第7話 記録だけを置く
エリアナが、まず、したことは、何も、しないことだった。
交渉の合間、ガロに、一冊の帳面の写しを渡した。リュネアの、記録帳。街を、どう組み直したか。その、設計の履歴だ。
「これは」
「記録です」
「指示書じゃ、なくて?」
「ええ」
ガロは、怪訝な顔をした。
「どう、使えば」
「使わなくて、いいです。ただ、置いておいてください」
ガロは、ますます、分からない、という顔になった。
指示なら、従える。命令なら、実行できる。だが、記録は、ただの、記録だ。何を、しろとも、言っていない。
「なあ」
翌日、ガロが、帳面を手に、やってきた。
「読んだ。……手順は、うちと、同じだ」
「でしょうね」
「なのに、何かが、違う。それが、分からん」
彼は、苛立ちを、隠さなかった。
「一つ、教えてくれ。あんたの街と、うちは、どこが、違う」
「どこだと、思いますか」
「……聞いてるのは、こっちだ」
「私が答えると、それは、私の答えに、なります」
エリアナは、静かに言った。
「あなたが見つけた答えでないと、意味が、ないんです」
ガロは、しばらく、黙って、帳面を睨んでいた。
やがて、あるページを、指で、叩いた。
「この一行が、うちには、ない」
そこには、こう、書かれていた。
――《最終決裁:不介入》
「……不介入。決めない、ってことか」
「はい」
「あんた、街の、いちばん上に、いたんだろう。なのに、決めない?」
「決めないために、いました」
ガロは、その言葉の意味が、すぐには、飲み込めない様子だった。
それで、いい。
飲み込めないものを、無理に、飲ませない。自分で、噛み砕くまで、待つ。
それが、この街に対する、エリアナの、たった一つの、仕事だった。
王妃にはなれなかった。
だが今、私は――
答えを、渡さないことで、答えを、渡そうとしている。
指示書ではなく、記録を置く。
答えを言わず、問いだけを返す。
まどろっこしい、と思われるかもしれません。
でも、彼女には、これしか、できないのです。
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