第4話 中心の在り処
それに気づいたのは、翌日のことだった。
セレナが、朝から不在だった。近隣の村へ、視察に出たという。戻りは、夕刻。
たった、半日。
その半日で、街の動きが、目に見えて、鈍った。
昼過ぎ、市場で、小さな諍いが起きた。露店の区画をめぐる、よくある揉め事だ。
リュネアなら、その場のまとめ役が裁いて、終わる。実際、グレイシャにも、まとめ役はいた。
だが、彼らは、決めなかった。
「セレナ様が、戻られてから」
誰もが、そう言った。
諍いは、解決されないまま、夕方まで持ち越された。露店は畳まれ、その日の商いは、流れた。
損失は、小さい。だが、確かに、あった。
エリアナは、それを、離れて見ていた。
手順書には、こう書いてあるはずだ。「軽微な裁定は、現場で完結させる」と。リュネアの言葉を、そのまま写したなら。
現場は、その通りに、動ける。権限も、与えられている。
なのに、動かない。
「決めていいはずなのに、決めない」
思わず、声に出していた。
理由は、単純だった。
この街の人々は、判断を、渡されていた。だが、同時に、「最後はセレナが見てくれる」という安心も、渡されていた。
その安心が、判断を、宙に浮かせている。
自分で決めても、どうせ最後に確認される。なら、はじめから、待てばいい。
誰も、悪くない。よかれと思って、セレナが「支えて」いる。その優しさが、そっくりそのまま、街の足を、止めている。
――直せる。
ふいに、そう思った。
半日あれば。いや、一言でいい。「最後の確認は、いらない」と、セレナに伝えれば。
現場に、それを、徹底させれば。
この街は、明日から、動き出す。
できる。自分になら、できる。
その確信が、指先まで、はっきりと、来ていた。
だから、こわかった。
その確信こそが、いちばん、危ういものだった。
夕刻、セレナが戻ってきた。
街に、また、灯がともるように、動きが戻る。持ち越された諍いは、彼女が一言で裁いて、片づいた。
人々は、安堵し、感謝した。
「さすが、セレナ様だ」と。
その光景は、美しかった。そして、エリアナには、ひどく、危ういものに見えた。
王妃にはなれなかった。
だが今、私は――
"直せる"と感じている、自分の手を、見つめている。
困っている人を、助ける。
それは、悪いことでは、ないはずなのです。
なのに、この街では、その善意が、街の足を止めている。
そして、エリアナの手も、疼き始めています。
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