第2話 栄えて見える街
グレイシャへは、馬車で半日の道のりだった。
街道は、よく整えられていた。半年前、共同で管理を始めた区間だ。舗装の割れは補修され、警備の詰所には、きちんと人がいる。
リュネア側と、遜色ない。いや、ある区間は、こちらの方が丁寧なくらいだった。
「金を、かけているな」
ガイウスが、窓の外を見て言う。
「ええ」
エリアナは頷いた。人も、物も、動いている。半年前に見た、どこか気だるげな街とは、まるで違う。
城門をくぐると、その印象は、さらに強まった。
通りに、露店が並んでいる。人の声が、明るい。子どもが走り、荷車が行き交い、どこかで楽人が、上手な笛を吹いている。
栄えている。
少なくとも、そう見えた。
「エリアナ・フォルツ様。ようこそ、グレイシャへ」
出迎えたのは、恰幅のいい女だった。歳は五十絡み。上等な布地を、嫌みなく着こなしている。
「商会をまとめております、マレンと申します」
「エリアナ・フォルツです。こちらは、リュネア代官のガイウス」
マレンは、二人に等分の礼をした。手慣れている。
「街道の件、わざわざのご足労を。……ですが、その前に」
彼女は、少しだけ誇らしげに、通りを示した。
「どうです。半年前とは、別の街でしょう」
「ええ」
エリアナは、素直に答えた。世辞ではない。
「立て直された。見事に」
「リュネアのやり方を、学ばせていただきました」
マレンの声に、隠しきれない自負がある。かつてリュネアと張り合い、そして水をあけられた街の、意地のようなものだった。
案内されるまま、広場を横切る。
その中央に、真新しい掲示板が立っていた。
街の決めごとが、貼り出されている。誰が、何を、いつ決めたか。記録が、開かれている。リュネアと、同じ思想だ。
その板の、いちばん上に。
一行、大きく書かれた言葉があった。
《この街は、私たちが、支える。》
エリアナの視線が、一瞬だけ、そこで止まった。
だが、それが何なのか、この時はまだ、言葉にならなかった。
「エリアナ様」
澄んだ声が、広場の喧騒を、すっと抜けてきた。
振り返る。
人の輪の中心から、一人の女性が歩いてくる。
華がある、と。まず、そう思った。
やわらかな栗色の髪。整った所作。豪奢ではないのに、目を惹く。彼女が通ると、道が自然と開き、人々が笑みを向ける。誰もが、彼女を見ている。
セレナ。
王都で、一度だけ会った。エリアナの、次に立てられた王太子妃候補。
「お久しぶりです。……こんな形で、お会いするなんて」
セレナは、少しだけ、困ったように微笑んだ。
その微笑みに、棘はなかった。かつて同じ人の隣を争った相手への、気まずさも、勝ち誇りも。ただ、なつかしむような、やわらかさだけが、そこにあった。
「ご立派になられて」エリアナは言った。「この街を、あなたが」
「とんでもない。私は、旗を振っているだけです」
セレナは、通りの人々を振り返る。
「頑張っているのは、この街の人たちですわ」
その言葉に、嘘はないように聞こえた。
現に、人々の顔は明るい。セレナを見上げる目には、敬意と、親しみがある。恐れでは、ない。
――良い、街だ。
エリアナは、そう思おうとした。思える材料は、揃っていた。
なのに。
人の輪が、セレナを中心に、きれいな円を描いていることに。
その円の外に、誰も、いないことに。
エリアナだけが、気づいていた。
気づいて、そして、何も言わなかった。まだ、言うべきことなど、何もなかったからだ。
「積もるお話もありますし」
セレナが、両手を合わせる。
「まずは、ゆっくりなさって。街道のお話は、それから」
華やかで、如才なく、優しい。
王妃に、なるはずだった人。
王妃には、華が必要だと。かつて、そう言われた。
その華が、今、目の前で、笑っている。
王妃にはなれなかった。
だが今、私は――
その"華"を、うらやましいとは、思わなかった。
ただ、ほんの少し。
その華が照らす円の、外側のことばかりが、気にかかった。
グレイシャ編、はじまりました。
栄えて見える街と、華のある人。
どちらも、たぶん、悪いものではありません。
次回、街道の交渉が始まります。
そして、栄えて見える街の、手ざわりが、少しずつ――。
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