一、間違いが、あっては、いけませんから」
その「念のため」が、すべてだった。
エリアナには、はっきりと、見えた。
この街の人々は、考える。案を、作る。そこまでは、リュネアと、同じだ。
だが、最後の、たった一歩。「これで、決める」と、自分で、言い切る一歩。
それだけを、いつも、誰かに、預けている。
案を作ることと、決めることは、違う。決めるとは、間違いの責任を、引き受けることだ。その責任だけが、ここでは、ぽっかりと、セレナに、集まっている。
欠けているのは、能力では、ない。手順でも、ない。
――たった一行。「自分を、含めない」。
それが、この街には、ない。
だが、エリアナは、それを、口にしなかった。
言えば、直る。だが、言った瞬間、それは、「エリアナが言ったから」に、なる。この街が、自分で、たどり着いたことには、ならない。
「エリアナ様?」
「いえ」
彼女は、静かに、首を振った。
「よく、整った商会だと、思っただけです」
嘘では、なかった。整ってはいた。ただ、その真ん中に、抜け落ちた、一行があるだけで。
王妃にはなれなかった。
だが今、私は――
答えを、見つけてしまった口を、閉じている。
案を作る、と、決める。
似ているようで、まったく違うこの二つ。
その差が、街の明暗を、静かに分けています。
エリアナは気づきました。でも、言いません。次回、その理由が、掲示板の前で、形になります。
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