第6話 二人の調整者
セレナが、二人を茶に招いたのは、翌日の午後だった。
通されたのは、飾り気のない、一室だった。華やかな人だから、さぞ、と思っていたが、違った。机、椅子、記録棚。リュネアの、エリアナの部屋に、どこか、似ていた。
「まねを、してしまいました」
視線に気づいて、セレナが微笑む。
「あなたのお部屋の話は、視察に来た者から、よく聞きましたので」
「……光栄です」
茶を挟んで、二人は、しばらく街の話をした。
セレナは、有能だった。数字を、正しく読む。人の機微を、よく捉える。街の隅々まで、把握している。話せば話すほど、それが、分かった。
だからこそ、エリアナは、思い切って、聞いた。
「一つ、伺っても」
「どうぞ」
「あなたが、いなくなったら。この街は、どうなりますか」
セレナの微笑みが、少しだけ、止まった。
だが、すぐに、やわらかく、戻る。
「いなくなりません」
「もし、の話です」
「……考えたく、ありませんわ」
彼女は、茶器を、そっと置いた。
「私は、この街を、支えると決めたんです。最後まで。誰かが困った時、必ず、私が受け止める。……それが、私に、できることですから」
その言葉に、嘘は、なかった。むしろ、まぶしいほどの、善意だった。
人を、放っておけない。困っている人がいれば、手を差し伸べる。それは、美徳の、はずだった。
なのに、エリアナの胸は、静かに、冷えた。
「エリアナ様は」
今度は、セレナが、聞いた。
「あなたは、あなたの街を、支えていないのですか」
問いは、まっすぐだった。
エリアナは、少し考えて、答えた。
「支えて、いません」
「まあ」
「私がいなくても、回るように、しました。……最後には、自分を、外しました」
セレナは、しばらく、エリアナを見つめた。
その目に、初めて、理解できない、という色が、浮かんだ。
「それは……さみしくは、ありませんの?」
「さみしいです」
エリアナは、正直に、言った。
「でも、それが、いちばん、街のためでした」
二人の間に、短い沈黙が、落ちた。
同じ言葉を、話しているのに。同じ手順を、踏んでいるのに。
向いている方向が、正反対だった。
華のある人は、人を惹きつけ、支えることを、選んだ。
華のない人は、人を手放し、外れることを、選んだ。
どちらも、街を思っている。どちらも、善意だ。
帰り際、セレナが、玄関先まで、見送ってくれた。
「また、お話しできますか」
その声には、敵意も、警戒も、なかった。ただ、純粋な、親しみだけがあった。
だからこそ、エリアナは、思った。
――この人に、どう、伝えればいいのだろう。
あなたの善意が、この街を、止めている、と。
言えば、角が立つ。言わなければ、街は、止まったままだ。そして、言えたとしても。
それを教える自分が、また、新しい「中心」に、なってしまう。
王妃にはなれなかった。
だが今、私は――
自分と、よく似た、正反対の人と、向かい合っている。
同じものを目指して、正反対の場所に、立ってしまった二人。
ここから、第2幕です。
「手順は同じ、なのに、なぜ逆を向くのか」――その答えは、あの掲示板の、たった一語に、隠れています。
次回、エリアナが、その"逆"の正体に、触れはじめます。
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